「なるほど、それが切り札ってわけか」
僕は足を止め、息を整える。
目の前に広がる光景――赤く染まった巻物から、炎のように情報があふれ出している。
「“命ノ書”」
広目が呟くように言った。
「この書は、俺自身の命を記録し、再構築する。つまり、戦場で死んでも、記録された俺が、もう一度“再生”される」
「……それ、反則だよ」
「反則上等」
広目はにやりと笑った。
「お前の攻撃も、戦術も、全部“記録”してきた。もう一度やっても、今度は“上手く捌く”だけの話だ」
「なるほど。じゃあ、“今まで通り”じゃ勝てないってことか」
「そういうこと」
僕は双閃刀を構え直す。
頭の中で情報を整理する。
もうこの相手に、仲間のことを託す余裕なんてない。
僕がここで倒れたら、全てが終わる。
でも――
「それでも、誰かのために勝つ気はないんだよね」
「……は?」
「僕が勝ちたいのは、“誰かのため”じゃない」
言葉を放ちながら、地を蹴った。
「“僕の強さ”を証明したいだけだ」
双閃刀が風を裂き、真っ直ぐに広目を目指す。
「俺にそんな青臭い台詞は効かねえよ!」
広目が巻物を掲げると、赤い記号が空間に散りばめられた。
それはまるで、数式のように整然と並び、僕の進路を塞ぐ。
「避けられないよ、それは」
「避けないさ」
僕は重心を落とし、刀を引き寄せた。
「“突き抜ける”だけだ」
「双閃ノ極――双牙零式!」
右の刀は流線、左の刀は稲妻のようにうねる。
二本の軌道が一つに交差し、空間を貫いた。
「なっ……!?」
式が破れた。記録が追いつかない速度。
「君のデータに、僕の“極限”は残ってないはずだ!」
双閃刀が再び閃き、広目の防御を弾き飛ばす。
「ぐっ、あああああああっ!!」
「終わりにしよう」
僕は最後の一撃を放った。
「双閃ノ終――葬閃!」
閃光のような斬撃が、広目の胸元を切り裂く。
肉が裂け、布が舞い、血が宙に浮いた。
「がっ……!」
広目の身体が崩れ落ちる。
僕は大きく息を吐いた。
勝った。
「やれやれ……足止めに特化した敵としては、厄介すぎた」
双閃刀を背中に戻し、肩をほぐす。
「さて……皆はもう先に行ったかな……」
ふと、空を見上げた。
遠くにうっすらと朝焼けの兆しがある。
「追いつかないと、リーダーに怒られる……」
足を踏み出そうとした、その瞬間――
「……どこに、行くつもりだよ」
「……っ!」
背中に、冷たい感触。
倒れたはずの広目が、立ち上がっていた。
「記録が……残ってるうちは……何度でも……」
その手に握られていたのは、鋭く加工された呪筆。
僕の背中に、それが深く突き立てられる。
「がはっ……!」
口の中に、鉄の味が広がった。
「ぐっ……!」
崩れ落ちる膝。
視界が傾く。
――でも。
僕も、同時に刃を振っていた。
「……は?」
広目の首筋が裂ける。
鮮やかに、まるで絵画のように。
「さすが……に……それは……読めなかった……か……」
彼の目が驚きと悔しさのまま、静かに閉じられた。
「……は……やっぱり……相打ちか」
膝が崩れるように地面へ落ちた。
足元が、揺れる。世界が、傾いていく。
体が、冷たい。
なのに、どこか熱い。
傷口が焼けるように痛むはずなのに、もうよくわからなかった。
震えが止まらない。息が詰まる。
誰かの声が、遠くで響いている気がする。
でも、それが何かはわからなかった。
「はぁ……あの人みたいには、なれなかったな……」
言葉が、漏れる。誰に届くでもなく。
視界が揺れて、黒く染まっていく。
誰よりも強く、誰よりも遠くへ行った男。
僕が、目指していた人。
届かない背中。だけど、追いかけたかった。
その背中を、少しでも近くで見たかった。
「僕も……矢神さんみたいに……」
届くと思っていた。
ほんの少し、でも。
その言葉を最後に、
僕の視界は、完全に闇へ沈んだ。
静かで、深い、誰の声も届かない場所へ。