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Episode3 - サスピシャスエネミー


 今回の地下の探索を開始してから数分。私達は薄暗い中で敵性バグらしきものと延々戦い続けていた。


「そっちいった!」

「任されたァ!」


 薄暗い廊下に、怒号と共に1YOUが敵性バグらしきものを受け止めようとした音が木霊する。

 相手が素早すぎる為に捕まえるのにも一苦労しているのだ。

……物量って訳じゃないから対応出来てるけど、やっぱり速い……!

 【狼男】の能力を使っているのか、その姿を人狼へと変えた1YOUが強化された身体能力をもって対応してくれているものの、私の目では追えない速度だ。

 それに加え、建物自体の薄暗さもあり視認性は更に下がっている。

 和風建築と言えば詫び寂び等、色々と思う事はあるのだろうが……今現状で感じているのはただただ動きにくく面倒である事。これだけだ。

 板張りの廊下は踏み込みがし辛く、左右に壁や部屋へと通じる障子がある為に長物を振るうには適さない環境。それに加え、音が反響しているのか私の索敵能力に対する実質的なデバフ。

 十二分に面倒で、十二分に動きにくい要素が揃っている中で、素早い敵性バグが襲い掛かってくる。


「だぁ!面倒だね!1YOUくんこっち!」

「?!……了解っす!」


 と、ここで痺れを切らしたライオネルが叫ぶと共に、1YOUが勢いそのままに敵性バグの進行方向を彼女の方へと誘導した。

 その瞬間、


「ナイスッ――イタダキマス」


 ライオネルのマズルマスクから大量の奇譚繊維が射出され、巨大な顎を形成し。

 誘導された敵性バグに喰らい付く事でその動きを止め……咀嚼を開始した。

……やっぱ凄いな。失敗してないし。

 奇譚繊維の顎によって咀嚼されていく敵性バグの姿に、戦闘態勢を解きながらも警戒しつつ近寄って確かめる。何を?当然、どんな都市伝説等に影響を受けているか、だ。

 ここまで逃げられるか、一撃の火力が高すぎた為に確認する暇無く消えてしまうかの2択だったのだから。


「これは……最悪ですね……」

「何?……あぁ、成程。三分の一を引いた、という事か」


 現在進行形でライオネルに食べられていっているその姿は……どう見ても、現実にも存在している豹のように見えた。

 その姿を見た上で、私と1YOUの頭に浮かぶのは1つのUMAの姿。

……エイリアン・ビッグ・キャット、かぁ。

 巨大なネコ科の動物であり、超能力を操るとされている未確認生物。ネコ科のUFOとも言われ、一応は目撃事件なども現実に存在しているモノだ。


「ど、どうかしら。未確認生物の味は?」

「んぐ……うん、味が無いねこいつ。何と言うか……肉とか骨っぽい食感はあるんだけど、全部が全部味がしない。固めのゼリーとかを食べてるって言われても味がないから信じられるねコレ」

「成程?……これ配下とかですよね?」

「その筈だぞ。他の都市伝説同様……それらに影響を受けた、もしくは生み出された敵性バグのはずだ」


 奇譚繊維の顎の端で、HPが無くなったのか光の粒子と化して消えていくその姿を見つつ。

 私は今その豹型の敵性バグに対して違和感を覚えていた。

……味がないなんて事……ある?いや、そもそも何で超能力系を使ってきてない?

 奇譚繊維を解き、自身の内側へと仕舞っていくライオネルを見つつ、私は考える。

 今回、この地下を支配しているのはエイリアン・ビッグ・キャットでほぼ間違いはないだろう。事前の情報からして、他の2つでは豹なんてものが出てくるとは思えない。

 しかしながら、その特徴である超能力を影響を受けているであろう配下が使わないかと言われれば……否と答えるべきだろう。何故ならば、


「……敵性バグって、影響を受けた、元になった都市伝説に関係した能力を使ってくるんですよ」

「そうだねぇ。巨頭オもそうだったし」

「さ、猿夢もそうね。アナウンスに関係した能力を持ってたわ」


 巨頭オは知らないが、患猫が言ったように猿夢はそうなのだ。

 鉈持ちやゴリラ型、そしてこちらの動きを止めるメガホン持ちに、ハードではボスにまでなっていたものの、アナウンスを担当している機械の猿まで……全てが全て、猿夢という都市伝説に関係している能力を持っていると言える。

 だからこそ、何の能力も持っていないように見える豹型の敵性バグに対して違和感を感じているのだ。


「だが、大元でもないだろう。大元がコレだったら弱すぎるし、何なら倒しているのにこの地下が解放されていない」

「そうなんです。だからこそ、あの豹型はエイリアン・ビッグ・キャットと関係はあっても……敵性バグではない。そういう存在なんじゃないですか?」

「そう考える理由はなんだい?神酒ちゃん」

「考えてて気が付いた事なんですけど……今、戦闘終わりましたよね?」

「その筈だが」


 言って、周囲を見渡す。

 音は無く、何かがこちらへと襲い掛かってくる事もない。戦闘は終わっているはずだ。

 故におかしい。それは、


「なんで、戦闘終了後のドロップ品がログに流れてないんですか?」

「「……!」」

「あは、確かに流れてないや。敵性バグを食べれた幸福感で聞き流してたかなって思ってたけど……ログにすら残ってないのは確かにおかしいねぇ。じゃあアレ、敵性バグじゃあないのか」

「状況証拠だけですけど、恐らくは。実体はあったんですよね?」


 聞けば、ライオネルは軽く頷いた。

……実体があって、敵性バグとの戦闘報酬が手に入らない。でもこちらを襲ってくる存在。

 思いつきたくない、考えたくはない答えが脳裏に過っているものの、口に出さねば周りには伝わらない。

 静かで薄暗い廊下の真ん中で、私の喉が空気を呑み込む音だけが聞こえ、


「……これ、もしかしてボスの能力とかで生み出された何か、だったりしませんか?」


 言った瞬間、音が発生・・した。遠く、水音を伴った何かが落ちるような音。

 その音が四つ重なると共に、それらは移動を開始した。こちらを確実に捕捉しているかのような動きだ。

……地雷でも踏み抜いたかな!

 恐らくは都市伝説側の何らかの琴線に触れてしまったのだろう。

 少なくとも数分、いや数十秒後には再びここは戦場となる。ライオネルも【猿の手】によってそれを察知したのか、こちらへと視線を向け頷きながらも、


「うん、申し訳ないけど1YOUくん達への訓練はまた今度みたいだね。……患猫ちゃん、そろそろイケる?」

「い、イケるけれど……どうするつもり?」

「そりゃあ当然。やられっぱなしは嫌だしね。――ここらで一つ、攻勢に出ようぜ」


 獰猛な肉食獣のような笑みを浮かべながら、私達へと指示を出し始めた。



『本当にやれるの?貴女』

「やれるかやれないかじゃないよ。やるしかないんだ」

『そう、良い心意気じゃない』


 薄暗い廊下を駆けながら、私は飛ぶ。

 左手にナイフを持ち、右手はずっと電話の様な形をさせながら、音の元へと向かって転移を続けていく。

……ライオネルさん達が追いついてくる迄に、何とか姿くらい見つけられれば良いけれど……!

 私の転移手段は【メリーさん】の攻撃補助用。

 故に、飛ぶ度に豹型の敵性バグを始めとしたネコ科の敵性バグ達の背後へと出現し、一撃加えてから更に飛ぶ。


「……まだまだ飛んでくよっと」


 まだ大元へとは辿り着いていない。しかしながら……この地下もそう広くはない事が私には分かっていた。

 音の反響から【下水道のワニ】の能力によって、凡その広さが理解出来たからだ。つまるところ、


「もう少しで追い詰められる……!」


 私だからこそ出来る追い詰め方。速度に関係なく、距離を詰める事が出来る方法。

 どれ程逃げようとも、何処へ行こうとも、確実に相手の元へと辿り着く【メリーさん】。

 それが今の私の役割ロールだった。

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