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Episode6 - ティーチングアルバン


 それに気が付いた私、1YOU、そして杖の様なものを虚空から取り出した患猫が止めようとしたものの……間に合わない。

 獣の身体は空気に溶けるように消えていき、それと共に音も感じられなくなってしまう。

 身体に傷が付いているわけではない為、私が使った方法での索敵も難しい。

……逃げられた……!

 野生の動物、という訳ではないものの……一度、襲われた動物というのは想像も出来ない程に慎重に、そして残虐になるものだ。

 殺す為の知恵を付け、逃げる為の術を学び、機を狙う洞察力を手に入れる。

 故に、この場から逃がさぬよう足止めに徹していたのだが……逃げられてしまった。


「ライオネルさ……ん?」

「あは」


 全身に突き刺さる刃の具現化を急ぎながらも解きながら。

 私は入り口に立っていたライオネルへと視線を向け、驚いた。と言うのも、だ。


「えぇっと……先輩。それ手に掴んでるの何すか?」

「これかい?今しがたこの部屋から出ていきそうになったボスだねぇ」

「……え、透明化してましたよね?」

「おいおい神酒ちゃん。確かに透明化してたし音もなかったけれど……臭いはしっかりあったぜ?」


 彼女は何かを掴んでいた。まだ見えぬものの、それがある程度暴れているのか彼女の腕が不規則に左右に揺れている事から、そこに何かが居るのは分かってしまった。

……臭いって……いや、確かに私は臭いを辿る類の索敵方法は持ってないけど……。

 この場のメンツの中で、一番嗅覚が優れていそうな1YOUへと視線を向けたものの、私の疑問が伝わったのか首を大きく横に振る。

 【狼男】の能力によって人狼と化している彼でも読み取れない程に薄い臭い。それを嗅ぎ取ったというのだ。


『なーぅ……』

「おっと、急に大人しくなったねぇ。患猫ちゃんの奴?」

「そ、そうね。私のアルバンの能力がやっと耐性突破出来たんじゃないかしら」


 と、ここで透明化が徐々に解けていき、ライオネルの手の中に大人しくなった子猫のようなボスが現れた。

 患猫のアルバンである【イユンクス】。ギリシア神話において登場する呪術師であり、神に対して恋の呪いをかけようとしたとされる存在だ。

 故に、その能力も直接的な攻撃系のものではなく、相手を無力化させるものに偏っている。

……相手の耐性を突破して『恋』に堕とさせる。PvEだったら本当に心強い広範囲デバフ型だよ。

 効果は見た通り。ボスであろうと、敵性バグであろうと関係なく相手を『恋』に堕とし無力化させるという強力でありながらも悪辣なデバッファー。

 本人談によれば、ある程度戦闘時間が経たなければ耐性を突破出来ないというデメリットもあるようだが……今回は運が良かったようだ。


「じゃ、さくっと終わりにしようか。……あ、どうする?この状態なら逃がさないし、講習しちゃう?」

「「「倒して!」」」

「あは。良いねぇ、息ぴったりだ」


【ボス:【エイリアン・ビッグ・キャット】を討伐しました】

【戦闘データの確認……都市伝説データの蒐集の完了を確認】

【戦利品を付与しました】

【これより、地下3-2層の安定化を行います】


 ログが流れると同時、私達は和室から地上へ……いつも通り、トウキョウの中央の広場へと転移させられていた。

 【メリーさん】などで良く転移するものの、地下攻略終了後の転移は未だ慣れない。

……あー、やっぱり注目されるよねぇ。

 私とライオネルだけなら兎も角として、今回は有名人である1YOUと患猫も一緒なのだ。

 周囲に居たプレイヤー達が気が付くと共に、こちらへと視線を向け何やら話始めるのが気配で分かる。


「神酒ちゃん。君、有名人は大変だなぁみたいな顔してるけど、君もこのゲームだと十分有名人だぜ?」

「へっ!?」

「そうだな。イベントの時に飛んでいくのが何人かのプレイヤーによって観測されているし、スクショも掲示板に出回っていたはずだぞ?」

「あ、あれは凄かったわね……動画もあったはずよ」


 大変不本意な形で、私は有名になっていたようだった。

……って事は、これ憐みとかそういう類の注目か!?

 少し恥ずかしくなりつつ、私は3人の手を引きながらいつも通りの喫茶店……生産区へと足を進めた。


【地下3-2層の安定化が行われました】

【地下3-2層改め、仮想電子都市:トウキョウ防衛前線基地が解放されました】

【オンラインヘルプを追加しました】



―――――



「という事で改めて!奇譚繊維についてやっていこうじゃあないか!」

「まぁ元々はその為の集まりですしね、これ」


 何とか生産区の、いつも使っている喫茶店へと辿り着いた私達は今回の攻略の反省点などを話し合った後に本題に入る事にした。

 反省といっても、主にしたのは最後の逃げられそうになってしまった所のみ。

 それ以外は作戦を立てていたと言うよりも。アドリブをメインに据えていた事もあり、各自の技量を向上させるしかないという結論に至ったのだ。


「一応聞くが、神酒さん的には教える事は出来そうなのか?」

「教えるってなるとちょっと首を傾げる事にはなりますけど、感覚は教える事は出来ますよ」


 言って、私は自身の右腕に意識を集中して……1本の少し太めの奇譚繊維を出現させる。

 それを見たライオネル以外の2人は目を見開いて驚いているものの……正直私だって驚きたい。

……出来るかなって思ったら本当に出来ちゃったよ……。

 攻略中に自身の意志で同調から刃の具現化までを行ったが故に、奇譚繊維だけならライオネルのように出現させる事が出来るかな、と思っただけなのだ。

 それが本当に出来てしまったとなれば……ここから先は話すしかないだろう。


「何と言うか……まず自分がメインアルバンを埋め込んだ所を意識するじゃないですか」

「おう」

「そ、そうね?」

「そうすると、多分抵抗感とか変な感覚がありません?」


 私は自身の首元を擦りながらも、目の前の2人の様子を見る。

 1YOUは何やら難しそうな表情をしつつも、溜息を吐いているし……患猫に至っては頭を抱えてしまっていた。

……うん、どっちも何かしらの感覚はあったみたいだね。【口裂け女】みたいに話せると話が早いんだけど。

 意志疎通が楽、というのは中々に便利だ。

 戦闘中に適度に集中力を散らす事も、単純作業中の話し相手にしたりと割と良い点が多い。


「だぁー……うん、神酒さんが言ってる事が分かった。つまるところ、この馬鹿をどうにかすれば奇譚繊維が出せるってわけだな?」

「そうですね。……何かありました?」

「聞かんでくれ……患猫、そっちはどうだ?」

「き、聞かないで……向き合うのがこんなに嫌な存在も他に無いわ……」


 と、ここで2人揃って顔をあげた為、聞いてみたものの。

 どうやら【口裂け女】以上に面倒臭い相手がそれぞれ内側に居たようで。それの対処をどうしようかと考えているようだった。


『あら、私面倒臭くないわよ。しっかり相手の話を聞いた上でコミュニケーションをとってるじゃないの』


 面倒臭いかどうかは、本人には分からない。

 それを証明してくれた私の内側の同居人に感謝しつつも、私は2人へと向かって口を開く。

 今教えたのはまだまだ序の口。ここから先が本番なのだから。


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