4本のレールを跨いで走る超重量列車は、ギギギとブレーキを軋ませて線路を塞ぐ。
既に搭載のスチーマン部隊も、半数は警戒に出した。これで防ぎきれぬ相手となれば、それはどこぞの国の大軍だろうと誰もが思う威容だろう。
とはいえ、訓練と言うにはあまりにも物々しい雰囲気でもあり、将兵の間には随分と本格的だと疑う声も聞かれている。
否、最も懐疑的なのはその指揮所にある人物だったが。
「全く妙な男だ」
見えなくなって久しい車両の消えた地平を眺め、彼は小さく息をつく。
その様子に、珈琲を入れて戻ってきた副長が、ムッと顔を緊張させた。
「列車長、今回の訓練というのは結局、何を目的としたものなのでしょう? 実弾搭載の完全武装でとは、穏やかではありませんが」
呼ばれるがまま、列車長は振り返らないで後ろに手を組みなおす。どうやら疑り深いのは自分だけではないらしいと、内心小さく苦笑しながら。
「様々な事態を想定した鉄道封鎖訓練。実弾の搭載はあくまで、全兵士に緊張感をもって訓練に当たらせる目的の他にない」
「兵たちの間にも、何処かで実戦が迫っているのではないかという不安が広まっております」
「……困ったものだな副長。正直に言えば、詳しいことなど私にも分からん。故にこれはあくまで私の想像だが――」
湯気の立つ珈琲を一口含んでから、列車長は大きく息を吐く。
彼がこのシュヴァリエ・ド・フェールにおいて最大の権限を持つ者であることに変わりはない。なんとすれば、コラシーにおいて装甲列車を任されるというのが如何な名誉であるかを思えば、防衛隊において彼に物申せる相手等数えるほどしか居ないだろう。
それでも、列車長は今回の件について、想像という言葉を使わねばならなかった。
「上層のだれがしか、或いはホンスビー殿自身が、このシュヴァリエ・ド・フェールによる鉄道封鎖を必要としたのだろう。もしかすると、先の天空牢における事故とやらで行方不明となっている虜囚に、何らか関係があるかもしれん」
報道は蒸気管の老朽化事故と宣った。それ以上のことを彼は何も聞かされていない。
だが、防衛隊の上級将校ともなれば、多少の噂は耳にする。あの場所には長年捕らわれていた者が居ただの、つい先日密入国の罪で捕らえた女性が収監されただの。
どれも眉唾な代物であり、そもそもが公安部の取り扱う内容だ。対外防衛や国境警備を担う防衛隊にはほとんど関係のない話。
にもかかわらず、上層部はそれに付随するかのような命令を唐突に発してきた。列車長はただその一点において、ただならぬ違和感を拭えずに居る。
あるいは、副長も同じなのだろう。彼の話を聞いてから、ふぅむと整えられた顎鬚を撫でた。
「そもそもではありますが、ホンスビー殿とは何者なのです?」
「私も詳しくは知らん。だが、元は教導部所属のスチーマンパイロットだったらしい。除隊理由は分からんが、国家防衛隊を抜けた後は都市外労働者組合相談役として資源管理庁に出入りしているとか、上層の議員たちとも深い交流があるなんて噂も聞く」
「成り上がりの野心家、といった所ですか。我々を顎で使おうと言うのは気に入りませんな」
副長は呆れたように肩をすくめる。
ホンスビーの行動は彼の目に、古巣である防衛隊を出世道具としか見ていないような輩としか映っていないのだろう。列車長も内心似たような感情は抱いたが、そこまでだと言葉を切った。
「言葉は自らに帰るぞ副長。尤も、あの男が腹の中に何を抱えていたところで、それが国の為にならんのであればいずれな」
「全くです」
コラシーは大きいのだ。兵隊崩れ1人の野心だけで動かせるものではないと、高級将校である2人はどこか冷たく笑い合う。
だが、副長が再び珈琲を口に運ぼうとした瞬間、車両間の電信を知らせるベルが鳴り響いた。
「何か」
『1号警戒車より指揮車! 方位3-6-0、距離500付近に爆発炎!』
スピーカーから拡大された声に、指揮官である2人も表情を引き締める。
指揮車の中へと走る静かな緊張。訓練項目にこんな内容は書かれておらず、副長は屋根の上に繋がる伝声管へと声を投げた。
「観測員、何か見えるか」
「は……チャレンジャー01より発光信号です。04行動不能、スチーマンによる襲撃の模様!」
チカチカとランプを明滅させるスチーマン第一小隊の指揮官機。それも慌ただしく繰り返されており、静かだった緊張はどよめきと共に強さを増した。
しかし、列車長はいつもの調子で制帽を深く被り直すと、困ったものだと息を吐いた。
名を防衛隊と呼ばれても、その実情はコラシーという大きな国家の軍隊に相違ない。それも陸上戦艦さながらの威容を誇るシュヴァリエ・ド・フェールまで出張っている中で、わざわざ火の粉を投げかけてこようとは、相手が他国による侵略でもない限りは遠回しの自殺のようなものなのだから。
「どこぞの環境過激派団体か何かが暴走したか? 機関始動、全車に戦闘態勢を発令せよ」
「ハッ、総員戦闘配置! これは訓練ではない、繰り返す、これは訓練ではない!」
ジリジリと警報ベルが鳴り響き、列車の中心に位置する蓄圧式機関車が雄叫びのような汽笛を続けて噴き上げる。
全車の状況をモニターする圧力計の針は高圧域へ振れ、重々しい響きと共に大小様々な砲台がその口をゆっくりと旋回させた。
しかし、その間にもガラスの向こうでは砂塵が吹き上がる。
『監視より状況報告! チャレンジャー隊被害拡大、02及び04が撃破された模様。05も行動不能と思われます!』
「襲撃者の規模を確認させろ。積載車で待機している部隊も応援に回せ」
「セイント隊へ、スクランブル。至急出撃せよ」
列車長の視線が鋭くなる。
突然の襲撃に加え、この短時間にスチーマンを3機も撃破するという躊躇いの無さ。
シュヴァリエ・ド・フェール所属のスチーマン小隊は5機編成。それが容易に破られている状況を考えれば、敵の規模は10機以上。
――手慣れている。あるいは、相当な準備を重ねていた相手と見るべきか。
野盗共にも縄張りはある。先のレイルギャング撃滅を思えば、コラシーに対し大規模な報復攻撃を行い見せしめにしてやろうという魂胆を持っても不思議ではない。
だからこそ、数を集めて奇襲をかけてきた。それが可能性としては最も高いと列車長は考えた。
ここまでは敵にとって順調だろう。しかし、セイント隊が出撃すれば奇襲効果は完全に失われる。被害は受けても奴らに勝利はないと。
『チャレンジャー01より応答。敵不明スチーマン1機、その他に機影を認めず――01、蒸気噴出視認! 撃破された模様!』