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12-2: Final Formula(最終の式)

「なるほど、それが切り札ってわけか」

僕は足を止め、息を整える。

目の前に広がる光景――赤く染まった巻物から、炎のように情報があふれ出している。

「“命ノ書”」

広目が呟くように言った。

「この書は、俺自身の命を記録し、再構築する。つまり、戦場で死んでも、記録された俺が、もう一度“再生”される」

「……それ、反則だよ」

「反則上等」

広目はにやりと笑った。

「お前の攻撃も、戦術も、全部“記録”してきた。もう一度やっても、今度は“上手く捌く”だけの話だ」

「なるほど。じゃあ、“今まで通り”じゃ勝てないってことか」

「そういうこと」

僕は双閃刀を構え直す。

頭の中で情報を整理する。

もうこの相手に、仲間のことを託す余裕なんてない。

僕がここで倒れたら、全てが終わる。

でも――

「それでも、誰かのために勝つ気はないんだよね」

「……は?」

「僕が勝ちたいのは、“誰かのため”じゃない」

言葉を放ちながら、地を蹴った。

「“僕の強さ”を証明したいだけだ」

双閃刀が風を裂き、真っ直ぐに広目を目指す。

「俺にそんな青臭い台詞は効かねえよ!」

広目が巻物を掲げると、赤い記号が空間に散りばめられた。

それはまるで、数式のように整然と並び、僕の進路を塞ぐ。

「避けられないよ、それは」

「避けないさ」

僕は重心を落とし、刀を引き寄せた。

「“突き抜ける”だけだ」

「双閃ノ極――双牙零式!」

右の刀は流線、左の刀は稲妻のようにうねる。

二本の軌道が一つに交差し、空間を貫いた。

「なっ……!?」

式が破れた。記録が追いつかない速度。

「君のデータに、僕の“極限”は残ってないはずだ!」

双閃刀が再び閃き、広目の防御を弾き飛ばす。

「ぐっ、あああああああっ!!」

「終わりにしよう」

僕は最後の一撃を放った。

「双閃ノ終――葬閃!」

閃光のような斬撃が、広目の胸元を切り裂く。

肉が裂け、布が舞い、血が宙に浮いた。

「がっ……!」

広目の身体が崩れ落ちる。

僕は大きく息を吐いた。

勝った。

「やれやれ……足止めに特化した敵としては、厄介すぎた」

双閃刀を背中に戻し、肩をほぐす。

「さて……皆はもう先に行ったかな……」

ふと、空を見上げた。

遠くにうっすらと朝焼けの兆しがある。

「追いつかないと、リーダーに怒られる……」

足を踏み出そうとした、その瞬間――

「……どこに、行くつもりだよ」

「……っ!」

背中に、冷たい感触。

倒れたはずの広目が、立ち上がっていた。

「記録が……残ってるうちは……何度でも……」

その手に握られていたのは、鋭く加工された呪筆。

僕の背中に、それが深く突き立てられる。

「がはっ……!」

口の中に、鉄の味が広がった。

「ぐっ……!」

崩れ落ちる膝。

視界が傾く。

――でも。

僕も、同時に刃を振っていた。

「……は?」

広目の首筋が裂ける。

鮮やかに、まるで絵画のように。

「さすが……に……それは……読めなかった……か……」

彼の目が驚きと悔しさのまま、静かに閉じられた。

「……は……やっぱり……相打ちか」

膝が崩れるように地面へ落ちた。

足元が、揺れる。世界が、傾いていく。

体が、冷たい。

なのに、どこか熱い。

傷口が焼けるように痛むはずなのに、もうよくわからなかった。

震えが止まらない。息が詰まる。

誰かの声が、遠くで響いている気がする。

でも、それが何かはわからなかった。

「はぁ……あの人みたいには、なれなかったな……」

言葉が、漏れる。誰に届くでもなく。

視界が揺れて、黒く染まっていく。

矢神臣永やがみしんえい

誰よりも強く、誰よりも遠くへ行った男。

僕が、目指していた人。

届かない背中。だけど、追いかけたかった。

その背中を、少しでも近くで見たかった。

「僕も……矢神さんみたいに……」

届くと思っていた。

ほんの少し、でも。

その言葉を最後に、

僕の視界は、完全に闇へ沈んだ。

静かで、深い、誰の声も届かない場所へ。


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