ギターの音が空間を満たす。
本来なら音楽とは心を癒すはずのものだが、 今は音が、現実そのものを書き換えようとしていた。
「……完全に、知覚支配型。空間と感覚の干渉が連動してる」
俺――三輪蓮は声に出さず、脳内で構造を整理する。
五感ではなく、知覚の“根幹”を揺さぶるこの音。 分析はできている。だが、それだけでは突破できない。
ギターが鳴るたび、召喚獣が異様な軌道で接近する。
俺はブレードを振り、その前脚を斬る。
雷撃が筋肉を痙攣させ、召喚獣の動きを一時的に止める。
「停止時間は約六秒。その間に、多聞を抑え込む」
そのはずだった。
……が。
ギターの音が一段階“深く”沈んだ。
まるで、胸の奥に直接触れてくるような音色。
ギターの音が一瞬止み、空間が“ねじれた”。
――グニャリ、と。
召喚獣が軌道を変え、真上から襲いかかってくる。
「っ……真上か!」
俺は反射的に後方に跳ぶ。
――ザッ!
回避は成功。しかし、着地地点の足場が崩れていた。
――バキィッ!
「……甘い」
俺はブレードを床へ突き立て、滑落を止める。
瞬間、音が“跳ねた”。
ギターの弦が一気に三本鳴らされる。
その軌跡に沿って、召喚獣が三体に“分裂”する。
「視覚への干渉……幻影か!」
いや、違う。重みがある。
本物だ。いや、半実体化か。
「全部、叩く」
俺は冷静に、最も近い一体の顎を狙って踏み込む。
ブレードの刃が雷を纏い、前脚を斬り落とす。
――バシュッ!!
「くそっ!」
斬撃後、即座に横へ跳躍。
だが、ギターの音が先回りしてくる。
聴覚のノイズが、思考をかき乱す。
「ノイズじゃない。これは……干渉命令だ」
――ビィィィン!
二体目の召喚獣が突進。
反射で防御するが、刃が弾かれ、肩をかすめる。
「ッ……!」
衝撃が神経を逆なでしてくる。
「この音、速度に変換されてる……!」
動きが加速している。いや、俺の認識が遅れてるのか?
召喚獣がさらに動く。
斜めから、三体目が跳躍――
「距離、間に合わない!」
俺はブレードを投げる。
空中で回転しながら、獣の顎に直撃。
――ガギィィィン!
「……ッ!」
落下しながら、もう一本の小型ブレードを抜く。
「遅延処理を無視して、物理で潰す!」
だが――
ギターの音が再び“沈む”。
そのときだった。
意識の底が、微かに揺らいだ。
――……。
《三輪さーん、なんか今日、無敵な気がしますっ!》
ふざけた声が脳裏に響いた。
「……翔」
俺は思わず一瞬、剣を止める。
《って、三輪さん怖っ……笑ってくださいよ、たまには》
結城翔。俺の後輩。天真爛漫で、空気をまるで読まないくせに、 一番空気を変えるやつだった。
《三輪さんってさ……なんでそんな真面目なんすか?》
《性格だ。放っておけ》
《そっかー。でもなんか、守ってもらってばっかで悔しいんすよね》
《別にお前のためにやってるわけじゃない》
そう言いながら、結局ずっと気にかけてた。
あいつがいた頃の俺は、確かに今より少し明るかった。
――……。
「くそっ……これは」
記憶の再生ではない。感情の掘り起こし。
ギターの音は、思い出に干渉している。
映像と音と匂い――五感すべてで、記憶を“再構成”してくる。
「悪趣味な技術だ」
それでも、抗わなきゃならない。
俺は足を踏み込もうとした。
……が。
「っ……!」
ふらついた。
脚に力が入らない。
「……まずい」
多聞の音が、再び鳴る。
弦が弾かれる音が、空気を裂くように鋭い。
「――来る」
召喚獣の動きに反応しきれない。
咄嗟にブレードを振るが、空振り。
代わりに腹部へと衝撃が走る。
「がっ……!」
地面に膝をつく。視界が霞む。
「……くそっ……」
ギターの音が、重ねるように響く。
今度はもっと、深く、重く、苦しい。
「ここで……倒れるのか」
ぐらり、と世界が傾いた。
思考が遅れる。感覚がぼやける。
それでも、立とうとした。膝に力を込める。
「まだ……終わってない」
言葉だけが、虚空に溶けた。
目の前、多聞のギターが、最後の一音を鳴らそうとしていた。
その瞬間――俺の視界は、真っ黒に塗り潰された。