魂の眠り続けるチマを待つこと二ヶ月、『チマ』は身体に順応してきており、それなりに動けるようになっていた。
「よーっす。大分動けるようになったな」
「あんたは…統魔族の」
「『盲愛』ちゃんだ、宜しく」
蔦の塊はうねうねと動いて、挨拶でもしている風だ。
「この身体の私が起きないんだけど」
「魂が完全に砕け散ってたから、形を戻したところで傷は癒えてない感じだな。流石にそろそろ起きるとは思うが」
「ふーん、次。私の魂が肉体から拒絶されてないのだけど、大丈夫?」
「統魔族として、ちょっとばかし細工をしたのさ。身体に寄生して操る、その応用。『諦落』ちゃんも理解してるんだろ?」
「…。全てが終わった後は?」
「くひっ、ノープロブレム。『均衡』の施した呪いに紐付けてあるから、やるべきことを終えれば『諦堕』ちゃんは剥がれ落ち、ゆったりと休める。…オレちゃんからの慰労休暇さ」
「どうも。…その後は、聞かないでおくわ」
「楽しみは取っときな、くひひ」
木の棒を手に、素振りを何度か繰り返せば、自身の感覚に問題はなく、足捌きを交えた動作を行なっても、義足が足を引っ張ることはない。
ただ、『チマ』が思い出せる彼女自身の力量には及ばず、歯痒さが残ってしまう。
「問題はなさそう?」
「動く分にはね。この身体で統魔族を相手取るのは厳しいけど、その程度で諦めるほど意思は弱くないわ」
「頼りになる一言だよ。…チマちゃんと『諦堕』ちゃんには、やってもらわなくちゃならない事があるし、感覚を研ぎ澄ませてくれ」
「寝ている私にも役割があるの?」
「残念ながら」
蔦の先に咲いていた花が一つ萎み、盲愛的には望まぬことなのだと、『チマ』は察した。
「私が代行は?」
「無理かなぁ。『諦堕』ちゃんは、均衡の影響を受けすぎているから、…不適切なのよ」
「そう…。なら起きてもらわないとね」
チマは眠りから覚める。
鳥の
(ちょっと、二度寝するんじゃないわよ…)
「…?」
脳内に響き渡るのは自分自身の声。考え事をする時、脳内で声を出すのとは違う、不思議な感覚。
(寝坊助さん、早く起きなさいな。目を覚ませなくなっても知らないわよ)
「なに…?くぁ…はふ」
大きな欠伸をして瞳を開けば、大自然の中に寝ておりチマは困惑する。
「え?どこここ?!」
(ルーラー山脈の一角、『盲愛』の穢遺地よ)
(へぇー、随分と私の声真似が上手くなったじゃない、練習してたの?)
(…。はぁ…)
『チマ』は状況をチマへ伝えると、義眼と義足を確認し、数ヶ月もの間、眠っていたことに眉間を押さえた。
「今、ドゥルッチェはどうなっているの…?」
(さあ?国王も宰相も、王太子も無事なんだから何とでもなるでしょ。貴族の多くは処分された可能性はあるけど、市井から人を浚い上げる妨げは処分されたわけだし)
(棘があるわね…)
(…色々あったのよ)
(なんか、夢で見た気がしなくもないけど…、聞かないでおくわ)
(助かるわ。…思い出すだけでも腹が立って仕方ないのよ)
身体を動かそうと立ち上がると、数ヶ月間も寝ていたとは思えない軽さをしており、体調も問題ない。
然しながら義足での歩行は、やや難があるようで、石を踏み足を滑らせて転倒しかける。
「わぁっ!?」
「間に合った」
「ぜ、ゼラ!?ありがとう」
「…、チマ姫様?」
「?。そうだけど、似た人でもいるの?」
「違う。けど良かった」
(しばらくの間、私が身体を動かしていたのよ。義足の感覚には慣れなさい)
眦に涙を溜めたゼラは、チマを抱きしめて笑顔を見せる。
「―――。という感じ」
「危機的な状況はあったけど、東西の貴族とパスティーチェのおかげで、最悪の状況は避けられていると」
「王都内部の細かい事までは分からない。けれど、第三第五騎士団は解体。一部の騎士は、第六騎士へ見習いとして編入。一部の貴族は、爵位や職を失ったものの、監視下に置かれた状況で別の職務を割り当てられている」
「良かった。結構無茶を言ったけど、果たしてもらえているようね」
離宮での戦闘で、進んで投降した者たちは、比較的寛大な処置をされている。そのことに安堵し、チマはお茶で喉を潤す。
(こういった甘い決断は、何れ、爪牙となり迫りくるわ。不和の種は全て取り除くくらいして、歴史に刻み込まないと)
(種なんて、どこから零れ落ちてくるのかわからないもの。都度排除していたら、周りに誰もいなくなっちゃう、お互いの妥協点を探さないと)
(…甘ちゃんね)
(理想も追えないような国になってほしくはないわ)
「…?」
無言で表情をコロコロと変えるチマに、ゼラは疑問符を浮かべたので、自身の中にもう一人いるのだと説明すれば、昨日までの『チマ』なのだと納得する。
「方向性は違うみたいで、彼是話し合ってたのよ。さて、これからどうするべきなのかしら?」
「くひ、帰りたいと思うチマちゃんには悪いが、もちっとだけオレちゃんの穢遺地で過ごしてってくれ。パッと見た感じですら不完全で、無理をしたら悪影響が出かねないんだ」
「うひっ!?モジャモジャが動いてる!?ヘビの塊!??」
蠢く蔦がヘビに見えたチマは、全身の毛を逆立て飛び退き、ゼラの後ろに隠れた。
「オレちゃんだよオレちゃん、そんな勢いよく逃げなくたっていいだろーに」
何処から発声しているか不明な蔦を訝しむチマだが、耳に届く声色は盲愛のものであり、小さなため息を吐き出す。
「……盲愛、なのね。はぁ…ちょっとってどれくらい?」
「夏が終わるくらいまでは」
「わかったわ。ゼラもいいかしら?」
「。」
首肯したゼラに、チマは笑みを向ける。