ガタンガタンと線路の継ぎ目を叩く度、揺れるランプの明かりにじわりと計器が照らされる。
沈黙が続いていた車内で、不意にジリジリと機械が音を立てて、穴の空いた紙を吐き出し始めた。
「電報。第2信号所より」
「読みなさい」
これまで眠っているかのようだったホンスビーは、静かに席を立つと通信手の背後まで歩み寄った。
「ハッ。ヘロン式スチーマンを搭載した貨車は、混3050列車にて第6信号所へ向かった、とのことです」
「ご苦労。国際間鉄道コラシー南部路線へ連絡。予定通り、シュヴァリエ・ド・フェールを入線、その他部隊も集結させなさい」
まるで準備された原稿であるかの如く、彼は迷い無く指示を飛ばすと、それきりで軽快に踵を返した。
「ホンスビー殿、どちらへ?」
「私は現場で指揮をとります。バックアップは任せましたよ」
ピシャリと貫通扉が閉じられる。
ほとんど説明なく残された兵士たちは、多少訝しげな顔を見せこそしたが、誰も後を追おうとはしない。それが無駄であることを彼らは知っていた。
ホンスビーは貫通幌を通り、1つ後ろの車両に入る。そこはラウンジのような貴賓室だったが、テーブルランプに火は入っておらず、窓にもカーテンが下ろされて薄暗く、当然人影もない。
が、彼は前に視線を合わせたまま小さく口を開いた。
「聞いていましたね」
「こちらは全て手筈通りに、旦那」
「水先案内は任せます」
暗がりから滲むように現れたのは、場に似合わない薄汚れた格好の小男である。
軍人とも明らかに異なる風貌で、しかしデコボコした指には妙に豪奢な宝石を付けたそいつは、歯の足りない口元をニヤリと歪ませる。
「しかし、こんな鉄の城まで動かされるんで? 防衛隊の連中は今回、当てにならんって話でしたが」
「背中の保険です。1つしかない道を塞ぐくらいには役に立つ」
防衛隊が役に立たないのは言わずもがな当然だった。
ホンスビーが動かしている部隊の建前は、あくまで訓練と銘打ったもの。それも昨今のレイルギャング対策としての鉄道線路の防衛が主題だった。
用心深いものだ。と小男は思う。おかげで自然と呆れたような口調になった。
「難儀なものですな。大志というのは」
「……よく回る口だ。何か不満でも」
ホンスビーの足が止まる。途端に小男は、自分の言葉が気に触ったのではと慌て始めた。
「まさかまさかとんでもない! むしろ感謝してるくらいですぜ。アタシらは所詮金目当ての屑。旦那のお志がなけりゃ、目にも入らんかったでしょうから」
へへへと笑いながら揉まれる手を、彼はメガネの奥から冷ややかに一瞥したものの、結局何も言わないままで再び歩き出す。
小男も慌てて後を追ったが、ホンスビーの目には既に、彼のことなど映っていなかったことだろう。
■
第3050と呼ばれた貨客混合列車を見送ってから、俺は第6と書かれた信号所の案内板にカメラを向ける。
「はーぁ、ここも随分と寂れちまったなァ」
「来たことあるんだっけ?」
「何年も前にナ。俺がジジイに初めて連れてこられた仕 事場さ。あん時ゃまだ未発見の資源が残ってるって言われてて、そこそこな数のダウザーやらスクラッパーがキャンプ立ててたもんだが」
懐かしい記憶には、まだ最後のダウザー達が残っている。
南部砂漠には手付かずの資源が眠る。それを最後の頼みとしていた、既に生き方を変えられなくなった老いぼれたち。
並ぶテントは小さな町のようで、蒸気屋に工房に酒場にと店も並び、スクラッパーとの喧嘩もしょっちゅう見られて活気ある場所。
それがどうだ。今となっては砂しかない。地面をいくらか掘り返せば、あるいはペグくらいは見つかるかもしれないが。
「瓦礫の1つも残ってない理由がそれなら、結構な皮肉だね」
辺りを見回していたらしいサテンは、椅子にドカンと座り直して小さく息を吐く。
「あァん? そりゃどーゆー意味だァ」
「綺麗になったら人が居なくなる。それって寂しくない?」
「ヘッ、綺麗な場所で飢えるよか、汚ねぇ場所でゴミ食ってる方がマシってこったろ」
ダウザーもスクラッパーも、仕事のために瓦礫を漁っては、たとえゴミでも何かのヒントにと信号所裏に集めていった為だろう。広いボタ山のようになったそれすら、今では積もった砂の下に埋もれて見えはしない。
そして価値あるものが無くなってスッキリしてしまえば、都市外労働者は新たな食い扶持を探して去っていった。
俺も含めて、外の人間は綺麗な場所に居場所などないのだから。
「んでぇ? 目指す場所はどこなんだ。見ての通り、目印なんてほとんどねぇが」
感傷を抱えたところでしょうがないと後ろを振り返れば、古ぼけた手帳が膝の前でこちらに向けられた。
「このまま南下して。オールドディガーの速度なら、走り続けて1日くらいかかる」
「おいおーい、まァた圧力食う話かよォ」
「不満?」
含みのある笑顔が向けられる。分かっていて聞いているのだろう。
ハッと小さく笑い飛ばした。
「赤字覚悟はもう慣れた」
「それはどうなのかな」
「誰のせいだと思ってんだヨ」
こいつに会ってから、仕事が順調に進んだことなどありはしない。否、想定外が当たり前になりすぎている。
「ふふっ、分かってて付き合ってくれるんだ?」
「……それも慣れただけだ」
ダウザーは博打だ。博打であるなら、一度打った勝負にケツを捲る程ダサいことは無い。
だからこれもポリシー、ということにしておこう。
「って昼頃には言ったがよ」
「うん」
日暮れまでガタガタと南へ走って至る現在。
圧力の消費は想定通り。コストの話など、今更どうでもいいと思っているのも嘘では無い。
だが。
「夜に砂嵐が来るなんてのは聞いてねぇぞォ!?」
機体を可能な限り縮めてもなお、大きなボディは荒れ狂う風に前後左右から激しく煽られ、打ち付ける砂に外装が酷く叩かれる。
「あはは、私も想定なんてしてないよ」
何がおかしいのか、サテンはケタケタ笑っていた。誰も砂嵐がこいつのせいだなんて思ってはいないが、それはそれとして。
「どーすんだこれ。なんも見えねぇ」
「コンパスは生きてる。動けそう?」
「おいおい、まさか動けってのか?」
立っているだけでも不安定な状況で、視界は地形すら追えない程。
日も暮れる時間でなおのこと周りが見えなくなるのだから、今日はもうこのまま機体をしゃがませて、コックピットで寝てしまうべきだろう。
「ダメ?」
振り返ってみれば、どうしてか潤む大きな瞳と目が合った。
ギリィと派手に奥歯が鳴る。
「そんな目で人を見るんじゃねーよ、クソが! アイゼン打ちながらでギリ行けるかどうかだ! 無理そうならすぐ諦めるからな!」
「ごめんね、ありがと」
フン、と鼻を鳴らしてペダルを踏み込む。
いいように扱われているというのは、気にしないようにしておこうと決めて。