リンが寮からアゲセンベ家へ移る手続きや引っ越しをしている間、チマは登城し王城管理書庫へと足を踏み入れる。
(知りたいのは神話関連。アーク・ティニディア様や八貰臣様の事を知りたいのも確かだけど、一番は統魔族に関してのもの。アレらは一体何者なの?)
「それじゃあシェオは手続きとかに向かってくれていいわよ。書庫には管理警備の騎士がいるから、ね」
「はい」
「ども」
深々と頭を下げたのは第一騎士団の騎士と第六騎士団のミザメ・ディン。
ディンに関しては登城するチマからシェオが一時的に離れるということで、詰所から連れてこられたのである。
第一騎士団の騎士は書庫全体の警備を務めているので、チマ個人の護衛に使うには気が引けるというのが本人の談。
「それでは急ぎ手続きを行ってまいりますので。…大丈夫かとは思いますが、お嬢様から離れぬようにお願いしますよ、ミザメ騎士」
「大丈夫だって。天下の第一騎士サマもいるんだし」
軽口を叩くディンではあるが、チマに何かが合っては軽く首が飛ぶので、表情は真剣そのもの。
シェオを軽く見送ったチマは踵を返して書庫の内を進む。
「チマお嬢様は本日何をお探しに書庫まで?」
「有史以前の、神話に関する知見を得たくてね」
「熱心ですね。ただ神話関連であれば祭祀殿に向かったほうが良いのでは?」
「あそこは神へ敬祷する場であって、歴史を知る場所ではないのよ。…それに色々と面倒だし」
「あぁー…」
納得するディン。そう、ドゥルッチェ王国の敬祷は純人族の祖となった神々へ行うものであり、夜眼族のチマが足を運ぶと怪訝と差別的な瞳を向けられてしまう。
混血のチマからすれば純人族の信仰する神々も、夜眼族の信仰する神々も等しく同じなのだが、逆にそういう姿勢が受け入れられないとのこと。
信仰とは難しいものなのだ。
神学書の類を無作為に選び、
(純人族の祖となった天穹神サーカロルを主とし、彼に仕えていた従星神の研究、探索が中心ね。統魔族に関しては神族に仇なす者であり、神々の時代を終わらせた悪徒としか書かれていない)
神世が終わり七〇〇〇年ほど。そこから最古の国家であるドゥルッチェ王国の基礎が出来、人々の時代が始まるまで三五〇〇年。そして歴史が刻まれ始めて二五〇〇年弱、先史文明は讃え奉られるのみとなり、失伝し忘れ去られているのだ。
(仕方ないけど得られるものは何もなさそうね。『盲愛』に直接聞ければ良いのだけども…、寝るって言ってから音沙汰ないのよね)
仕方なくいくつかの書を読み進めていくと、珍しいことに獣貰神アーク・ティニディアや八貰神に関する記述が発見される。
(アーク・ティニディア様は大自然を崇拝する神族で、獣を身体に宿し今の多種族群の祖となった。彼の神も最初はサーカロル様のような
(ティニディアは間違いなく獅子だったぜ。ただまあ、さっきの内容に口を挟むなら、同族を護る地位にいたのは八貰臣だったが)
(そうなの?)
(マジマジ。ティニディアはチマちゃんみたいに、他者へ力を与える事の出来た神だ。他だとアーダスちゃんにシーノワもそうだったな)
(へぇ、だから獣返りとか呼ばれたのね。…というか起きてきたなら言いなさいな)
心の内から響く、『盲愛』の声に眉を曇らせた。
(呼ばれた気がして飛び起きたのー)
(それはごめんなさいね。統魔族の事を調べに来ていたのだけど、統魔族おろか神族の事すら殆どが失伝していて困り果てていたのよ)
(ははーん、知りたがりな枝葉ちゃんだ。別にいいけども、アーダスちゃんがこの地を去ってからどれだけの時間が流れたんだ?チマちゃんたちの基準で)
(大凡七〇〇〇年。時代ごとに寿命や初出産の年齢は異なるのだけど、三〇〇から四〇〇くらいは代替わりをしているんじゃないかしら?平均寿命は今七〇歳くらいで、一昼夜を三六五回で一年ね)
(そこそこの時間が経っているのな。そうなればいくらかの神族が失われている状況にも頷けちゃうか。アーダスちゃんがいないのはさびしいなぁ~)
(…、うーん。色々と聞きたいことがあるのだけど、先ず統魔族ってなんなの?)
先史を知る貴重な存在。問いたい内容は山程あるが、今回の目的である統魔族の存在について尋ねる。
(統魔族、なぁ。面白い話ではあるが、何処から話したらいいか、俺ちゃん悩んじゃう)
チマの脳内に同居している『盲愛』は、うんうんと唸りながら教えるべき内容を考え始めた。
(くひっ、適当に話すから知りたいことを質問してくれ。俺ちゃんたち統魔族と呼ばれている存在は、本来ウィティウゥスと呼ばれる植物だったんだ)