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第69話 終着点

「しっかし不思議ねぇ。後ちょっとで第6信号所に着くような距離だってのにサ」


 地図とコンパスで位置を測っていたメルクリオが、ふぅんと気だるげに隣で肘をつく。

 彼――否、彼女が指揮台に来るのは案外珍しい。それくらい、さっきの急ブレーキは気がかりだったのだろう。


「よっぽど急なトラブル、だったのかも」


「ふぅむ、突然の襲撃でもあったのでなければ解せませんな。あるいは、かのブローデン氏が大暴れなされたなど」


「流石のモヒカンでもそんなことしないっしょ」


 アッハッハッハ、と操縦室に響く笑い声。

 ただ1人、ニコラだけはオーバーサイズのジャケットに口元を隠した真顔のまま、静かに前を指さしていたが。


「……あんな風?」


「へ?」


 言われてその指先を追ってみる。

 砂の影に霞む景色。だが、近づくにつれ見えてきたのは。


「なんか、あちこちから煙上がってるんですけど……」


 ベンジャミンの予想が当たった気がしてならない。いや、流石のヒュージでも鉄道会社相手に大暴れ、なんてしないとは思いたいが。


 ――本気でキレてたらやりそうだよなぁ。


 友達を信じないのはどうかと思うが、こればかりは仕方ない。可能性があると思わせる日頃の行いがダメなのだ。


「どうするのかしら、社長さん?」


「……とりあえず遠巻きに確認しよう。巻き込まれたりしたら厄介だし、ディガー見えなかったら予定通りって感じで」



 ■



 溢れ出るボール、もといボールが人型に化けた機械の群れ。

 そいつにあわや押しつぶされかかった所だった。自動音声が再び声を上げたのは。


『セキュリティの非常停止が実行されました。システムを停止します』


 沈黙一瞬。

 人型だった連中は一斉にボール状に戻り、あちこちに設けられた出撃用の穴の中へと戻っていく。

 あれが何処に繋がっているのかは、あまり想像したくないが。


「か、帰った……こりゃ奇跡だぜ」


 どはぁ、と息を吐く。普通に息はできたはずなのに、長く潜水していたような気分になるとは思いもしなかった。

 一方、俺の後ろで呑気に地図を描いていた奴は、ふむと小さく頷いてから、自信ありげにこちらを覗きこんできた。


「ギリギリだったね。私の勘、凄い」


「だとすりゃもうちょい早く発動してくれや……しばらくは追いかけてくるクソデカ殺戮ボールが夢に出てきそうだ」


「ヒュージ君て変なとこで繊細だよね」


「テメェが異様に図太いだけじゃねぇのォ?」


 女という生き物を俺は大して知らないが、多分いや間違いなくこいつは普通でない部類だと思う。

 それをにこやかに言ってやれば、何が面白いのかケタケタと笑って冗談冗談と手を振られた。


「よし、今日はここで休憩にしよう」


「あ? 探し切っちまわねぇのか?」


「疲れた状態だと、また変な事故になりかねないし、それにほら、建物の地図情報も見つけたからさ」


「そりゃどこに――って真ん前か」


 セキュリティルームと言うだけあってか、赤いスイッチを叩き込んだオールドディガーの手の横に、広大な地下空間を示す地図が貼られていた。

 怪我の功名と言えばそうかもしれない。尤も、あのクソデカ殺戮ボールに追われなかったとしても、いずれここには辿り着いたのだろうが。


「ま、そういうことなら遠慮なく寝させてもらうぜ。肩凝っちまった」



 ■



 暗いコンテナの中、私はソファの上でゆっくりと体を起こす。

 自分でも寝起きが悪いのは承知の上。それに気持ちいい寝床を目指して動く癖もあるせいで、大体いつもヒュージ君のベッドに潜り込んでいる訳だ。

 しかし、今日は違う。私は眠っていなかったし、必要だとしても眠ることなんてできなかっただろう。

 ベルトポーチと消したままのランタンを手に、そっとベッドの方を確認する。ヒュージ君のいびきが聞こえいるから、きっと気付かれないとは思うけれど。


 ――うん、大丈夫。


 静かにコンテナの中を歩き、外へ繋がるドアへ手をかけて。


「……どうした、寝れねぇのか?」


 背中からの声に伸びた手が固まった。

 振り返ってみても、彼はこっちを見ていない。ベッドの上で丸くなったまま、しかしいびきは止まっていた。


「違うよ。ちょっとその――」


「なんだ」


「……乙女に言わせる?」


「なんだトイレか」


 うぐ、と口ごもる。

 何故だろうか。私はちゃんと年頃の女なのだが、どうにも彼はそういう風に見てくれていない気がするのは。


「デリカシーくらい知っててほしいんだけどなぁ」


「今更だろ。はぁやれやれ」


 ギシリとベッドが鳴る。多分寝がえりを打ったらしい。


「気を付けろよ。何が居るか分かんねぇんだ」


「……うん」


 ランタンに火を灯し、私は静かにドアを潜った。

 コンテナはオールドディガーの背負子ごと床まで下ろされており、暗がりでも出入りに苦労はない。施設の方も昼間のように警報が出ることもなく、しんと静まり返っていた。

 小さく息を吐く。


 ――優しいんだ、本当は。それなのに私は。


 ちくりと胸が痛む。それを義務で塗りつぶして、前へ。

 地図はもう頭に刻んだ。圧力式の自動ドアを開ければ、すぐそこにセキュリティチェックのゲートがあり、目指すのはその先にあることも分かっている。

 暗がりの階段を下りた先は、この施設の最下層。実験用の広大なドームがあるかと思っていたが、実際に現れたのは分厚い金属の壁に覆われた一室だった。

 並ぶのは、未だに様々な光を灯す装置。運転中の文字もあちこちに見受けられる。

 その最奥にある大きな机を前に私は立ち止まった。


「コアユニット制御卓……じゃあこれが、こんなに小さな珠が」


 耐圧硝子のケースの中で配管に繋がれて、シュウシュウと音を立てる握り拳程度の球体。

 完全蓄熱コア。金属質にも生物的にも思えるそれに、自然と喉が小さくなった。


「ついに見つけた。見つけちゃった」


 もちろん感動はある。自分が目指した物は伝説なんかじゃなく、こうして未だに力を発揮し続けていて、目的を達するに足る力を持っているのだ。

 その反面、感動とは別の理由で震える手を、私は必死に握りしめた。


「決めたこと、だ。全部全部、私が決めて、覚悟もして、だから――!」


 深呼吸で身体を押さえる。理性は人間が持つ大きな力。

 制御卓に取り付き、圧力弁の閉鎖を開始。コアユニットの圧力制御を停止状態へ。

 施設動力が蓄圧に切り替わったことを確認し、配管系のロックを解除。すると硝子ケースが自動で持ち上がり、静かになったコアを私はそっと握りしめる。

 冷たくもなく、暖かくもない。見た目にすれば、本当にただの小さな球体。

 そして、私が覚悟を示さねばならない道具。


「これで、よかったんだ」


「邪魔したか?」


「――ッ!」


 微かにぼやけた視界の中、見慣れたはずの大きな人影はあまりにも自然に、部屋の入口に立っていた。

 大きな手が、モヒカン頭の側面をゴリゴリと掻く。


「いつまでも帰ってこねぇから変なのに絡まれたかと思ったんだが、いらん心配だったみてぇだな」


 へらりと笑う彼に、私は静かに呼吸を整える。


「……うん、大丈夫」


「で、もしかしてそいつが?」


 上から覗き込む大きな頭。見た目には何が何だか分からないだろうけれど。


「多分――ううん、間違いなくそう。これが、私の探していた完全蓄熱コア。世界のエネルギー事情をひっくり返す、奇跡の産物」


「ハァー? こんなにちっさい球コロがか? ちょっと信じられねぇぜ」


「この施設が生きていたのは、これが繋がれているからだよ。あらゆる圧力装置の全てをこれ1つで平然と賄っている。あるいは、外の砂嵐も防御の為に作っているとしたら、それでも全開には程遠い出力だと思う」


「マジかよ。じゃあ、こいつの全力ってのはどれくらい……?」


 ゴクリと彼の喉が鳴る。

 この程度の施設で一杯一杯なら、私の思っている程の力はとても出せない。

 しかし、制御卓に表示されていた定格圧力が事実ならば。


「絶対とは言えないけど、これまでの情報から考えれば、蓄熱可能なエネルギーは間欠泉数個分くらい。今がどれくらいか分からないけど、研究資料によれば活火山から熱エネルギーを吸収させたりしていたみたいだから、凄まじい熱量を溜め込んでいると思う」


 あんぐりと顎が開いた。当然だろう。最初に似たようなことは伝えたが、実物を前に突きつけられれば誰だって驚きを通り越しておののく。


「そ、そりゃあ大富豪くらいなれちまう訳だぜ。いや、国を作れるっつったほうがいいかァ?」


「うん。きっとできる。できてしまう。だからこそ人目に触れないように、ただの夢物語みたいに隠されていた。知っている人が増えれば増える程、これは争いの中心になるから」


「だが、今はまだ俺とお前しか知らねぇんだ。こいつがありゃなんだって――」


 うろうろしながら天を仰ぎ、夢を見るヒュージ君。

 ただ、その後ろで私は静かにポーチのボタンに手をかける。

 パチリと鳴った音。それに彼は静かにこちらへ向き直った。黒鉄を握る私の方を。


「――サテン?」


「私と君しか知らない。だけど、君は私じゃない」


 これが、私の覚悟。

 死後に裁きがあるのなら、絶対に許されることのない、私の使命。


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