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第66話 ボール

 オールドディガーのゴツい手が、重く閉じられたゲートの解放レバーを引き倒す。

 すると静かだった建物は微かな地響きを起こし、巨大な鉄扉を軋ませながら口を開けた。

 同時に、奥へ奥へと照明が灯る。まるで自分たちを呼んでいるかのように。


「……この施設、生きてやがるのか」


 奥へと踏み入りながら、俺は息を飲んでいた。

 もしかすると地下に間欠泉があるのではないか。でなければ、燃料戦争の頃から今に至るまで、建物の動力が生きているはずがない。


「見て、エレベータも動きそう。電力系も圧力系も動作してる」


 言われるがまま、巨大な昇降機に機体を乗せ、様々なメーターが搭載されたコンソールにカメラを寄せる。

 確かにそこには、針を立てる電圧計と圧力計があり、ならばと階層のボタンを押し込めば、軽い衝撃の後に床はゆっくりと地下へ向かって降り始めた。


「信じられねぇ……誰か住んでるんじゃねーの?」


「にしては生活感がないけどね」


 サテンの言うこともわかる。

 少なくとも、入口の周りには何も無い。目に付いたのは電気系のボックスと圧力配管くらいのもので、荷物も瓦礫もなにもなかったのだ。


「ならどうやってエネルギーが維持されてんだ? あり得ねぇだろ」


「うん、普通ならあり得ない。私の集めてきた情報が事実だとすれば、ここは燃料戦争の後期頃に放棄されてるはずなんだ」


 正直、誰か住んでいたとしてもエネルギーの維持なんてほぼほぼ不可能なことは分かっていた。しかし、サテンの口から出た言葉は、それを軽く超えてくる。


「ハァ? 100年以上前じゃねーかヨ。どうやって圧力を維持してる?」


「……そういうこと、なのかもね」


 永続使用できるエネルギー源か、あるいは百年単位でエネルギーを大量に溜めておける何かがある。

 そうでなければ考えられない。自分の妄想がより現実に近づいた気がして、変な笑いが込み上げそうになり。


『セキュリティ警告。深度レベル3に侵入を検知しました。直ちに退去してください。繰り返します。直ちに退去してください』


 突然光り始めた赤いランプに、それら全てが一瞬で打ち消された。


「キヒッ……まさか、そういう設備まで生きてんのか?」


「流石に想定外だったかなぁ」


『警告フェーズ2へ移行。対象の拘束、を実行します』


 どうしよっか、なんて言い合っている間にも、自動警備は状況を進めていくらしい。

 派手な金属音がしたかと思えば、エレベーターシャフトの側面から何かが飛び出してきた。


「あん、何だこの球体?」


 シューと蒸気を立ち上がらせるそいつは、金属でできたボールのようで、果たして何する物ぞとしばらく様子を伺っていると、表面の一部がパカりと開き、何かの装置をこちらへ向けた。


「あー……多分自動制御のセキュリティボット、みたいだね。わわっ!」


 躊躇いなく射出されたワイヤを、たたらを踏むようにしながら躱す。

 先程のメッセージが拘束するだのと言っていた辺り、こいつはそれを実現する役割なのだろう。

 当然、やられっぱなしと言うのは気が済まない。それもこんな球体のポンコツにだ。


「チッ、ただのボール野郎が! ワイヤーランチャーなんて舐めた真似しやがってぇ!」


「あっ! ダメだよ反撃したら――!」


 何が、と聞くより早くオールドディガーのキックがボール野郎を蹴っ飛ばす。

 そいつは中々の勢いでエレベーターシャフトの壁面に衝突したが、流石見た目はボールなのだろう。凹みはしたがまだ動きそうな気配をしており。


『設備への攻撃行動及び損害が確認されました。警告フェーズ3へ移行。武力排除を実行します』


 球体状の表面に線が走ったかと思えば、内側には細い骨格フレームが形成され、最後は小さな人型となってブゥンと頭部らしきパーツが光を発した。

 それが威嚇に見えたのは、気のせいではないだろう。


「……なんか変形したんだけどォ?」


「だからダメだって言ったのに」


 腕の部分が持ち上げられる。そこに装備されていたのは、誰の目にも明らかなくらい殺意の高いショットガンだった。

 静寂一瞬。


「だああああ!? 言うのが遅ぇってんだよ!」


 狭い空間に散弾が飛び散る。それも結構な破壊力らしく、直撃した壁面がボロボロと崩れ落ちた。

 対スチーマン戦闘を前提とした装備らしい。人間にあんなものをぶっぱなせば、それこそ体が消し飛んでしまうだろう。


「うーん、想像つくかなって思ったんだけどなぁ」


「俺様の頭を信用しすぎだぜェ!? クソが、ぶっ壊しちまえば関係ねぇ!」


 連射は効かないようだし精度も大して高くない。狭いエレベーターで逃げられるはずもないため、1発をギリギリ躱してから、俺は機体の足を振り上げた。


「だっしゃぁい!」


 渾身のかかと落とし。流石に細身の機械がオールドディガーの重さに耐えられるはずもなく、バキバキと枝のように折れて弾ける。


「へっへっへ……最初はビビったがこの程度ならなんとでも――な、る」


 チーンと鳴ったベルの音。ゴリゴリと軋みながら開くエレベーターのドア。

 その向こうに並んだボール沢山。まるでスポーツ用品店の品出しかのように。


「わぁ、随分なお出迎え」


「キ、キヒヒッ……たまんねぇなぁオイ。どーすりゃいい?」


 聞いたところで答えなど決まっている。何せ相手は言葉の通じない自動セキュリティの暴力装置なのだ。

 それも動かないなら考える時間くらいあっただろうが、いくら古かろうと流石にそこまで馬鹿な作りになっているはずもない。

 目の前で一斉に変形が始まれば、俺にはオールドディガーを走らせるくらいしか出来ることはなかった。


「お助けぇ!!」


 クローラー展開。圧力消費を無視した全力走行で天井の高い通路を走り抜ける。

 当然、その途中に押し寄せていた連中を跳ね飛ばし踏みつぶしながらなので、多少は撃破もできただろうが、それでも流石に相手の数が違う。

 ただでさえ、フィールドの強さは向こうが上だ。迎え撃つにしても間違いなくこっちの弾切れ圧力切れが先に来るし、一斉射撃など受けようものなら流石のディガーとて無事で済むとは思えない。

 ならどうする。どうすればいいと考えていれば、後ろからぽやっと声が飛んできた。


「セキュリティルームを目指そう。制御系を制圧すれば止められる、かも?」


「おおなるほど!? お前頭いいな!」


 ギャリギャリと火花を散らしながら通路の交差点を曲がる。思っている以上に広い施設らしい。

 そう、思っている以上に。


「で、その部屋はどこにあんだヨ!?」


「さぁ? 私がマッピングしながら見ていくから、とりあえず頑張って逃げて?」


「頑張って、じゃねぇよクソがああぁぁぁぁぁぁぁ!?」


 神に祈った所で意味はない。ガキの頃からずっとそう思ってきているが、少なくとも今くらいは多少唾を吐いても許される気がした。

 誰だ。こんな無責任な奴を産み落とし、天然素材仕立てで育て上げた野郎はと。

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