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七話 コンティニュー! ④


 魂の眠り続けるチマを待つこと二ヶ月、『チマ』は身体に順応してきており、それなりに動けるようになっていた。

「よーっす。大分動けるようになったな」

「あんたは…統魔族の」

「『盲愛』ちゃんだ、宜しく」

 蔦の塊はうねうねと動いて、挨拶でもしている風だ。

「この身体の私が起きないんだけど」

「魂が完全に砕け散ってたから、形を戻したところで傷は癒えてない感じだな。流石にそろそろ起きるとは思うが」

「ふーん、次。私の魂が肉体から拒絶されてないのだけど、大丈夫?」

「統魔族として、ちょっとばかし細工をしたのさ。身体に寄生して操る、その応用。『諦落』ちゃんも理解してるんだろ?」

「…。全てが終わった後は?」

「くひっ、ノープロブレム。『均衡』の施した呪いに紐付けてあるから、やるべきことを終えれば『諦堕』ちゃんは剥がれ落ち、ゆったりと休める。…オレちゃんからの慰労休暇さ」

「どうも。…その後は、聞かないでおくわ」

「楽しみは取っときな、くひひ」

 木の棒を手に、素振りを何度か繰り返せば、自身の感覚に問題はなく、足捌きを交えた動作を行なっても、義足が足を引っ張ることはない。

 ただ、『チマ』が思い出せる彼女自身の力量には及ばず、歯痒さが残ってしまう。

「問題はなさそう?」

「動く分にはね。この身体で統魔族を相手取るのは厳しいけど、その程度で諦めるほど意思は弱くないわ」

「頼りになる一言だよ。…チマちゃんと『諦堕』ちゃんには、やってもらわなくちゃならない事があるし、感覚を研ぎ澄ませてくれ」

「寝ている私にも役割があるの?」

「残念ながら」

 蔦の先に咲いていた花が一つ萎み、盲愛的には望まぬことなのだと、『チマ』は察した。

「私が代行は?」

「無理かなぁ。『諦堕』ちゃんは、均衡の影響を受けすぎているから、…不適切なのよ」

「そう…。なら起きてもらわないとね」


 チマは眠りから覚める。

 鳥のさえずりが響き渡る森の中、丸太を背に横たわっていた彼女は、見慣れぬ風景に再び目を閉ざした。

(ちょっと、二度寝するんじゃないわよ…)

「…?」

 脳内に響き渡るのは自分自身の声。考え事をする時、脳内で声を出すのとは違う、不思議な感覚。

(寝坊助さん、早く起きなさいな。目を覚ませなくなっても知らないわよ)

「なに…?くぁ…はふ」

 大きな欠伸をして瞳を開けば、大自然の中に寝ておりチマは困惑する。

「え?どこここ?!」

(ルーラー山脈の一角、『盲愛』の穢遺地よ)

(へぇー、随分と私の声真似が上手くなったじゃない、練習してたの?)

(…。はぁ…)

 『チマ』は状況をチマへ伝えると、義眼と義足を確認し、数ヶ月もの間、眠っていたことに眉間を押さえた。

「今、ドゥルッチェはどうなっているの…?」

(さあ?国王も宰相も、王太子も無事なんだから何とでもなるでしょ。貴族の多くは処分された可能性はあるけど、市井から人を浚い上げる妨げは処分されたわけだし)

(棘があるわね…)

(…色々あったのよ)

(なんか、夢で見た気がしなくもないけど…、聞かないでおくわ)

(助かるわ。…思い出すだけでも腹が立って仕方ないのよ)

 身体を動かそうと立ち上がると、数ヶ月間も寝ていたとは思えない軽さをしており、体調も問題ない。

 然しながら義足での歩行は、やや難があるようで、石を踏み足を滑らせて転倒しかける。

「わぁっ!?」

「間に合った」

「ぜ、ゼラ!?ありがとう」

「…、チマ姫様?」

「?。そうだけど、似た人でもいるの?」

「違う。けど良かった」

(しばらくの間、私が身体を動かしていたのよ。義足の感覚には慣れなさい)

 眦に涙を溜めたゼラは、チマを抱きしめて笑顔を見せる。


「―――。という感じ」

「危機的な状況はあったけど、東西の貴族とパスティーチェのおかげで、最悪の状況は避けられていると」

「王都内部の細かい事までは分からない。けれど、第三第五騎士団は解体。一部の騎士は、第六騎士へ見習いとして編入。一部の貴族は、爵位や職を失ったものの、監視下に置かれた状況で別の職務を割り当てられている」

「良かった。結構無茶を言ったけど、果たしてもらえているようね」

 離宮での戦闘で、進んで投降した者たちは、比較的寛大な処置をされている。そのことに安堵し、チマはお茶で喉を潤す。

(こういった甘い決断は、何れ、爪牙となり迫りくるわ。不和の種は全て取り除くくらいして、歴史に刻み込まないと)

(種なんて、どこから零れ落ちてくるのかわからないもの。都度排除していたら、周りに誰もいなくなっちゃう、お互いの妥協点を探さないと)

(…甘ちゃんね)

(理想も追えないような国になってほしくはないわ)

「…?」

 無言で表情をコロコロと変えるチマに、ゼラは疑問符を浮かべたので、自身の中にもう一人いるのだと説明すれば、昨日までの『チマ』なのだと納得する。

「方向性は違うみたいで、彼是話し合ってたのよ。さて、これからどうするべきなのかしら?」

「くひ、帰りたいと思うチマちゃんには悪いが、もちっとだけオレちゃんの穢遺地で過ごしてってくれ。パッと見た感じですら不完全で、無理をしたら悪影響が出かねないんだ」

「うひっ!?モジャモジャが動いてる!?ヘビの塊!??」

 蠢く蔦がヘビに見えたチマは、全身の毛を逆立て飛び退き、ゼラの後ろに隠れた。

「オレちゃんだよオレちゃん、そんな勢いよく逃げなくたっていいだろーに」

 何処から発声しているか不明な蔦を訝しむチマだが、耳に届く声色は盲愛のものであり、小さなため息を吐き出す。

「……盲愛、なのね。はぁ…ちょっとってどれくらい?」

「夏が終わるくらいまでは」

「わかったわ。ゼラもいいかしら?」

「。」

 首肯したゼラに、チマは笑みを向ける。

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