「いやすまない、待たせてしまったね」
「いえいえ、急なお話しですみません養父様」
「は、初めまして。アゲセンベ家にお仕えしている、てぃ、ティラミ・ビャス、です」
「これはどうも丁寧に、ブルード領の領主を努めているブルード・ドゥイと申します」
ビャスとドゥイはお互い丁寧に腰を折り、リンの養父、そしてリンの恋人として挨拶をする。
「私は恋愛の自由を認めているから、結婚を決めたら教えてくれればと思っていたのだけど。こんな小忠実に報告してくれるとは」
「養父様にはお世話になっていますから、小さなことでも報告したかったんです」
三人は小さな喫茶店へ足を運び、簡単な注文をして腰を下ろす。
「うちも小さい、農夫に毛が生えたような貴族だからね。立場どうこうを言うつもりはないけれど、リンさんを泣かせるようなことがあれば養父として何処までも追いかけるから、その覚悟だけはしておいてほしい」
「は、はい。そんなことは、っしません!」
「善き善き。然しアゲセンベ家の従者さんとは驚いたな。我々西部貴族は宰相を懇意にしていますから、この縁は大事にしていきたいものだね」
田舎貴族を自称するドゥイだが、その根底は貴族そのもの。
やはり現在主流たるレィエ派閥と強固な縁を作れるのであれば手放したくない相手、視線を向ける瞳は強かなそれである。チマに仕えている二人の護衛、その片割れであるのなら尚の事だろう。
「よよ、よろしく、っおねがいします」
吃音を気にする風もなく、少年然としているビャスを好意的に思いながら、ドゥイは茶に口をつける。
「そういえばパスティーチェはどうだったかな?」
「ドゥルッチェとは違う国風を身に浴びて、小さいながらも成長できたと思っています。チマ様は私に気を使ってか、護衛職を多く任じていただくことが少なく、パスティーチェでの教育や貴族…ではなく権力者らの立ち振舞への理解は不十分に感じておりますが、大国たる北方九金貨連合国の力を目の当たりにできました」
(パスティーチェ軍の動きや、私たちが撤退した後の掃討作戦。…みたところ一切の情報が漏れていない情報統制は完璧。回数は多くないけど、眺めることの出来た授業を見るに、実用的な勉強を多く行っているんだろうなぁ)
「見聞を広められたようで何より。護衛職とはいえ、国の外へ出て何かを学べる機会なんて滅多にない。アゲセンベ家に感謝し今後に活かすようにね」
「はい」
「いやぁ、村の学校で優秀な子がいると知って、本人の意向もあり我が家で迎え入れて正解だったよ。領に戻ったらタタン家のご家族にも報告しておくから」
「ありがとうございます。序でと言っては失礼になってしまいますが、村に向かう際に手紙を渡してもらってもよろしいでしょうか?」
「任してくれ。ははっ喜ぶだろう」
「ですねー。前回の返信なんてこんなに分厚くって驚いちゃいましたよ」
「期待の星だから、仕方ないさ」
三人は長閑な間食を終えてドゥイの運転する車へと乗り込み。
「本当に養父様も同行するのですか?」
「娘が恋人のご両親挨拶へ向かうんだ。私も立ち会わなくては」
得意気なドゥイは少し古めかしい蒸気自動車の鍵を回して走り出し、ビャスの生まれ育った村へと車を進める。
「…リンさんも知っての通り、私には子供が三人いて娘も勿論いる。君のことも娘の一人だと思っているけど、…まあなに予行演習だと思っているのさ。すまないね」
「全然問題ないですよ。ビャスくんも快諾してくれましたし」
「はい。…両親も喜ぶと思います。っ思い出の中でですが、いつも賑やかで楽しそうでした、から」
「…。…あー、なんだ、私の事はお義父さんと呼んでくれていいからね。時間がある時、タタン家に向かう序でにでもブルード家へ寄ってくれれば歓迎するから」
「あ、ありがとうございますっ」
目尻に小さな涙を浮かべたドゥイであった。
暫くして到着したのはビャスの生まれ育った小さな農村。
彼が去ってから然程の時は流れていないものの、何処か懐かしく良い思い出と悪い思い出がぶり返される。
元ティラミ家の家屋は既に別の入居者がいるようで、僅かばかり視線を向けただけで反応はせず、そのまま集合墓所に向かう。
手入れはされているが何処か整然としていない集合墓所を進み、ビャスの両親が眠る墓へと辿り着くと、他の墓石と比べれば綺麗に手入れされており、村長が約束を守ってくれているのだと悟る。
「父さん母さん、久しぶり。きょ、今日は僕の、す、好きな人を紹介しに来たんだ。お仕えするお嬢様のお友達でブルード・リンさん、とっても良い人でね……」
紹介するビャスは次第に顔が林檎のように赤くなっていき、途中からは二人に聞き取れに声になってしまった。思春期真っ只中の少年なのだから当然か。
「はじめまして。ブルード男爵家の養女ブルード・リンと申します。先日、ビャスさんからの告白を受け恋仲と成りました。不束者ではありますが、ビャスさんを幸せに出来るよう尽力いたしますので、見守っていただければ幸いです」
ドゥイは邪魔をしないよう慇懃な礼を行ってから一歩引き、二人がビャスの両親へと語らう時間を用意する。
チマに拾われてから昨日までの思い出を墓前で語らい、周囲の清掃と手入れをすれば挨拶は終わった。
振り返れば村長がドゥイの隣に立って二人を見守っており、目が合えば小さく礼をしてから墓前に供物を供える。
「………。…久しぶりだね、ビャス」
「お、お久しぶりです。今日は、父さんと母さんに恋人リンさんを紹介しに戻りました。お、お墓のお手入れ、ありがとうございます」
「親友の墓だ、率先して手入れするさ。それにしても恋人とは驚いた。この村の村長をしております、お見知り置きをいただけれこれ幸いと」
リンとドゥイが自己紹介をすれば、やはりといった表情をする村長。
停まっていた車輌に付けられていた三角枠に梨の実と葉の爵徴を目にした村長は、どこぞの男爵家であることは理解していた。
「良い人を見つけたようで何より、結婚の場を設けるのなら私が向かうから声を掛けてほしい」
(ビャスの面倒を見る、あの約束を守れなかったせめてもの贖罪に、二人へと報告をしたい)
「き、気が早いですよ…。ですが、その時は」
笑みを咲かせたビャスの姿に、背に乗った重りが僅かばかり軽くなったと村長は微笑み、立派に育った雛鳥の巣立ちを喜んだ。