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12-4: Shadowed Crescendo(影のクレッシェンド)

ギターの音が空間を満たす。

本来なら音楽とは心を癒すはずのものだが、 今は音が、現実そのものを書き換えようとしていた。

「……完全に、知覚支配型。空間と感覚の干渉が連動してる」

俺――三輪蓮は声に出さず、脳内で構造を整理する。

五感ではなく、知覚の“根幹”を揺さぶるこの音。 分析はできている。だが、それだけでは突破できない。

ギターが鳴るたび、召喚獣が異様な軌道で接近する。

俺はブレードを振り、その前脚を斬る。

雷撃が筋肉を痙攣させ、召喚獣の動きを一時的に止める。

「停止時間は約六秒。その間に、多聞を抑え込む」

そのはずだった。

……が。

ギターの音が一段階“深く”沈んだ。

まるで、胸の奥に直接触れてくるような音色。

ギターの音が一瞬止み、空間が“ねじれた”。

――グニャリ、と。

召喚獣が軌道を変え、真上から襲いかかってくる。

「っ……真上か!」

俺は反射的に後方に跳ぶ。

――ザッ!

回避は成功。しかし、着地地点の足場が崩れていた。

――バキィッ!

「……甘い」

俺はブレードを床へ突き立て、滑落を止める。

瞬間、音が“跳ねた”。

ギターの弦が一気に三本鳴らされる。

その軌跡に沿って、召喚獣が三体に“分裂”する。

「視覚への干渉……幻影か!」

いや、違う。重みがある。

本物だ。いや、半実体化か。

「全部、叩く」

俺は冷静に、最も近い一体の顎を狙って踏み込む。

ブレードの刃が雷を纏い、前脚を斬り落とす。

――バシュッ!!

「くそっ!」

斬撃後、即座に横へ跳躍。

だが、ギターの音が先回りしてくる。

聴覚のノイズが、思考をかき乱す。

「ノイズじゃない。これは……干渉命令だ」

――ビィィィン!

二体目の召喚獣が突進。

反射で防御するが、刃が弾かれ、肩をかすめる。

「ッ……!」

衝撃が神経を逆なでしてくる。

「この音、速度に変換されてる……!」

動きが加速している。いや、俺の認識が遅れてるのか?

召喚獣がさらに動く。

斜めから、三体目が跳躍――

「距離、間に合わない!」

俺はブレードを投げる。

空中で回転しながら、獣の顎に直撃。

――ガギィィィン!

「……ッ!」

落下しながら、もう一本の小型ブレードを抜く。

「遅延処理を無視して、物理で潰す!」

だが――

ギターの音が再び“沈む”。

そのときだった。

意識の底が、微かに揺らいだ。

――……。

《三輪さーん、なんか今日、無敵な気がしますっ!》

ふざけた声が脳裏に響いた。

「……翔」

俺は思わず一瞬、剣を止める。

《って、三輪さん怖っ……笑ってくださいよ、たまには》

結城翔。俺の後輩。天真爛漫で、空気をまるで読まないくせに、 一番空気を変えるやつだった。

《三輪さんってさ……なんでそんな真面目なんすか?》

《性格だ。放っておけ》

《そっかー。でもなんか、守ってもらってばっかで悔しいんすよね》

《別にお前のためにやってるわけじゃない》

そう言いながら、結局ずっと気にかけてた。

あいつがいた頃の俺は、確かに今より少し明るかった。

――……。

「くそっ……これは」

記憶の再生ではない。感情の掘り起こし。

ギターの音は、思い出に干渉している。

映像と音と匂い――五感すべてで、記憶を“再構成”してくる。

「悪趣味な技術だ」

それでも、抗わなきゃならない。

俺は足を踏み込もうとした。

……が。

「っ……!」

ふらついた。

脚に力が入らない。

「……まずい」

多聞の音が、再び鳴る。

弦が弾かれる音が、空気を裂くように鋭い。

「――来る」

召喚獣の動きに反応しきれない。

咄嗟にブレードを振るが、空振り。

代わりに腹部へと衝撃が走る。

「がっ……!」

地面に膝をつく。視界が霞む。

「……くそっ……」

ギターの音が、重ねるように響く。

今度はもっと、深く、重く、苦しい。

「ここで……倒れるのか」

ぐらり、と世界が傾いた。

思考が遅れる。感覚がぼやける。

それでも、立とうとした。膝に力を込める。

「まだ……終わってない」

言葉だけが、虚空に溶けた。

目の前、多聞のギターが、最後の一音を鳴らそうとしていた。

その瞬間――俺の視界は、真っ黒に塗り潰された。



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