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第12章:Recapture Unit③

12-1: Web of Calculation(計算された糸)

空気が震える。わずかな音と共に、何本もの細い線が迫ってくる。

僕は双閃刀を水平に構え、膝を軽く曲げる。

風の流れ。振動の間隔。気配の密度。

見える。感じる。斬れる――!

「ッ!」

刃が閃く。右、左、下段から突き上げる糸を正確に断ち切る。

だが次の瞬間、隠れていた糸が空中で軌道を変え、再び僕を狙ってきた。

「……追尾? いや、違う」

回避しつつ距離を取る。

糸は生きているように宙を舞い、僕の進路を先回りしてくる。

「"動きの予測"か……」

上から声が響く。

「ふふ、冴えてるじゃないか」

岩壁に張り付いたまま、広目が筆を走らせる。

その軌跡が空中に軌道を刻み、それが糸となって現実に作用していく。

「お前の動き、息づかい、反応速度。すべて俺の“記録”に刻まれてる。つまり、対策済みってわけさ」

「……なるほど」

僕は視線を走らせる。

この空間全体が“記録装置”のようなものだ。

無数に浮かぶ呪符。複雑に張られた糸。そこに刻まれた細密な筆跡。

「"美しい構成"だね」

「お褒めにあずかり光栄」

広目は笑みを浮かべたまま、巻物にさらさらと筆を走らせる。

「でも、芸術ってのは――完成してから価値がある」

その瞬間、周囲がうねった。

まるで蜘蛛の巣が呼吸するように、糸が蠢く。

「行くぞ」

僕は一歩、踏み出した。

右手の閃刀を逆手に、左は正統の構え。

呼吸を整え、地面を蹴る。

「双閃ノ一・波紋断!」

前方へと走る。風を切る音とともに、鋭い斬撃が糸を切り裂く。

だが――

「"予測済み"」

広目の呟きと同時に、斬った糸の背後から別の線が現れ、足元を絡め取ろうとする。

「くっ……!」

跳躍するが、空中にも糸が展開されていた。

「空中は死角じゃない」

「なら――こちらも」

空中で身をひねり、双閃刀を交差させる。

「双閃ノ二・燕返し!」

二段目の刃が描く刃風が、広目の予測を断ち切るように空間を払う。

糸が砕け、広目の防御にわずかな乱れが生じた。

「へえ……やるじゃないか」

「君の“記録”は、過去の積み重ねに過ぎない。未来は、僕が決める」

「なら、その未来を塗り潰してやるよ」

広目の筆が再び奔る。

「“天蓋情報陣”」

瞬間、空が黒く染まった。

――糸の雨。

無数の細線が空から降り注ぎ、避けることすら許さない密度で僕を包囲する。

「なるほど、そう来るか」

僕は刀を一度納める。

構えを低く、足を開き、指先に集中する。

「双閃ノ三・霞陣刃」

空中で交差した双閃刀が、螺旋状に回転しながら周囲を切り裂く。

回転斬撃が周囲の糸を吹き飛ばし、わずかに生まれた空間へと跳び出す。

「っ、まだ……!」

抜けきれない。

一筋の糸が肩に絡む。

――次の瞬間、電流のような衝撃が走る。

「ぐっ……!」

脚が痺れる。反応が遅れた。

その一瞬を逃さず、さらに別の糸が僕の手首に巻きついてくる。

「ふふ……ほら、言っただろ?」

広目の筆が止まる。

「捕らえられるのは、時間の問題だって」

僕の片腕が引かれ、次第に動きが鈍る。

「このまま、すべてを奪われる」

「……なら」

僕はもう片方の閃刀を、逆手に持ち直した。

「その“記録”を、リセットしてやる」

「ほう?」

「双閃ノ四・絶影穿!」

刃が一閃。腕に巻きついた糸ごと、肩口を浅く斬り裂く。

「な……!?」

鮮血が飛ぶ。

だが、それで腕の自由を取り戻した。

「“捨てる”判断は、記録できなかっただろ?」

「っざけんなぁ……!」

広目が初めて怒声を上げる。

「ここで止める!」

筆が走る。呪符が舞う。空間が歪み、すべてが敵に変わる。

「“動く”ことが、すでに罠なんだよ!」

「ならば――」

僕は地面を蹴る。

「“止まらずに、斬り続ける”!」

双閃刀が閃く。両腕に宿る力を最大限に解放する。

「双閃・連式――断絶十字!」

左右から振るわれる斬撃が交差し、前方の糸陣を一気に断ち割る。

「グアアアアアア!!」

広目の左腕が切り裂かれ、筆が地に落ちた。

「な……なんだよ……!」

彼の呟きが、敗北の予感に染まる。

「俺の記録は……完璧だったはず……!」

「完璧な記録は、あくまで“過去”のものさ」

僕は静かに刃を下ろす。

「未来は、書かれてない」

広目は膝をつき、肩を震わせる。

「……まだだ……まだ終わらねぇ……」

「終わりだよ」

そう言い切った時、彼の目にふたたび炎が灯る。

「最終記録――“命ノ書”……!」

巻物が、赤く発光する。

僕の背筋に、冷たい戦慄が走った。

「やれやれ……ほんと、しつこいね」



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