ジェローズ・ゼラは平々凡々な両親を持つ、産まれながらにスキル『道神』を有する天才であった。
ジェローズ伯爵家は代々役人をしてきた家系であるが、高い役職に就くことはなく、最低限伯爵位を落とさない程度の働きをする、地味ぃ〜な一族だ。
そんな中で突然変異の如く産まれた彼女は、家族からは蝶よ花よと育てられ、メキメキと頭角を現したのだが、興味の殆どは祖父に教えられた釣りへ向いていた。
幼少の頃から口下手で、好きなことには饒舌だったゼラは、同年代の子供に釣りの良さを語っては引かれ、遠巻きに見られるようになり、疎外されていく。
釣りの話をすると煙たがれると理解したのは、学校へと通うようになった頃。
優秀なスキルを持ち、多くを語らない寡黙な少女として扱われていたゼラは、友人と呼べる相手を作れず、そのまま第一騎士団へ就職する事となった。
騎士という役職上、男性が多く、釣りに造詣のある者もいたのだが、やはり同性はおらず少しばかりの寂しさを覚えていた。
そんな中、夏の野営会にて釣りを一緒に楽しんでくれた少女と出会い、ゼラは一方的な友情を覚える。
当の本人は釣ることよりも、釣果を食べる方が好きなのだが、楽しんでいたのも事実。ゼラからの好感度は爆上がりである。
「釣りをしませんか、チマ姫様」
「釣り?…ちょっと身体を慣らしたいから遠慮するわ」
「…。」
ゼラの心にトゲが刺さる。
幼少に煙たがれた時のような、そんな気持ちになり、表情を隠しつつ釣り具を物陰に置く。
「この身体のチマは、そういうの好きそうだし、起きたらそっちを誘いなさいな。…脚と眼に難があるから、ジェローズの助けは必要になるけど」
「!」
ゼラは少しばかり嬉しそうに、『チマ』の運動を手助けした。
一月経つ頃には、『チマ』は身体を自由に動かせるようになっており、剣術の鍛錬まで行っていた。
「動けるようになったね」
「ええ、身体はね。後はもう一人の私が目覚めてくれれば準備万端なんだけど」
「起きない?」
「ええ。…もう少し、寝かせてあげましょう」
「。」
―――
辛く、苦しい夢をみた。
幼少の頃に父親から冷遇され、母親には捨てられた影響から、他人を心の底から信用することは出来ず、ただ居場所を求め彷徨い歩く迷い人。
運命は統魔族に弄られ狂い、同じ路を何度も辿り、死ぬ直前で全てを思い出す。それは円環の地獄に他ならない。
抜け出すことの出来ない泥沼を藻掻き、一縷の望みに手を伸ばし、再び砕かれ終わる寸前で、自分自身に救われる。
そんな、望みのある夢。
―――
王立第一高等教育学校は、昨年度と比べると落ち着きのある静かな場所となっていた。
レィエに対抗するため団結していたトゥルト派閥の多くが、トゥルトの反乱にて捕縛され、主犯格と思しき者たちは処刑されることになっている。
そういったトゥルト派閥の子息令嬢、全校生徒の四分の一が、政府と家庭の事情で休学及び退学を余儀なくされており、若者の熱量を奪い冷やかな印象が感じ取れた。
「…見てよ、自身の家族を売って、チマ様に胡麻を擦り生き残った元トゥルト家のナツ様よ」「浅ましいわよねぇ」「誇りはないのか」「都合が悪くなったらまた裏切るかもしれんぞ」
元々チマを悪様に
「ナツ様、さっさと行きましょう」
「そうね…」
アーロゥス家もトゥルト派閥であり、父が先の反乱に加わっていたのだが、コン自体はチマに協力し王后とマイの救出に加わっていたことで、彼女や他の家族には処罰から逃れることとなっていた。
そしてアーロゥス家の当主の座を、兄弟姉妹から奪い取る形で引き継いで、ナツの補佐役を務めている。
「現金なものですよね…、あの人たちもアゲセンベ・チマ様に、
「それだけの功業ですもの、当然ですわ。然し…」
「…はい」
救国の英雄、とまで讃える者がいる、チマ本人は行方不明。
一度だけ表舞台に経った際は、ラザーニャが変装スキルを用い辛そうな演技で重症感を出すことで、死亡説を払拭した。
「よう、お二人さん!さっさとお屋敷に帰ろうぜ!」
「スパゲッテさん、職員室に呼び出されていましたが、用件は終わったのですか?」
「おう。足りてなかった教科書なんかが届いただけだった」
「ではリンさんと合流し、お屋敷へ戻りましょうか」
「あっちは生徒会だっけ?大変だよなぁー」
「パスティーチェではそういった職に就いていなかったのですか?」
「俺が?ムリムリ、勉強だって置いていかれないようにするのが精一杯なんだ」
(『勇者』スパゲッテ。何故この人が留学しているのでしょうか。………、やはりチマさんが戦闘を行っていた統魔族に関係があるのでしょうね…)
公には発表されていない統魔族の存在。
トゥルト・チェズも統魔族に身体を貸したのだが、直後にチマに首を落としてしまった。
(逆賊となった父は、チマさんに討たれ世を去った。文句の一つ、恨み言の一つも叶うことなく、呆気なく)
自分でトゥルト家と決着をつけたいと思っていたナツの心には、僅かなしこりが残る。一生背負わなくてはならない、家族を裏切った確かな証として。
「やあ、ナツ。リンを待っていたのかな?」
「はい。徒歩では帰れませんので」
「そうだね。…不自由させてしまうけれど、もしものことがあっては困るから、最低限でもアーロゥスの同行は確実に頼むよ」
「…わかっております」
デュロを前にすれば、ナツの心はときめいてしまうのだは、感情を押し込んで淡々と対応を行う。
「…、あー、ちょっと教室か何処かに忘れ物をしちゃった気がします!ナツさん、少しお待ちいただいてもよろしいでしょうか?では行きましょうスパゲッテさん!」
「お、おう!?」
バタバタと騒がしいリンが姿を消し、空気を読んだ他の生徒会役員も退室していくと、二人は生徒会室に入った。
「気を使わせてしまったかな」
「いつも同じ理由なのは、どうにかしてもらいたいですね…」
腰を下ろし向き合えば、ナツの頬は紅潮する。
「苦労はないかい?」
「大丈夫です。私は…私で進むと決めた路を進んでいるだけに過ぎませんから」
「それでも
「今のところは」
後ろで控えているコンも肯く。
「チマのおかげでナツは助かったけれど、状況を好転させるのは時間が必要だろう。…色々画策しているのだけど、どうにも手が回らなくて、すまないね」
「殿下が謝る必要などありませんわ!…自分自身で解決しないといけない、難題ですので」
「何れ人生を共にするのだから、私はナツの力になりたいのさ」
ナツの手を取ったデュロは、柔らかな笑みを露わにする。