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12-3: Symphony of Illusion(幻影の交響曲)

「……いた。灰島、止まれ」

三輪の声に、俺たちは立ち止まった。

視線の先、岩肌に囲まれた窪地。その中心に、奇妙な姿の女が座っていた。片膝を立てて、アンプも何もないエレキギターを軽く抱えている。

「アイツ……」

俺は一歩前に出る。

あの空気……ただ者じゃない。

「増長も広目もクソ使えない……」

女が、ギターの弦を軽く鳴らしながら言った。

「ウチがやるしかないやん。仕方ないわなあ」

「アイツが……三人目の特級神徒、“多聞”か」

秋月が低く呟いた。

次の瞬間――ギュイイインン……!

音が、空間をねじった。

アンプもスピーカーもないはずなのに、ギターの音は岩を揺らすほどの破壊力で響いた。

「っ……!」

体の芯が揺さぶられる。

ただの“音”じゃない。これは、術だ。音が術式を運んでる。

「なんだこの音……!」

「くるぞ!」

三輪の声と同時に、岩壁が爆ぜた。

そこから、異形の“何か”が現れる。

獣とも虫とも形容しがたい、複数の生物の特徴をねじ込んだような存在。背中には羽のような器官、前脚は爪のような触手、そして胴体からは管のような器官が伸びていた。

「……これは……召喚獣?」

思わず言葉が漏れる。

「よう見てな。こいつはウチの"パートナー"や」

多聞がギターのネックを撫でながら言った。

「この子は、ウチのリフにしか従わへん。つまり、ウチが生きとる限り、止まらへんってことや」

「動きがはええ!」

秋月が横へ跳ぶ。

召喚獣が螺旋を描くように地を這い、突進してくる。

「距離を取れ!」

俺が叫んだ瞬間、地面に魔方陣のような紋様が浮かび上がった。

「結界陣……!」

「うわっ、足が……!」

秋月が足を取られ、体勢を崩す。

「このステージは、音と術式が融合して構成されとる」

多聞が立ち上がる。

「ウチの“幻獣舞踏域”――ここに足を踏み入れたら、まともに動かれへんで」

「……増長や広目とは、また別種の“足止め”だな」

三輪が冷静に言う。「地形支配型、かつ音律操作系。めんどくさいことこのうえない」

「なら、速攻で潰す!」秋月が叫ぶ。

「待て!」三輪が手を伸ばす。

「動くな! そこに踏み込んだら――!」

バシュッ!

結界紋が発光し、秋月の足元で爆ぜた。

「っぐぅ……!」

「秋月!」

俺が駆け寄ろうとしたその時、三輪の声が遮る。

「灰島、止まれ!」

俺はギリギリのところで足を止めた。

目の前、俺が踏もうとしていた場所にも同じ結界があった。

「……助かった、三輪」

「礼はいい。それより、まずいな」

三輪が舌打ちをしながら目を細める。

「動けば結界、止まれば召喚獣の攻撃範囲に入る……」

「そうや」

多聞が楽しそうにギターを撫でた。

「ウチのリフに合わせて、この子らも動く。つまり、音にあわせて、死ぬまで踊ってもらうで?」

「ふざけんなよ!」

秋月が歯を食いしばりながら立ち上がる。

「これ以上ここにいたら全滅だ!」

「……三輪、どうする?」

俺は尋ねた。「このままだとクエストが……」

「俺が残る」

三輪は即答した。

「ここで誰かが足止めされるなら、俺だ。お前らは進め」

「何言って――」

「冷静に考えろ、灰島」

三輪は俺を見た。

「このフィールドに合ってるのは、分析と判断ができるタイプ。手数や瞬発力だけじゃ、のらりくらりとかわされておわりだ」

「だが――」

「“クエスト失敗”になるぞ?」

その一言で、全てが決まった。

「わかった。任せる。絶対、生きて追いついてこい」

「了解。さすがに死ぬ気はないからね」

三輪は一歩、前に出た。

「……ウチと差しか。ええよ。てめえを倒して、残った雑魚を挟み撃ちや」

多聞がギターを構える。

「せいぜい派手に踊りぃや」

「悪いけど、そんな活発な人間じゃないんでね」

三輪が刀を構え直すとともに――音が鳴った。



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