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12-5: Tremor of Resolve(揺らぐ決意)

俺と秋月は、岩場の細い斜面を駆け抜けていた。

風は強く、足元は不安定。だが、立ち止まっている暇はない。

「もうすぐだ。黒磯たちはこの先のはずだ」

「おう!」

後ろから力強い声が返ってくる。秋月は、俺の背を追いながらもまったく息を乱していなかった。

ふと、風の中に違和感を覚えた。

「止まれ!」

俺は思わず叫んだ。

地面が揺れ、轟音と共に土煙が巻き上がる。

その中から、黒い影が現れた。

「……ちっ。結局誰も足止めできてないし。ま、あの程度じゃ当然か」

鋭く吊り上がった目に、無表情の仮面のような顔。

四人目の特級神徒――持国。

「道をあけろ」

俺がそう言うと、持国は微笑んだ。目が笑っていない。

「誰に口きいてんの?」

その声が落ちると同時に、地面に光が走った。

「……!」

秋月と俺は同時に飛び退く。

足場が斜めに裂け、重力が崩れかけた。

「灰島、あれ……マジでやべーやつだぞ」

「わかってる」

持国はゆっくりと歩いてくる。攻撃の気配すら見せないまま、場を完全に支配していた。

「やれやれ……一人ずつの方が倒しやすいと思ってたけど」

持国が軽く笑った。

「二人一緒に殺せるなら、それに越したことはないよね?」

「灰島、オレがやる」

「……は?」

秋月が俺の前に立った。

「オレ、ああいう気取ってるやつの顔面に一発いれたいと思ってたんだよ」

「待て、でもここは――」

「時間ねえよ!」

秋月の声が、いつになく真剣だった。

その目には、怖さも迷いもなかった。ただまっすぐに、前だけを見ていた。

「オレが囮になるっつってんだ! おまえは先に行け!」

「……!」

その瞬間――秋月は足元の岩を砕いた。

崖の縁が崩れ、一気に土砂と共に滑落していく。

「秋月!!」

「行け、灰島っ!!!」

咄嗟に手を伸ばすが、届かない。

秋月と持国の体が、一緒に崖下へと落ちていった。

「……っ!」

握り締めた拳に、爪が食い込む。

それでも、立ち止まるわけにはいかなかった。

俺は、走った。

* * *

ゴロゴロと転がり、何度も岩にぶつかって、ようやく止まった。

全身が土まみれで、肋骨が何本か折れていてもおかしくなかった。

「いってぇ……っ!」

呻きながら、なんとか体を起こす。

その視線の先――

奴が、いた。

持国じこく

砂で汚れた服の下から、歪んだ笑みだけが、不気味に浮かんでいた。

目が合った瞬間、背筋をつうっと冷たいものが這い上がる。

体が、勝手に震えていた。

「わざわざ、引き離すとは……愚かだね。おまえ一人で俺に勝てるとでも?」

口調は静かだが、そこには確信めいた殺気が混じっていた。

まるで、俺がこの場にいることすら"筋書き通り"だと言わんばかりに。

俺は、拳を握る。けど、指先が冷たくて力が入らない。

膝が、今にも笑い出しそうだった。

(ビビってんのか、俺……)

情けなさと、悔しさで、奥歯を噛んだ。

でも、目の前の“それ”は、確かに格が違った。

今までの神徒とは比べ物にならない。

まとっている“気”だけで、膝が砕けそうになるほどだった。

「愚かで結構」

なんとか、口だけでも強がって言ってみせた。

でも、喉が渇いて声が震える。

バレてないかと、無駄に不安になる。

「タイマンの方が、燃えるんだよ。俺はな」

視線が交錯する。

持国の瞳は、まるで深淵みたいだった。

感情も、情けもない。ただ、こちらを“削ぐ”ことだけを目的とした目。

俺は一歩、後ずさりそうになる足を、なんとか踏みとどめた。

駄目だ。ここで引いたら終わりだ。

――三輪みわ

――しょう

脳裏に、奴らの顔が浮かんだ。

あいつらなら、きっと今の俺を見て笑うんだろうな。

「なんだよ一馬、ビビってんの?」

「らしくないっすよ! 一馬さん」

――うっせえ。わかってるよ。

俺は、自分の頬を思い切り叩いた。

バチンッと乾いた音が響く。

痛みが、熱をくれた。

体の奥から、何かが目を覚ました気がした。

「ビビるのも、ここまでだ」

拳を、強く握る。今度はしっかりと、力がこもっていた。

「さあ、お手並み拝見といこうか」

持国が、不気味なほどゆっくりと歩き出す。

まるでこちらを“じっくり壊す”つもりの、いやらしい足取りで。

だが、もう俺の心は決まっていた。

やるしかない。やらなきゃ、仲間の元に戻れねえ。

「こっちのセリフだ。――鉄仮面!」

俺の咆哮が、荒野に響いた。


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