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Episode4 - リシンクロ


「――辿り着いたァ!」

『ァ!?』


 幾度転移したかは分からない。私の中の何かが擦り減っていくような、そんな何処か知っている感覚を味わいながらも、私はやっと辿り着く事が出来た。

 そこは、大きな畳張りの部屋。

 大河ドラマなんかで殿様なんかがふんぞり返って居そうな、そんな部屋を更に巨大にした薄暗い部屋の中にソレは居た。人よりも二回り、三回り以上は大きく、足は長い。金の瞳をこちらへと向けたその姿はヤマネコのように見えなくもなく、舌を軽く出している姿はそれなりに愛嬌のあるものだ。

……でっかくなかったら可愛く思えたのかもしれないけどさぁ!

 だが、その姿を愛でる事は出来ない。

 毛で全身が覆われていても分かる程の筋肉質な身体を、背後へと転移してきた私に反応して向き直し始めているからだ。


「早めに来てくれる事を願おうかな……!」


 手に持ったナイフを相手へと……目の前のエイリアン・ビッグ・キャットへと投げつける事で【メリーさん】の能力の完了を確認しながら、部屋の中へと着地する。

 簡単に尻尾で弾かれてしまったものの、それで問題はない。

 他3人が私の事を追って此処に辿り着くまで。それが今回のボス戦における私のゴールであり目標だ。その上で為せる事を為せばいい。

……警戒心強め、身体能力も高い。多分これまでの行動的に頭も良い。下水道のワニと同じボスだけタイプだと仮定してたけど……だからこそ強いはず。

 首元から一本の刀を具現化させつつ、私は相手の一挙手一投足を見逃さないように視線を外さない。

 出来る限りの瞬きもしないよう……ここは仮想現実リアルではないと自身に言い聞かせながら我慢して。相手の出方を伺っていく。

 戦闘の火蓋は既に切って落とされている。しかしながら、この戦場は今まで以上に静寂に包まれていた。


『……ふぅん、中々面倒ね。アレ』


 何が、とは聞かない。面倒なのは分かり切っているのだから。


『いや、多分アレ純粋なUMAじゃないわよ。混ざってるわ・・・・・・。ほら、身体動かさないように舌だけ見なさい。多分アレは……』


 【口裂け女】の言葉に促されるように見てみれば。

 今もこちらの隙が無いかを伺っている巨大なネコの舌からは、青みがかった涎のような液体が滴り落ちているのが分かる。

……うわ、碌なもんじゃあないなぁ……!それにあの手の涎っていうか体液って言えば……。

 それが畳に触れると共に、青黒い煙が生じている事から人体に影響がないものとは思えない。元となった存在にはそんな能力や特徴は無かったはずなのだが……否、それらしい特徴を持っている存在は別で居るのは知っている。

 データで知っている私と、自身が人外が故に感じる事が出来る【口裂け女】。

 それぞれがそれぞれの知識と感覚によって、相手に混じっている余計なモノについてを予想を立てた。それは、


「『――ティンダロスの猟犬』」


 言った瞬間、巨大な獣が動き出した。動き始め自体は凄く遅い。一歩一歩を確かめて踏みしめているかのように、巨大な脚をその場に踏み出したかと思いきや、


「はぁ!?」


 その場に溶けるように、その姿を部屋の暗闇へと溶かしていく。

 エイリアン・ビッグ・キャットの特徴でもある超能力。その能力が1つ、透明化。

……タイマン状態で使われると厄介でしかない……って思ってたんだけど!

 駆け回って自身の位置を特定できないようにしているのか、部屋の中に風が生まれるものの。

 正直な話、私にとってそれは逆効果。自身の居場所を伝え続けているだけになってしまっているのが悲しい所だろうか。

 普通ならば、見えない相手に対して過剰に警戒している所を不意打ちしていくのだろうが、


「ここかなッ」

『ッァ!?』


 一閃。獣の進行方向に合わせ刀を置き、下手に動かす事はせずその身に刃を当てていく。

 思った以上にその身は柔らかく、碌に力も入れていないというのに肉を断つ感覚が柄から手に伝わってくるのが分かる。

 痛みに依ってか、攻撃を当てたからなのか。その身の透明化が解け、見えるようになっていくと同時、


【状態異常発生:『衰弱』、『脆弱化』、『霊毒』】


 突然、私の身体が重くなると共に視界の隅にあるHPバー全体が青黒く染まる。

 身体が柔かったのは単純に相手が獣である為ではなく、これが為。攻撃させるのを前提とした性質だ。

 斬られた場所から青黒い血を流しつつもこちらを睨みつけてくる目の前の獣に苛立ち、軽く舌打ちしてしまう。

……ただでさえ元から面倒臭いのに……!

 知らない状態異常である『霊毒』。しかし、少しずつ減っていくHPバーを見ればある程度その効果を察する事は出来た。単純な話、名前の変わっている毒。他のゲームにもある状態異常であり、何かの特殊な副作用がある可能性もあるが、今は特にそれらしいモノが発生している様子もない。

 故に、征く。

 身体が重かろうが関係なく、この場に足止めする為に征く。


「【口裂け女】!」

『仕方ないわね。少しくらいは手伝ってあげるわ……これで感覚掴みなさい?』


 つい最近の出来事を、【口裂け女】と同調した時の事を思い出しながら。

 再び空気に溶ける様に消え始めたエイリアン・ビッグ・キャットを見据えつつ、右腕へと意識を向ける。


「――行こう」


【同調開始――成功】

【都市伝説データ:【口裂け女】同調成功:10%】


 ログが流れると共に、赤黒く輝く奇譚繊維が身体全体から溢れ出し、その全てが右腕へと巻き付いていく。

 まだ私にとって同調というシステムも、奇譚繊維を出す感覚も掴めてはいない。だが、イメージは出来る。二度の暴走と、一度の同調によって自身の目指したい道の先を見ているのだから。

……下手に行動するより。

 既にエイリアン・ビッグ・キャットの姿は見失っている。

 何らかの能力を使っているのか、先程までは拾えていた脚が床を蹴る音も、微かな息遣いも、身体から発生する風切り音もその全てが聴こえない。


「けど……」


 分からないならば、待てば良い。

 逃げられる可能性は確かにある。しかしながら、相手も相手で馬鹿ではない。私という、相手を目標に転移する能力を持っている存在を放置すればどうなるかなど理解している筈だ。

 故に、逃げず。故に、


「ここ!」

『ギャゥ!?』

『……よくやるわねホント……』


 攻撃してきた瞬間、私は相手を捉える事が出来る。

 透明化している状態で私の背後から近寄ってきたエイリアン・ビッグ・キャット。その鋭い爪が頭目掛けて振り下ろされる瞬間、私は背後へと向かって刀を振るう。

 見えず、しかしながら重い一撃を刀によって受け止めつつも重心を下へと落とし衝撃を床へと流す。

 まるで一人芝居でもしているかのような様相になっているが、しっかりと私の腕には重みが伝わると共に、獣の生暖かい息が顔に掛かる。


「状態異常食らっといて正解だったね」


 見えはしない。透明化はかの未確認生物の特徴であり、それを無効化出来る手段は持ち合わせていない。だが、見えるモノはある。

……身体から離れたモノに対して、透明化能力は働かない。

 血だ。本当に混ざっているかは分からないにしろ、ティンダロスの猟犬という架空の生物の特徴故か青黒く染まったソレは、今も私が付けた傷から流れ続けている。

 動けば身体から飛び、床へと落ちる。僅かな水音ではあるものの、立派な音だ。【下水道のワニ】は困った事にそんな僅かな音源でも見逃さずに、私の頭へとダイレクトに振動という形で教えてくれた。


「ここでいっちょ、試しておこうかな」


 刀に乗っていた重みが消えていき、再度私から水音が離れていくのを感じつつも集中する。

 まだ部屋の中に居る未確認生物を、高速で移動し大型の獣だからこその生命力、持久力もあるその存在を止める為の一手。

……思い出せ、あの時の【口裂け女】を。

 私の身体を使い、ハードモードの猿夢を圧倒したあの時の【口裂け女】。

 暴走はしていた為に、全てが全て私の力だけではないだろうが……それでもベースは変わらない。だからこそ、イメージするのはあの時の……全身から、好きな場所から刃を生やしていたあの姿。

 息を吸い、右腕とほぼ一体化している奇譚繊維を使って刃のような形を形成し、


「どうだ!」

『全然違うわね』


 全然違ったらしい。


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