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第72話 アンサー

「えっ、ちょっ、ヒュージ君!?」


 止める間もなく逃げ遅れた奴を踏みつぶし、銃声に驚いて転げた奴を蹴っ飛ばし、オールドディガーの外装はあっという間に赤黒く染まっていく。

 俺は喧嘩屋だが、好んで人殺しをするような性質ではない。相手次第ではあるが、基本的には半殺しまでで収めるよう努力もしてきた。

 それは最低限、アウトローなりに法を守ろうというモラル意識を抱えているから。多分サテンも俺がそういう奴だとは理解していただろう。

 しかし、今は違う。キヒッといつも通りの笑いを浮かべながら、オールドディガーという金属の塊で弱々しい生身を踏みつぶしていく。

 その理由は至極簡単だ。


「世界がお前の言ってた通りになるなら、見た可能性がある奴は全員消さねぇとなァ? 血のシャワーに塗れて最後に残るのが俺だけなら万々歳よ!」


 命を捨てる覚悟はした以上、道連れが増えるだけ。殺しの罪くらい、俺は喜んでおっ被る。

 無敵の人とはこういうことを言うのだろう。サテンが唖然とするのも無理はない。

 と、思っていたのだが。


「ふふっ、アハハハハハハッ! あーあー! やっぱやめた! 悩むくらいならしない方がいいや!」


 突然響いた吹っ切れたような笑いに、血なまぐさい景色を見せすぎて壊れたのではと心配が込み上げて振り返る。


「お、おい、だいじょ――むぐっ!?」


 声を出しかけた矢先、その出口が無くなった。

 長い睫毛がすぐそこにある。鼻をくすぐる独特な香水の香り。初めて感じる唇の柔らかさ。


「これが、君を生かすために出した私の答え。だから、もう離れたらダメだよ」


「お、おま……ハァ?」


 ゆっくりと離れたサテンの顔に、どこか悪戯っぽい笑みが浮かぶ。だが、そこに至ってもなお、俺には何が起こったか分からなかった。


「はじめてをあげたんだから、その分働いてくれるよね? さー、全員ぶっ殺そう!」


 ペチンと側頭部を叩かれる。

 細い指の一撃は、一瞬で沸騰した頭を覚まさせるのに十分だっただろう。お前には理解なんて及ばないと。

 ただ、ほんのり残った香りと唇の感触に、顔が熱くなるのと口がにやけるのだけは止めようもないのだが。


「……お、おうおうおうおう! やったらぁ!」


 変なテンションだったとは思う。だがどうでもいい。

 俺はただ、オールドディガーをガンガンと大きな足音を立てながら走らせた。すると運よく小型スチーマンまで逃げ延びた奴が居たのだろう。曲がり角から蒸気式のロケット弾が飛んでくる。


「んなろぉ、高価なもん持ち出しやがって!」


 機体の尻を軸にスライディングする形をとれば、頭上ギリギリをロケット弾が通り過ぎる。

 元よりフラフラと飛ぶのが特徴の武器だ。進路の都合壁にぶち当たったそれは、ド派手な爆発と煙で俺たちの視界を包み込んだ。


「クソがよ!? 何も見えね、うぉ!?」


 たちまちガンガンと飛んでくる弾丸に、慌てて両腕を前に防御態勢を取る。

 向こうにもこちらの姿は見えていないだろう。だが、通路を占領する大きさの機体が相手なら、わざわざ狙いをつける必要など何処にもない。


「こう狭いとディガーは不利だぜ! どうする!?」


「分かってるでしょ。外を目指すしかない」


「違ぇねぇ、エレベーターは!?」


「タンクの圧力があるからまだ動くと思う!」


「なら遠慮はいらねぇ! どらぁああッ!」


 クローラーへ一気に圧力を叩き込めば、防御姿勢のままオールドディガーは猛然と加速する。

 爆発煙を突き破り、防御力強化用にと無理矢理外装に貼り付けられた履帯が千切れるのも気にかけず、ハーモニカライフルを撃ちまくってくる小型スチーマンへ突っ込んだ。

 重さの違いは力の違い。向こうも慌てて後退しようとはしたが間に合わず、肩をぶつけられて突き飛ばされ、ひっくり返った所をサテンに散弾をぶち込まれて沈黙した。


「おし! エレベーターまで敵は居ねぇ! 一気に行くぞ」


 クローラーで床を傷つけながら駆け抜ける。

 だが、それは通路に限った話だ。エレベーターの呼び出しボタンを押し、ベルの音と共にドアが開いた所で、視界いっぱいに光が見えた。


「案の定って奴だな」


「こんなに待ち伏せに適した場所もないしね」


 壁に機体を隠しつつ、雨あられと弾ける火花に小さく舌を打つ。

 エレベーターである以上移動方向は決まっており、それもフロアのみが昇降するタイプのため、隠れられる壁も屋根もない。尤もこの一斉射撃が相手では、薄っぺらいエレベーターのカゴなどひとたまりもないだろうが。


「さてどうしよう。普通に出たらハチの巣だけど」


 穴が作られていく壁から機体を軽く逃がしつつ、俺はコリコリと顎を掻く。


「ま、ここはシンプルに行こうぜ」


 クローラーを逆転させ、少しだけ元来た道を戻る。そこに転がっていたのは、先程散弾をぶち込まれた小型スチーマンだ。


「うわぁ……もう作戦って言えないねぇ」


「綺麗事考えたってどん詰まりだぜ。それに俺ァ、まどるっこしい事が嫌いでなァ!」


「ふふ、同感」


 サテンの笑いを同意とみて、俺は撃破した小型スチーマンを肩に担ぎ上げ、勢いよくエレベーターの中へ飛び出した。

 銃撃の勢いが一瞬弱くなる。その躊躇いが、オールドディガーへの招待状だ。


「撃て撃て撃ちまくれェ!」


 射撃系の操作を全てサテンに投げ、俺はひたすらに機体を走らせる。

 じわりと上昇を始める床の上。オールドディガーは片手にリボルビングバス、片手にハーモニカガンを構え、ドラゴンブレス弾で周囲を赤く照らしながら、踊るようにハーモニカガンを振り回した。


「弾切れ! 次!」


 両手の武器を贅沢にも放り投げ、無理やり腰に括り付けたソードオフのレバーアクションライフルに切り替える。

 相変わらず器用な奴だ。操縦そのものは不慣れだろうに、無骨なディガーの両手に銃把を握り、スピンコックしながら弾をばらまいていく。

 とはいえ、俺はあくまでダウザーだ。弾薬をできるだけ積んできたと言っても、撃ちまくればあっという間に底をつく。

 早くもサテンはレバーアクションライフルを投げ、リボルバー式の拳銃に持ち替えていた。


「銃ってこれで最後!?」


「キヒッ! 心配要らねぇ! 無けりゃ手に入れるだけだ!」


 シャフトに連なるドア部分から身を乗り出していた中型に、肩に担いでいた敵機を投げつける。

 狭苦しいドアの隙間ではまともに回避もできず、まともにぶつけられたからだろう。どうにかバランスを保ちつつ、味方だったものを押し退けたところで。


「おっせぇぇ!」


 その顔面にアイゼン付きの喧嘩キックが突き刺さった。

 パワーの抜けたマニピュレーターから、荒い作りのハーモニカガンを奪い取る。


「オラオラ、テメェらの手持ちも寄越しなァ! 色々足りねぇもんばっかりなんだよこっちはよォ!」


「無茶するよホント!」


「こうすりゃ撃ち放題だぜ。なんなら弾代だってロハだ!」


 壁を蹴って後退すれば、自分の居た場所からこちらを追うように銃撃が舐めてくる。そのうち幾らかはディガーの肩辺りを叩いたが、色々後付けされているスクラップが弾けただけでダメージは無い。

 だが、次の狙いをと視界を上へ向けた瞬間、嫌なものが目に入った。


「やっべぇ! 爆雷持ちが来やがった!」


 ギギギと音を立てて持ち上げられる巨大なドラム缶。アパルサライナーが使っていたのと同程度だろうそれが、この狭隘な空間で炸裂すればどうなるかなど容易に想像できる。

 投げられる前に仕留めるか。否、それでも既に安全装置が外されていたら、敵味方関係なしに巻き込んで大爆発だ。


「左前方、階層の扉! 突き破って!」


 鋭い声に、自然と身体が動く。


「あぁん!? これかァ!?」


 止まらないはずの階層。陣取る敵もいないそのドアに、圧力を叩き込まれたオールドディガーは勢いよく突進し、重さによって分厚い金属を引き裂いた。

 刹那、背後で凄まじい閃光が走り、狭い隙間を抜けてきた衝撃波と金属の破片に、重たい愛機でさえガラガラガンガンと音を立て、ほどなく視界も煙に巻かれた。

 口の中から軽く血の味がするのは、ひっくり返された衝撃のためだろうか。しかしそいつを感じるということは。


「キッヒッヒ、堪んねぇなァ? 修理費の明細見たら気持ちよく吐いちまうんじゃねぇか?」


「機体は動く?」


 サテンの声に普段と違った様子は無い。もしかすると複座機というヤツは、後部座席の方が安全かつ快適に作られているのだろうか。


「当然だろ。豆鉄砲をいくらか食らった程度でやられる程、俺様の相棒は軟じゃねぇ」


 軽くピストンにブローを掛けながら、ゆっくりと機体を立ち上がらせる。

 圧力漏れ無し、稼働部位正常。外装は色々と持っていかれているが、機体の動作に問題は無い。

 それを確認して軽く息をつくや、背後から唐突に側頭部を掴まれた。


「あれ? 君の相棒は私じゃないの?」


「おいおい、お前からすりゃ先輩だぜ。しっかり敬えよ」


「うーん、ちょっと悔しいけど、まぁそういうことならいっか」


「俺にゃお前の感性が分かんねぇよ。いや、何にも分かってねぇんだけどッ!」


 半分よろめくような動きのステップで機体を傾ければ、腕の横ギリギリを蒸気ロケット弾が飛んでいく。

 空間に吹き抜けた爆風は、爆雷が撒き散らした煙を吹き飛ばし、辺りの様子をハッキリと見せてくれた。


 ――広間だったか。こりゃ誘い込まれたな。


 道理でこの階層の入口にだけ、迎撃が配置されていない訳だ。あの爆雷も含めて、一種の追い込み漁となっていたのだろう。

 視界の片隅へ映り込んだ赤黒い機影。反射的だろうか。サテンは敵から奪ったハーモニカガンを放ったが。


「避けられた! エンブレム持ちだ!」


 予見していたかのように、そいつは軽く体を捻って躱す。

 ずんぐりとした小型スチーマン。並ぶラッパをネズミが吹き鳴らすデザインのエンブレム。

 自然と俺の鼻はフンと鳴った。


「いつワト式のハイエンドになんざ乗り換えたのかしらねぇが、小汚ぇ落書きそのままってこたぁ、確か名前はサイレンだったか? よぉ歯抜け野郎」


『流石にいい反応だな、ヒュージ・ブローデン』


 軽く蒸気を吹く機体の中から、クチャリと汚く口を鳴らす声が聞こえてくる。

 あの時の尋問が単なる喧嘩の逆恨みでないのなら、何処かで出てくるだろうとは思っていたが。

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