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Episode5 - テクニカルアビリティ


 だが、これはこれで強度自体はあるのだろう。軽く指先で触れるだけでも硬い事が分かるし……何なら、ライオネルが形成しているであろう奇譚繊維の顎もコレとほぼ同じように作られているのではないだろうか。


『奇譚繊維を動かすだけじゃないのよ、アレは。……ほら、来たわよ!』

「だぁ!もっと分かりやすく!」


 隙だらけに思われたのか、今度は二方向から水音がこちらへと迫ってくるのを察知し私は咄嗟にもう1本刀を具現化させる事で攻撃を受け止める。

 どうやったのかは知らないが、どうやら敵性バグを生み出すのと同じ要領で自身の複製を作り出したらしい。

 通常ならば腕1本ずつでは受ける事は出来ないであろうその攻撃を、特化させたが為に強力なものとなっている自身の膂力で何とか受け止めて……そこで気が付いた。

……ん?奇譚繊維を動かすだけじゃない?

 【口裂け女】の言葉、そして今し方自身がした行動。

 それに気が付いた時、薄暗い部屋の中ではあるものの光が見えた気がした。


「そういう事、ねッ」


 両腕に掛かっていた重さのある不可視の何かを、気合とステータスによって跳ね上げ再度集中する。

 考えてみれば確かに【口裂け女】が言うように、『全身から刃を出す』という行動は奇譚繊維を動かすだけではピースが足りていない。

 奇譚繊維は全ての基となるものであって、全てを賄えるものではない。核にはなるが、それを外側から覆い作用するのは、その都市伝説の逸話であり能力だ。

……ならこうすれば!

 こちらから離れていく二つの水音を感じながら、両手に握っていた刀の具現化を解き……一言。


「――来て!」


 いつものように首元の印から刃物を具現化させるように。しかしながら、今回は引き抜くようにではなく、右腕全体へと意識を向けながら【口裂け女】のα能力である刃物の具現化を起動させる。

 瞬間、


【逸話同調:技術獲得:α能力拡張行使 Lv.1】

「おわぁ!?」

『馬鹿ね、ちゃんと意識して大きさと本数、方向を決めないからそうなるのよ』

「そういうのは先に言う!」


 右腕全体から普段具現化させているような多種多様な刃物の刃の部分だけが複数、大小様々な形で跳び出し剣山のようになっていく。

 こちらの頭部へと向かって刃が具現化した物も存在し、変に意識しないで使えばどうなるかを端的に理解した上で、一度右腕の剣山状態の刃達の具現化を解いた。

……なんか後でしっかり見た方が良いログが流れてるけど……今は!

 右腕を前へと突き出し、息を吸う。深呼吸だ。

 部屋は相も変わらず薄暗く、畳にはエイリアン・ビッグ・キャットの血や涎による痕が出来ている。此方へと向かってくる足音が3つ、この距離ならば1、2分もあれば到着するであろうそれを感じつつ、私は目を瞑る。

 出来る限りリラックスした状態で、先程と同じように……しかし先程とは違う、確固とした意志を乗せた上で、


「具現化!」

『ッガぁ!?』

『貴女、たまーにそういう覚悟ガンギマリな行動取るわよね』

「そうするしかないんだったらやるだけだよ」


 部屋全体を貫くように右腕を中心にして無数の刃が具現化していく。

 当然、私の背後にも届く様に……私の身体を貫くような形で、無数の刃が具現化し通り道にあるもの全てを貫き壁や床、天井へと突き刺さり過程にあるもの全てを縫い留めていく。

 当然、私自身も動けなくなるが、


『『『『グゥゥゥゥ……!』』』』

「うわ、増えてた」

『ゴキブリみたいな奴ねぇ』


 それは、この部屋の中で私を斃そうとしていたエイリアン・ビッグ・キャットも例外ではない。

 先程見た姿よりも幾分か小さくはなっており、数も4匹まで増えてはいるものの、それだけだ。部屋の四方へと展開していたそれらは、身体全体を私の腕から具現化した無数の刃によって貫かれ、身動きが取れなくなっている。

 戦闘として見れば好機も好機。これ以上ない攻撃のチャンス……ではあるのだが。

……私も動けないよね、これ。

 辛うじて動く左腕を使い、インベントリ内に入れて放置していた回復薬を飲む事で、今も減少していくHPを回復するは良いものの。

 自身が具現化した刃によってその場に縫い留められているのは私も同じ。

 所謂、千日手であり……しかしながら、


「ここか!」

「待ったせたね!」

「う、うわぁ、何をどうやったらそうなるのかしら……?」


 私には仲間が居る。

 部屋と廊下を仕切る障子が勢い良く開けられると同時、中に入ろうとして無数の刃によって止められた3人を見て、安堵の息を吐く。

 どうやら、私は足止めという役割を無事果たせたようだった。


「すっごいねぇ、神酒ちゃん。……ん、1YOUくん、そこにいる奴らがそうっぽい。やっちゃってもらって良い?」

「俺っすか?……まぁ、良いっすけど。患猫、警戒頼む。最大まで人狼化して、各個撃破していくぞ。神酒さん、注意点は?」

「一応、攻撃したら状態異常で防御、移動系デバフと特殊な毒の付与があります。あとは恐らく分裂とテレポート、透明化と……見てないですけど、念動力も持ってそう?」

「了解した」


 言うや否や、1YOUの姿が騎士のそれから変じていく。

 人の素肌からは大量の銀の毛が生え。彼の鼻が伸びていき、イヌ科のマズルが生成され。

 そうして、質素でありながら堅く鉄の光を放っていた鎧は、内側から盛り上がっていく肉によって弾け……その姿を人狼のそれへと変貌させた。


「神酒さん、これ動かせるか?」

「ちょっと目的の奴を動かすのには苦労しそうですけど……動かすだけなら問題なく!」

「了解、じゃあ近い奴からやっていくぞ」


 言われ、私は1YOUに近い位置に居る内の1匹への道を拓く為、意識して刃の長さを変えていく。

……あ、これ思ったよりも難しい……!

 刃の具現化自体は問題なく行えたものの、その後……刃の伸縮等となるとまた話は変わってくる。

 一度具現化した刃物に関して、後から調整を加えるなんて事はした事がない。だが、出来なくはないだろう。自らの腕から奇譚繊維を伸ばし、それぞれの刃へと接続。侵食を行う事で再度支配下へと置く事で、変質。刃の長さを変化出来るようにしてから……一気に複数の刃を操作していると、


「よし……よし、イケそうだ。そのまま続けてくれ」

「了、解……!」

「こ、こっちも何時でも支援は出来るわ」


 気が付けば、1YOUが1匹の近くへと辿り着いていた。

 エイリアン・ビッグ・キャットは威嚇を行っているものの、一応は私に触れられているという判定になっているのかテレポートで逃げる様子はない。

……なんで大人しく攻撃されるのを待ってるんだろう……?

 疑問はある。しかしながら、攻撃をさせてくれるというならば攻撃させてもらおうじゃないか。

 相手はボスであり、通常は強力なステータスを持つ打倒しにくい存在。こうして大人しくしてくれているならば願ったり叶ったりではある。


「じゃ、一撃……ッ!」

『ンニャッァ!』


 1YOUの拳が1匹の顔面へと命中する。その瞬間血が噴き出し、彼の身体を蝕んでいくのが見えたものの……そのまま気にする事無く顔が潰れるまで、身体が光の粒子に変わるまで殴り続け、


「よし……次頼む」

「はーい」


 そんな作業じみた行動を続け、残り1匹になった所で……それは起きてしまった。


「次で最後だな。気を抜かずに行くぞ」

「そ、それは良いけれど……ここまで楽だったボス戦も始めてね……」

「こっちは楽じゃないですけどねー」


 話しながら回復薬を飲み、刃を伸縮させていると。

 小さく、本当に小さく……何か水を含んだ物が落ちる音がした。

……何?

 身体を向ける事が出来ない為に、視線によってそちらの方を見てみれば、


「まずっ、1YOUさん!分裂してるそいつ!」

「なっ、逃がすな!」

「と、突然ねぇ!【イユンクス】!」


 二回りも、三回りも小さくなったエイリアン・ビッグ・キャットが残された1匹から切り離されるように産み落とされていた。


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