「……いた。灰島、止まれ」
三輪の声に、俺たちは立ち止まった。
視線の先、岩肌に囲まれた窪地。その中心に、奇妙な姿の女が座っていた。片膝を立てて、アンプも何もないエレキギターを軽く抱えている。
「アイツ……」
俺は一歩前に出る。
あの空気……ただ者じゃない。
「増長も広目もクソ使えない……」
女が、ギターの弦を軽く鳴らしながら言った。
「ウチがやるしかないやん。仕方ないわなあ」
「アイツが……三人目の特級神徒、“多聞”か」
秋月が低く呟いた。
次の瞬間――ギュイイインン……!
音が、空間をねじった。
アンプもスピーカーもないはずなのに、ギターの音は岩を揺らすほどの破壊力で響いた。
「っ……!」
体の芯が揺さぶられる。
ただの“音”じゃない。これは、術だ。音が術式を運んでる。
「なんだこの音……!」
「くるぞ!」
三輪の声と同時に、岩壁が爆ぜた。
そこから、異形の“何か”が現れる。
獣とも虫とも形容しがたい、複数の生物の特徴をねじ込んだような存在。背中には羽のような器官、前脚は爪のような触手、そして胴体からは管のような器官が伸びていた。
「……これは……召喚獣?」
思わず言葉が漏れる。
「よう見てな。こいつはウチの"パートナー"や」
多聞がギターのネックを撫でながら言った。
「この子は、ウチのリフにしか従わへん。つまり、ウチが生きとる限り、止まらへんってことや」
「動きがはええ!」
秋月が横へ跳ぶ。
召喚獣が螺旋を描くように地を這い、突進してくる。
「距離を取れ!」
俺が叫んだ瞬間、地面に魔方陣のような紋様が浮かび上がった。
「結界陣……!」
「うわっ、足が……!」
秋月が足を取られ、体勢を崩す。
「このステージは、音と術式が融合して構成されとる」
多聞が立ち上がる。
「ウチの“幻獣舞踏域”――ここに足を踏み入れたら、まともに動かれへんで」
「……増長や広目とは、また別種の“足止め”だな」
三輪が冷静に言う。「地形支配型、かつ音律操作系。めんどくさいことこのうえない」
「なら、速攻で潰す!」秋月が叫ぶ。
「待て!」三輪が手を伸ばす。
「動くな! そこに踏み込んだら――!」
バシュッ!
結界紋が発光し、秋月の足元で爆ぜた。
「っぐぅ……!」
「秋月!」
俺が駆け寄ろうとしたその時、三輪の声が遮る。
「灰島、止まれ!」
俺はギリギリのところで足を止めた。
目の前、俺が踏もうとしていた場所にも同じ結界があった。
「……助かった、三輪」
「礼はいい。それより、まずいな」
三輪が舌打ちをしながら目を細める。
「動けば結界、止まれば召喚獣の攻撃範囲に入る……」
「そうや」
多聞が楽しそうにギターを撫でた。
「ウチのリフに合わせて、この子らも動く。つまり、音にあわせて、死ぬまで踊ってもらうで?」
「ふざけんなよ!」
秋月が歯を食いしばりながら立ち上がる。
「これ以上ここにいたら全滅だ!」
「……三輪、どうする?」
俺は尋ねた。「このままだとクエストが……」
「俺が残る」
三輪は即答した。
「ここで誰かが足止めされるなら、俺だ。お前らは進め」
「何言って――」
「冷静に考えろ、灰島」
三輪は俺を見た。
「このフィールドに合ってるのは、分析と判断ができるタイプ。手数や瞬発力だけじゃ、のらりくらりとかわされておわりだ」
「だが――」
「“クエスト失敗”になるぞ?」
その一言で、全てが決まった。
「わかった。任せる。絶対、生きて追いついてこい」
「了解。さすがに死ぬ気はないからね」
三輪は一歩、前に出た。
「……ウチと差しか。ええよ。てめえを倒して、残った雑魚を挟み撃ちや」
多聞がギターを構える。
「せいぜい派手に踊りぃや」
「悪いけど、そんな活発な人間じゃないんでね」
三輪が刀を構え直すとともに――音が鳴った。