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第73話 歯抜け

 中身同様小柄な機体に、俺はニヤリと口の端を歪める。


「借金取りに向かう手間が省けたぜカシャッサ。随分羽振りが良さそうじゃねぇか」


『おかげさんで、これからもっと良くなる予定さ。そっちの女を渡して靴舐めるってんなら、手下として分けてやってもいいくらいだぜ?』


「面白れぇこと言うじゃねぇか。だがお生憎だぜ。俺の雇い主は1人居りゃ十分でよ」


「わお、意外と一途」


「うるせぇ」


 わざとらしい声にギッと奥歯が鳴る。俺が煽る側であるはずなのに、何故背中からフレンドリーファイアを貰わなければならんのか。


『交渉決裂だな。勝てると思ってんのか?』


「ハッ、そりゃこっちのセリフだぜ。悪ぃが今日の送り先は、病院じゃなくて墓場になっちまうがよォ!」


 集団戦の強さを売りとするカシャッサが、俺を相手にタイマンで勝てるはずがない。

 そう思っていたが、後ろから手下共がぞろぞろ現れる風でもなく、ただサイレンは静かに2丁の拳銃を抜くと、素早くその引き金を引いた。

 咄嗟に腕を前に出して防御姿勢をとる。あの程度の銃ならば、オールドディガーにとって躱すまでもない。

 そう思ったのだが、機体に衝撃が走ることはなく、ただパァンと何かの割れる音がして辺りが一気に暗くなった。


『フン、図体ばかりのウスノロが。いい加減見飽きてんだ』


「明かりを壊された?」


 ぼんやりと闇に溶けていくサイレンの赤いランプに、サテンは声に緊張を走らせる。


『飛び道具も見えなきゃ重石。お前にゃ俺が何処に居るかもわかるめぇ』


 スナップスイッチを叩いて頭部に備えられたライトを灯せば、視界は丸く白く開ける。しかし、奴の姿は見当たらない。


「言葉に乗んなよ。こういうのもアイツの戦術だ」


「よく知ってるね」


「喧嘩も1度や2度じゃねぇからな」


「戦績は?」


「んなもん俺の全勝に決まって――ガッ!?」


 背後からの激しい衝撃にオールドディガーが大きくつんのめる。

 金属バットでぶん殴られたような気分だが、それくらい俺にはどうということもない。ただ、サテンが乗っている分は別だ。

 息を吐きながらゆっくりと振り返ってやれば、暗がりへ消えていく赤い目が一瞬見えた。


『たった1発で膝をつくなよ喧嘩屋。お前にゃたっぷり借りがあるんだ』


 反響する声に目を閉じる。ライトなんて今は無駄なのだろう。


「……覚えてねぇな。10回分か? それとも100回だったか?」


『なら思い出させてやるよ。掃き溜めから這い出ただけのガキが、調子に乗ってきた歴史をなぁ!』


 僅かな音を頼りに、オールドディガーを左へ跳ばせる。

 一瞬の間があっただろうか。またも後ろから、今度はスパークを纏うロッドが装甲をかすめて突き出された。

 躱せたのは偶然にタイミングがあっただけ。僅かに遅れていたら、躱す方向が違っていたら、目の覚めるバチバチを頂いていたことだろう。


「チッ、想像より速ぇ。サテン、追えてるか」


「なんとなくでしかないよ。正直、反応は無理かな。圧力を絞ってるから機体の動作速度でも負けてる」


 全く華奢な見た目に反してタフな女だ。脳を揺さぶられて倒れていないかと思い声をかけたが、余計な心配だったらしい。

 しかし、サテンの言が事実であるなら、こちらには反撃の余地がない事になる。


「タンク弁全開ならどうだ」


「今の速度ならギリギリ反応できるかもだけど、向こうはまだ全開じゃないはず」


「分が悪ぃな――ッつぉ!?」


 しゃがみながらの急後進。直後にギャリと肩の装甲から火花が散った。

 嫌な音にこめかみが疼く。


「ぐ……暗がりじゃなければ戦えるはず。第2エレベーターを呼び出してシャフトに出よう」


「ハッ! 爆雷の雨を受けろってか? 狂ってんなァ」


 破壊された照明はこの部屋のみ。非常誘導灯もやられている以上、出口は全く分からない。唯一光が見えるのは、エレベーターの階層を示すニキシー管のみ。

 彼女はそこに勝機を見出したのだろう。俺には正気とも思えないが、おかげで口元が緩んだ。


「適当でいい、撃ちまくれ! 向こうは軽い分脆いはずだ!」


 クローラーを展開したオールドディガーは、ハーモニカを乱射しつつ全力で後退する。

 発砲炎の中に僅かばかり影が見えることもあったが、そんな一瞬で捉えられる程鈍い相手ではない。認めたくはないが、歯抜け野郎のスチーマンパイロット歴は俺より長いのだから。


『ふは、いい目印にしかならんぞ!』


 カァンと音を立てて砕けた頭部ランプに、俺は小さく唇を噛む。

 こちらが動いたからか、あるいは乱れ撃ちの流れ弾を嫌ってか。奴はまたハンドガンに持ち替えて、こちらの周囲を旋回するように弾丸を走らせる。


「くっそ、虫歯野郎が舐めやがって……」


 豆鉄砲など関節や配管を抜かれない限りかすり傷だ。まぐれを貰うかどうかは腕より運。

 口では悪態をつきつつ、俺はエレベーターのドア前を通り過ぎる際、壁を削るようにしながら呼び出しスイッチを押す。

 奴が意図に気付いたかどうかは分からない。ただの制御ミスと思ってくれれば御の字だが。


『いい加減飽きてきたな。どうだ?』


 エレベーターの上昇ランプが灯る。

 今あれはどこの階層にあるのか。あとどれだけの時間があってドアが開くのか。

 早く早くと念じたとてエレベーターが加速するはずもない。それより早く、暗がりから放電を纏う棒切れが抜けてきた。


『幕引きにしようぜ。チンピラ小僧ォ!』


 真正面。打ち払おうにも速さでは向こうが上。

 だが、大胆に突っ込んでくれたおかげで目で追えた。


「こんなくそがぁ!」


 咄嗟にチェーンウインチのトリガを握りこむ。

 狙いすました訳ではない。ただ、蒸気圧を解放されたアンカーは真っすぐに飛び出し、サイレンの手首を跳ねのけた。

 僅かな隙。しかし、向こうは柔軟性が高い小型機であり、立て直すまでは一瞬の事。


『運のいい野郎だ。しかし、女神様のキスに二度目はねぇ!』


 手から飛んだ棒切れに目もくれず、短い擲弾発射器を背中から抜いた奴は、また暗がりの中へと溶けていく。

 そうだ。まぐれは何度も続かない。それが続くのならば、博徒が路頭に迷うことも減るだろう。


「ヒュージ君!」


 ポンという軽い音。それがグレネードの発射された声であることは疑いようもない。

 そいつは頑丈なオールドディガーに対する、一種の切り札だったのだろう。尤も、このタイミングに俺はニヤリと笑っていたが。


「テメェも大概だぜカシャッサ。俺に堪え性説かれてるようじゃなァ!」


 爆発の煙が視界を奪う。

 その中でも俺はペダルを踏み抜かんばかりに踏んづけ続け、愛機もそれに応えるように、何処が壊れることもなく後ろへ後ろへと突っ走った。

 激しい破砕音に歯を食いしばる。ドアが吹き飛び金属が散って、その後には嫌な浮遊感に尻がシュンと縮んだ気がして。


「ぐえっ!?」


「う゛……っ!?」


 突き上げるような衝撃と共に、突如明るい世界が周りに訪れた。

 少なくとも感覚は残っているし、全く見慣れぬ場所へいきなり連れてこられた訳でもない。

 鳴り響くベルの音は、着地衝撃にエレベーターが緊急停止したからだろう。一方で、オールドディガーは着地の為に硬直こそしていたが、レバーをジワリと引き込めばゆっくりと姿勢を戻した。


「せ、セーフ……もうちょい下だったら足砕けてたぞ、これ」


 見上げた先のドアからすれば、重量に対する着地限界はギリギリというところだろう。想像だけで嫌な汗と変な笑いが込み上げてきた。

 しかし、そんな感覚に浸るのも束の間。吹き飛ばされたドアの口から、ラッパ状の頭をした赤い1つ目がこちらを見下ろした。


『ほぉ、お前は爆死がお好みだったか?』


「上からくる!」


 ぞろりと現れる何機ものスチーマン。揃って爆雷を抱えた連中の姿には、俺もサテンも敵を数える余裕すらなかったと言っていい。


「チィ、これでも見えねぇよりゃマシだと思いてぇんだが――」


 サテンの迎撃なら全部は落とせずとも数は減らせるか。いや、数を減らしたところで1発貰えば木端微塵だろうか。ならどうする。またどこかの階層に飛び込むか。そもそもそこまでエレベーターが昇ってくれるのか。

 加熱する頭の中でできそうなことが繰り返される。サイレンの手が振り下ろされるのを見つめながら。


『いかにもその通り』


「――あ?」


 何か変な物を視界に見つけた。

 しかし、思考はシャフトを駆けた激しい爆轟によってかき消される。

 だが、それは俺たちの遥か頭上。ちょうど歯抜けの手下共が罠を張っている辺りだったように思う。


『とはいえこれは偶然の産物でしかなかろうがね。全く無計画とは非合理な』


 煙る黒煙と向こう側。火の粉にガンメタルを輝かせる機影が、こちらへ向けて影を落としていた。

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