「砂嵐だと!?」
揺れる車内で小男が受話器に向かって叫ぶ。
だが、それ以上の声が電信の向こう側から返ってきた。
『あぁそうだ! あのチンピラ、砂嵐の中に逃げやがった! 俺たちみたいな小型機じゃ、とても追えねぇ!」
「ビーコンは生きてるだろ。探知範囲から絶対に逃すなよ、いいな」
『マジかよクソが! 別で手当くれよ!?』
悲鳴のような手下の声に、歯の足りない小男は苛立ったように受話器をフックに戻した。
「チッ、間抜け共め」
あいつらは分かっていない。これがどれだけ重要な仕事であるかを。
そんな鬱憤が彼の頭を支配したのも一瞬。感情の子もらない声に、すぐさまその背筋が伸びた。
「逃しましたか?」
コツンと鳴った足音に小男が振り返った先。軽く眼鏡の位置を直すホンスビーに、彼は支障なしと腰を折る。
「いえ、目視による接触を失っただけでさ。防衛隊のビーコンは生きてます」
「ならば問題ありません。出撃準備を急ぎなさい」
「仰せの通りに」
言葉の終わりをかき消す汽笛に、反対側から開かれる貫通扉。
その向こうから現れたのは、豪奢な襟章を付けた軍人だった。
「ホンスビー殿、本車は間もなく第6信号場に到着いたします」
途端に小男は影の中を通って後ろの車両へ消えていく。
彼にとって、正式な立場を持つ軍人は眩しすぎたのかもしれない。
無論、ホンスビーにはなんの関係もない話で、彼は静かに向き直ると軽く額に指先を揃えた。
「分かりました。では、その後は手筈通りに」
短くそう伝えると、ホンスビーもまた踵を返す。
僅かな沈黙。あと1秒続けば彼は後ろの車両へ消えていただろうという間を開けて。
「貴殿の行動を疑う訳ではありませんが、本当によろしいのですか?」
ドアノブに伸びた手が止まる。
相手が相手だからだろう。ホンスビーは静かに体ごと振り返った。
「御自ら出撃を、それも軍の護衛すらなしとは」
「列車長のご心配、痛み入ります。しかしどうにも、政治とは難儀なものでして」
「伺ってもよろしいか。貴殿が、何を目指しておられるのかを」
再び流れる沈黙。ゆっくりと減速する車内。
ホンスビーは小さく息を吐く。
「……この身が帰った暁には必ず。後の守りはお任せします」
「ハッ……」
答えは無かった。だが、残されたのは美しい敬礼だけで、その覚悟は伝わったのだろう。
車両を渡っていく彼の背を、列車長は静かに見つめていた。
■
深夜を回った頃だったと思う。
突如として視界が開け、星あかりが空に煌めきを見せたのは。
大きく大きく息を吐き肩を落とす。正直、何故自分が砂山に埋もれて身動きが取れなくなっていないのか、分からないくらいだっただから。
「なーんとか抜けた、みてぇだな……フィルター砂まみれになってんじゃねぇか?」
「掃除なら手伝うよ」
任せて、と胸をぽんと叩くサテン。その気楽さにもう一段ため息が出たが、それも今更だろう。
「嫌でも手伝って貰うつもりだったぜ。帰ってからだがな。そんでぇ?」
次はどっちに向かえばいいのかと言外に問う。
何せコンパスだけを頼りにここまで進んできたのだ。目指す位置までの距離や位置関係などさっぱり分からない。
はずなのに、サテンは不思議そうに首を傾けた。
「……わからない?」
「あァん? 何が――ァ」
どこかにヒントでもあるのかとモニターを睨みつければ、まだ微かに砂の舞う闇の中で、うっすらと浮かび上がる影が目に入った。
明らかな人工物。大した規模では無いが、砂ばかりの中には不釣合いな箱が鎮座していた。
「なんだありゃ……こんな所に建物があるなんて、聞いたことねぇぞ」
コラシー南部砂漠は捜索されきって久しい。更には元々から瓦礫も少なく、古くは大きく発展した市街の記録もないため、ならば天然の資源が残っているのではとダウザー共の気を引いたエリアなのだ。
「多分、あれが目的地で間違いないよ」
サテンの言葉に、小さく喉が鳴った。
大体の方角から自分の位置を地図で辿ってみても、記号の1つすら刻まれない虚無のエリア。そんな探し尽くされたはずの場所で、どうしてか自分たちの前に現れた建物。
「……なんで言い切れる」
「信頼できそうな筋からの情報、かな」
「胡散臭ぇな。いや、この辺に未調査エリアが残ってる時点で胡散臭いんだけどヨ」
「データあるの?」
コックピットの足元から、古臭い書類束を引っ張り出す。
この辺りはジジイが残していった物だ。最初は色々と当てにしたが、どれも既に古くて役に立たない情報となってはいたが。
「存外しっかりしたのがな。砂嵐が多発する中、強行調査を行った記録が残されてる。何も出なかった、ってな」
「古い?」
「ああ。かなり前に書かれたっぽいけどォ」
「昔の人はわざと正確な調査データを作ったんだ。ここには何も無い、来る価値すらないって信じ込ませるためにね」
書類束を捲る。書かれているのは大量の人員が動員された記録に回収品目の一覧。枯渇した資源とその場所。地層の状態に災害の発生レベルまで。
確かにどのデータも恐ろしく正確で、エリア全体の情報が網羅されているかのように見える。
だが、サテンの言葉を聞いた後だと、妙に納得がいってしまった。
「……それが本当なら、昔の奴ってのは随分こすい真似しやがるもんだぜ」
「行こう。嘘かホントかは、蓋を開けて見ればわかる」
静かにペダルを踏み込む。
わざわざ新資源を隠していたということに憤るより、俺の腹は未知なる建物の探索に興奮していた。
それがダウザーというもの。一発当てての大儲けを考える道を外れた夢追い人の妄想が、現実になるかもしれない。
――俺が、コラシー最後のダウザーが、もしかしたらなんてよ。ハッ、いつまでもガキみてぇだな。