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第65話 ドリーマー

「砂嵐だと!?」


 揺れる車内で小男が受話器に向かって叫ぶ。

 だが、それ以上の声が電信の向こう側から返ってきた。


『あぁそうだ! あのチンピラ、砂嵐の中に逃げやがった! 俺たちみたいな小型機じゃ、とても追えねぇ!」


「ビーコンは生きてるだろ。探知範囲から絶対に逃すなよ、いいな」


『マジかよクソが! 別で手当くれよ!?』


 悲鳴のような手下の声に、歯の足りない小男は苛立ったように受話器をフックに戻した。


「チッ、間抜け共め」


 あいつらは分かっていない。これがどれだけ重要な仕事であるかを。

 そんな鬱憤が彼の頭を支配したのも一瞬。感情の子もらない声に、すぐさまその背筋が伸びた。


「逃しましたか?」


 コツンと鳴った足音に小男が振り返った先。軽く眼鏡の位置を直すホンスビーに、彼は支障なしと腰を折る。


「いえ、目視による接触を失っただけでさ。防衛隊のビーコンは生きてます」


「ならば問題ありません。出撃準備を急ぎなさい」


「仰せの通りに」


 言葉の終わりをかき消す汽笛に、反対側から開かれる貫通扉。

 その向こうから現れたのは、豪奢な襟章を付けた軍人だった。


「ホンスビー殿、本車は間もなく第6信号場に到着いたします」


 途端に小男は影の中を通って後ろの車両へ消えていく。

 彼にとって、正式な立場を持つ軍人は眩しすぎたのかもしれない。

 無論、ホンスビーにはなんの関係もない話で、彼は静かに向き直ると軽く額に指先を揃えた。


「分かりました。では、その後は手筈通りに」


 短くそう伝えると、ホンスビーもまた踵を返す。

 僅かな沈黙。あと1秒続けば彼は後ろの車両へ消えていただろうという間を開けて。


「貴殿の行動を疑う訳ではありませんが、本当によろしいのですか?」


 ドアノブに伸びた手が止まる。

 相手が相手だからだろう。ホンスビーは静かに体ごと振り返った。


「御自ら出撃を、それも軍の護衛すらなしとは」


「列車長のご心配、痛み入ります。しかしどうにも、政治とは難儀なものでして」


「伺ってもよろしいか。貴殿が、何を目指しておられるのかを」


 再び流れる沈黙。ゆっくりと減速する車内。

 ホンスビーは小さく息を吐く。


「……この身が帰った暁には必ず。後の守りはお任せします」


「ハッ……」


 答えは無かった。だが、残されたのは美しい敬礼だけで、その覚悟は伝わったのだろう。

 車両を渡っていく彼の背を、列車長は静かに見つめていた。



 ■



 深夜を回った頃だったと思う。

 突如として視界が開け、星あかりが空に煌めきを見せたのは。

 大きく大きく息を吐き肩を落とす。正直、何故自分が砂山に埋もれて身動きが取れなくなっていないのか、分からないくらいだっただから。


「なーんとか抜けた、みてぇだな……フィルター砂まみれになってんじゃねぇか?」


「掃除なら手伝うよ」


 任せて、と胸をぽんと叩くサテン。その気楽さにもう一段ため息が出たが、それも今更だろう。


「嫌でも手伝って貰うつもりだったぜ。帰ってからだがな。そんでぇ?」


 次はどっちに向かえばいいのかと言外に問う。

 何せコンパスだけを頼りにここまで進んできたのだ。目指す位置までの距離や位置関係などさっぱり分からない。

 はずなのに、サテンは不思議そうに首を傾けた。


「……わからない?」


「あァん? 何が――ァ」


 どこかにヒントでもあるのかとモニターを睨みつければ、まだ微かに砂の舞う闇の中で、うっすらと浮かび上がる影が目に入った。

 明らかな人工物。大した規模では無いが、砂ばかりの中には不釣合いな箱が鎮座していた。


「なんだありゃ……こんな所に建物があるなんて、聞いたことねぇぞ」


 コラシー南部砂漠は捜索されきって久しい。更には元々から瓦礫も少なく、古くは大きく発展した市街の記録もないため、ならば天然の資源が残っているのではとダウザー共の気を引いたエリアなのだ。


「多分、あれが目的地で間違いないよ」


 サテンの言葉に、小さく喉が鳴った。

 大体の方角から自分の位置を地図で辿ってみても、記号の1つすら刻まれない虚無のエリア。そんな探し尽くされたはずの場所で、どうしてか自分たちの前に現れた建物。


「……なんで言い切れる」


「信頼できそうな筋からの情報、かな」


「胡散臭ぇな。いや、この辺に未調査エリアが残ってる時点で胡散臭いんだけどヨ」


「データあるの?」


 コックピットの足元から、古臭い書類束を引っ張り出す。

 この辺りはジジイが残していった物だ。最初は色々と当てにしたが、どれも既に古くて役に立たない情報となってはいたが。


「存外しっかりしたのがな。砂嵐が多発する中、強行調査を行った記録が残されてる。何も出なかった、ってな」


「古い?」


「ああ。かなり前に書かれたっぽいけどォ」


「昔の人はわざと正確な調査データを作ったんだ。ここには何も無い、来る価値すらないって信じ込ませるためにね」


 書類束を捲る。書かれているのは大量の人員が動員された記録に回収品目の一覧。枯渇した資源とその場所。地層の状態に災害の発生レベルまで。

 確かにどのデータも恐ろしく正確で、エリア全体の情報が網羅されているかのように見える。

 だが、サテンの言葉を聞いた後だと、妙に納得がいってしまった。


「……それが本当なら、昔の奴ってのは随分こすい真似しやがるもんだぜ」


「行こう。嘘かホントかは、蓋を開けて見ればわかる」


 静かにペダルを踏み込む。

 わざわざ新資源を隠していたということに憤るより、俺の腹は未知なる建物の探索に興奮していた。

 それがダウザーというもの。一発当てての大儲けを考える道を外れた夢追い人の妄想が、現実になるかもしれない。


 ――俺が、コラシー最後のダウザーが、もしかしたらなんてよ。ハッ、いつまでもガキみてぇだな。


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