目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第70話 ごめんね

 地下だというのに、冷たい砂漠の風が静かに流れ込む。

 妙に穏やかな気分だった。今までのあまりにも奇妙で不自然な関係性よりは、吸い込まれそうな筒口を向けられている今の方が、余程自然だと思えたからだろう。


「いつからだ」


 上下二連の短い銃身を構えたサテン。隠し持てる上に高威力の拳銃。この頑丈なデカブツを確実に仕留めるには悪くない選択だ。

 俺が怯えることなく真っすぐ向き直れば、彼女はいつもより陰のある顔で笑った。


「コラシーの格納庫で、初めて君に出会った時から。あるいは出会う前からかも」


「ならアレか? 前に言ってた間欠泉の永遠だとか、文明がどうのこうのってのは建前だったのか?」


「違うよ。私が目指すのはもっとシンプルで小さな話というだけ。あるいは、壮大な話の足掛かりになるという程度」


 キチリと小さく銃が鳴る。


「私の目的は、祖国を崩壊から救う事。滅びゆくフルトニスに、希望をもたらさないといけない」


「滅びゆく……なんだそりゃ?」


 意味が分からんと首を傾げる。

 どこかの国が今滅びそうになっているなんて、酔っ払いの噂ですら聞いたことのない話なのだ。


「フルトニスの間欠泉は、年々その熱量を落としている。私も含めて、多くの研究者たちがその原因を探っていた」


 ふぅと彼女は小さく、そして短く息を吐く。

 思い出されるのは、アルジャーザリーダムへ向かう時にサテンが語った言葉だ。


 ――間欠泉は永遠か、だったな。


 我ながらよく覚えていた物だと思う。大して興味もない癖に。


「完全に無くなっちまうってのか? 間欠泉が」


「ううん。私達が辿り着いたのは、間欠泉における休眠期の存在」


「一時的に熱が出なくなるってことか? それならできるだけ圧力を溜めて耐えりゃいいだけじゃねぇの?」


「数日、あるいは数週間程度ならね。けど、想定される期間は短くて10年。長ければ100年、もっとかもしれない」


「そいつァ……」


 途方もない時間に眩暈がした。

 都市が日夜消費する圧力なんて学の無い俺には想像もつかないが、それが途方もない熱量であることは感覚的に分かる。

 頭のいいサテンにはそれがどれほどの脅威であるか、きっと手に取るようにわかるのだろう。迫りくる滅亡の恐怖に、彼女は今もなおいつものような軽い笑顔を乗せた。


「国が滅びるには十分すぎる時間だよ。あらゆる機械は動力を喪失し、熱を奪われた人々は冬を越えることもできなくなる。高山にあるフルトニスの冬は、人間くらい簡単に凍らせるんだ」


 肩の力が抜けた。いや、元々そんなに入ってはいなかったのだが。

 コラシーにも冬はある。フルトニスほどではないのだろうが、鉄とコンクリートで作られた都市は凍てつき、最下層の路上に捨てられた連中は熱を持った蒸気配管に身を寄せ合って、あるいはその場所を奪い合って生きていた。

 俺もその1人だ。寒さの恐怖は知っている。だからこそ、彼女の言っていることが腹の中にすとんと落ちた。


「お前、意外とまともだったんだな」


 艶めく唇に力が入ったように見えた。

 まるで何かを堪えるように、眉を絞った彼女は瞼を落とす。


「許してほしいなんて思わない。恨んでくれていい。大きすぎるエネルギーの情報は、大きな戦争をもう一度起こすの十分すぎる程の魅力を湛えていて、その中心あるフルトニスは確実に渦の中心に来る。だから私は――」


「撃てよ」


「ッ!」


 まるで自分に言い聞かせるような言葉の羅列に、俺はただ短くそう告げた。

 命が惜しくないと言えば嘘になる。ここまで周りを力で捻じ伏せて、どうにか生きることにしがみ付いてきたのだ。

 それでも、いやそれだからこそ。


「理由としちゃ十分だ。チンピラ1匹の命でお前の国が救えるなら、躊躇う必要はねぇ。その様子なら、本当はスチーマンも動かせるんだろ」


「随分、アッサリ言うんだね。君ほど上手じゃないけどさ」


「自分で選んだ道だ。報酬は得られなかったが、仕事はきっちりやり遂げた。少なくとも、あの世でジジイに会うことがありゃ、胸張ってぶん殴れるくらいには漢貫けただろうぜ。それにな――」


 ああそうだ。馬鹿な奴だと思ってくれていい。自分でも相当捻くれてるのは分かってる。

 だが、俺は今この瞬間に腹の底から笑っていられる。嘘でも強がりでもない。


「お前の為に死ねるなら、俺の命にも価値があったと思えんだ」


 大きな瞳が揺れたように見えた。それは俺の願望に過ぎなかったかもしれないが。

 俺に女の事は分からない。興味がない訳ではなかったが、愛だの恋だのという奴には産まれてこの方サッパリ縁がなかった。

 だがまぁ、俺には似合わない相手だろうと、ガキに笑われそうなくらい不器用だろうと、最期くらい手を伸ばしても罰は当たらないだろう。


「ごめん、ごめんね」


「楽しかったぜ、相棒」


 ヘッ、と小さく笑った。

 乾いた音が部屋の中にこだまする。いつ誰に聞いたのか忘れたが、音というのは死ぬ寸前まで聞こえているのだとか。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?