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第63話 複座機

「よぉ、蒸気貰えるか?」


 ドームの片隅。ボロっちい扉を押し開ければ、蝶番が悲鳴のような音を立てる。

 天下の鉄道会社様と言っても、需要の少ない信号所なんかには金をかけて貰えないのだろう。錆が浮き埃に汚れた鉄机に肘をつけば、奥から背の高い中年女性が意外そうな顔を覗かせた。


「なんだい、列車を使わずに来る奴なんて珍しいじゃないか。表の防衛隊といい、何かトラブルでもあんのかね?」


「向こうは何だか知らねぇが、こっちは単純に乗り遅れただけさ。大型積める貨車があるなら、そいつも借りてぇんだが」


 軽く話を受け流すと、信号所職員は特に深堀する気も無かったらしい。あぁ、と溜息のように漏らしながら、年季の籠った白手袋で、閑散としたヤードを指さした。


「長い事動いてないボロでよけりゃあるよ。どこまで?」


「第6まで。砂漠に用があってよ」


 相場の金額を机に置けば、制帽の奥でピクリと眉が跳ねる。

 警戒というよりは、好奇心を刺激されたような雰囲気だ。


「これまた今時珍しいね。あそこにゃ何にもないんでしょ?」


「穴狙いって奴さ。これでもダウザーなんでね」


「道理で古臭い機体に乗ってる訳だ。ありゃヘロン式でしょ? 昔はよく見たけどね」


「よく知ってんな」


「こんな仕事だからね。まいど」


 オールドディガーの素性をチラつかされた時は少しばかり緊張したが、金を数え終えた職員はそれ以上何も聞かず、億劫そうに腰を擦りながらヤードの方へと歩き始める。

 作業を手伝う奴も居ないのだろう。もとい、ここには彼女しかいないのかもしれない。

 その背を見送ってから、俺もそそくさとコックピットへ戻った。


「うまく行ったぜ。貨車も借りれた。これで第6まで行ける」


「砂漠の目鼻先だ。運がいいね」


 小さく親指を立てるサテン。しかし、これで一息つけそうだと思った矢先。


『ヒュージ・ブローデン』


 外部マイクが拾った声に振り返れば、さっき声をかけてきた兵士とは異なるスチーマンが、数機の部下を引き連れてオールドディガーの前に立っていた。

 今度は何の話だと、俺は溜息をつきながらコックピットに座り直す。


「あんだよ、組合証ならさっき見せただろ?」


『機体の中を確認させてもらう。速やかにコックピットから降りろ』


「……中ぁ? なんでだよ」


 嫌な予感が腹の底に湧いてくる。こういう時、2回声をかけられるとろくなことが無い。

 これで相手がチンピラなら、ぶん殴るだけで済むのだが。


『公安局からの命令だ。抵抗するな』


 その名前を出されて殴り掛かれる程、今の俺は無敵の人になれていない。


「へいへいわーったよぉ! やべぇな……サテン、荷物を前に出せ。後部座席を隠すんだ」


「うん」


 頷くサテンの声を聞く間もなく、俺も当な荷物を座席の後ろへぶち込んで塞ぐ。

 複座式のスチーマンなんて、このご時世にはほぽ絶滅したモデルだ。それも金なしのダウザーだと分かれば、多少は誤魔化せると信じて。


『早くしろ』


「そう急かすなって。見せりゃいいんだろうが。やべぇブツなんざ何も運んでねぇぞ?」


 迫る中型機に慌ててコックピットハッチを開く。抵抗の意思はないとバンザイすることも忘れない。


「機体から降りたまえ」


 下から聞こえた声に身を乗り出せば、生身でこちらを睨む男が1人。金のモールが肩に光っていたり、数人の歩兵を引き連れている辺り、どうやらこの連中の指揮官らしい。

 言われるがまま、あくまで全良を装って地面へ降りる。するとすぐさまウオッホンとわざとらしい咳払いが飛んできた。


「先に聞いておくが、貴様以外に誰か乗っているか?」


「ダウザーの稼ぎで人なんざ雇えるかよ」


「ンなるほど? 運び屋でもないと?」


 やけに手の入っていそうな髭を撫で回しながら、指揮官らしき男は如何にも訝しげにこちらを睥睨する。

 むろん、俺の方が背が高いので見上げる形にはなるのだが。


「ああ。荷物も仕事道具と生活用品以外に積んでねぇよ。スチーマンの武装は拾いもんで、どれも対マテリア用だ。不思議じゃねぇだろ?」


「では後暗いものは一切ない、ということだな?」


「ああ」


「よろしい。臨検を始める! ヘロン式甲三型は複座だ! コックピットの内部は入念に確認しろ!」


 髭野郎が軽く手をあげれば、周りの兵士たちが一斉に動き出す。

 否、問題はその前に放たれたセリフだ。


 ――やべぇ、知ってる奴だったか。


 身なりだけのオッサンと侮ったつもりは無いが、まさか旧式のスチーマンにそこまで詳しいとは思いもよらない。

 おかげで表情が引き攣りそうになるのをどうにか堪えねばならなかった。


「お、おいおい、見るのはいいがあんまり荒らすなよ」


「ンン? 何かやましいことでもあるか?」


 後ろ手を組んだ指揮官様は、いかにもわざとらしくこちらを見上げてくる。明らかにこちらを揺さぶろうとしているのがわかるため、それだけの動きが十分腹立たしい。


「ちげぇよ。ただ詰め込んだ荷物が多すぎて崩れちまわねぇか心配なだけだ。崩れたら直すの面倒臭ぇんだぞ」


「何をそんなに運んでいる。ダウザーの仕事道具はスチーマンさえあればいいのではないのかね?」


「そりゃ……遠出の為の私物さ。今回の仕事は長期になりそうだったからよ。こう見えて、結構俺って繊細――」


「違和感を見逃すな! 入念に調べろ! 大隊本部にも連絡せよ」


「おいせめて最後まで聞けよ!?」


 職務に忠実なオッサンからすれば、俺が何かを誤魔化そうとしていることもお見通しなのだろう。


 ――くそ、どうする。こいつぶん殴って腹話術、は無理だろうし、何か打開策は。


 サテンが見つかればそこまで。入念にと荷物をどけられれば、コックピットの中に人間が隠れられるようなスペースは無い。

 焦りだけが先行し、いよいよこいつを人質にとってでも、なんて無謀なことを考え始めた矢先。


「隊長、大隊本部より返信です」


「何?」


 後ろから駆けてきた兵士から、指揮官は小さな紙片を受け取ってじろりと睨み。


「ふむ……総員、作業やめ!」


 唐突にそう言って笛を吹いた。

 俺はもちろんのこと、作業をしていた兵士達や、後ろに控えるスチーマン部隊も一瞬呆気にとられたことだろう。


「あぁん? 何だぁ?」


「正規の就業手続きが確認され、検査でも異常は見られなかった。手間をかけたな労働者。他の部隊にも連絡しておく」


「お、おう? そりゃ、どうも」


 事情を呑み込めているのはこの男の他に居るまい。それを把握した上でなおわざとらしく、渋面に無理矢理な笑顔を貼り付けると踵を鳴らした。


「撤収! 各員列車に戻れ! 本隊と合流するぞォ!」


 号令も高らかに、あっという間に去っていく兵士達。残されたこちらは暫く呆然とする他無かったのだが、難を逃れたのは間違いない。

 それを思い出した俺は、慌てているのを勘づかれないよう気を付けつつ、再びコックピットの中へ戻った。


「おい、バレてねぇか」


 ハッチを下ろしつつ、散らかされた荷物の壁に声を投げる。

 すると間もなく、ほふぅと壁から息が漏れてきた。


「ギリセーフだね。あと1つカバン抜かれてたら終わってた。ヒュージ君ナイス」


「連中が納得しただけだ。俺ァ何もしてねぇし、理由もサッパリわからん」


「……裏がありそう?」


 カバンを引っこ抜いた穴から、サテンの訝しげな顔が覗く。

 正直に言って、最初の気迫はとても訓練のようには思えなかった。しかし、最後は茶番のように締め括られており、そこだけ考えるとストーリーの作られた訓練だったのかもしれない。


「さぁな。今の俺たちにゃ知りようもねぇ」


「今を切り抜けられたことを喜ぶべき、かな」


 曇り空のようにスッキリしない気分のまま、俺は散らかったコックピットへ尻を下ろす。

 自分達の敵は一体、どこにまでその根を張っているのだろうかと考えながら。

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