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第74話 騎兵隊

「エグランティーヌ!」


「どうやってここが……いやそもそもなんでテメェが現れんだよ?」


 薔薇のデボス紋様にサテンが目を丸くする。

 南部砂漠はスクラッパー共すらほとんど訪れない場所であり、隊商護衛を専門とする合理主義者がふらりと訪れるとは思えない。

 しかし、銀眼鏡ことベンジャミンは、こちらのはてなに答えるつもりは無いのだろう。


『説明はいずれ必要ならば。手が足らんように見えるが、どうかね?』


「頼んでねぇ、って言いたいとこだがな」


 有能な知り合いの、それも敵対的でない登場に俺は表情を引き攣らせる。

 これがいつもの仕事なら、諸手を挙げて歓迎するだけなのだが、何せサテンの話を聞いた後だ。ベンジャミンとはそこまで仲がいい訳では無いとはいえ、自分と同じ覚悟を持たせるか、はたまた冷血に亡き者とできるかと問われれば。


『隊商護衛の眼鏡野郎だぁ? 人の仕事に余計な茶々を入れやがってぇ!』


 珍しく本気で悩む俺を後目にサイレンが吠えた。

 肝の小さい歯抜けの事だ。予定を狂わされて怒り心頭と言ったところか。

 一方のエグランティーヌはといえば、擲弾発射器を向けられた所で意に介した様子もなく、武器も構えないまま肩を竦めてみせるのみ。


『カシャッサだったか。吾輩は無粋な相手と踊る程酔狂ではなくてな。故に――』


『ぬひぁっ!?』


 汚い悲鳴は何事か。気付けばサイレンは宙を舞っていた。

 当然、先程のドアまで戻れるはずもない。どうにかフックランチャーを壁にぶつけて姿勢を立て直しはしたが、それでも下手くそがやるような激しい着地となった。

 その背中へ投げかけられるのは、まるで感情のない声。


『背中がお留守でしたね』


 独特の甲高い駆動音。ぼんやりと闇から溶け出てくるようなシルエット。

 白く吹き出した僅かな蒸気が、その輪郭を縁って見えた。


「オオノ式……お前あん時の?」


 片刃の剣を煌めかせる小型機は、静かにこちらへ向き直る。

 そして何故か丁寧に頭を下げた。


『ニコラ・ワルターです。以前はお世話になりました』


「入院してるはず、じゃなかったっけ?」


 うんうんとサテンの言葉に頷いて同調する。

 アルジャーザリーダムで怪物マテリアから貰った怪我は、そんなに軽いものではなかったように見えた。


『おかげさまで、ニコラは元気です。だから、サテン・キオンさん、貴女にお礼が言いたかった。それでベンジャミンさんに無理を言って――ッ』


 カラス女ことニコラ・ワルターが言い切る前に、爆発が黒い機体を包み込んだ。


「ニコラ!」


「カシャッサ……てめぇ!」


『へへへ、舐めやがって……良いざまだ。戦闘中にお喋りなんてよぉ』


 慌てて振り返れば、先程蹴り落とされた恨みを晴らすかのように、サイレンの手にした擲弾発射器からは白い靄が立ち上がっていた。

 しかし、腹の中から怒りが込み上げたのも束の間。


『ぬぇぁっ!?』


 カシャッサの汚らしい笑いは、爆発の煙を突き破った影に引っ込められる。

 完璧な反応など出来ようはずもない。たたらを踏んだサイレンは、その手元で擲弾発射器が綺麗な断面を覗かせていた。


『ば、馬鹿な……仕留め損ねただとォ!?』


 ギラリとカメラを光らせるオオノ式。

 爆発を躱していたことよりも、その剣の速さと鋭さの方に、俺は背中を冷たくしていた。


「居合……だっけ?」


「なんだそりゃ」


「東の国の剣術だよ。スチーマンでやる人は初めて見たけど」


 全く聞き覚えのない話に、ほえーと気の抜けた声が出る。正しくはそれくらいしか出せなかったと言った方がいいか。

 アルジャーザリーダムの時は本気でなかったのか。あるいは使える場面が限定的なのか。どちらにせよ、こいつも銀眼鏡同様、俺とまともにタイマンができるヤツと見て間違いない。


『アレの相手は、ナイトホークにお任せを』


 背中越しの囁くような言葉に、腹の中からまた複雑な感情が蘇る。

 俺に選ぶ権利は無い。だが、最初にサテンが決めた覚悟の通り、見知った者全員となるならば。


「……ありがと」


 サテンの言葉に小さく頷いたナイトホークは、ひらり軽快に駆けていく。

 その姿に、少し肩の力が抜けたのを察せられたのだろう。

 クククと小さな笑い声が頭上から降ってきた。


「あんだぁ? 気持ち悪ぃな銀眼鏡」


『失敬。して、この後は如何様になさるおつもりか?』


「こいつらを全滅させて離脱する。1人も生かさずに」


『心得た。では、エグランティーヌのダンスパートナーを募るとしよう』


 白い機体はそう言い残すと、エレベーターのドアから姿を消し、程なく遠くからも銃声が響き始めた。


「行こうヒュージ君」


「だがこのエレベーターは動かせねぇぞ。どうすんだ」


「1号エレベーターを復旧する。それしかない」


「できんのか?」


「壊れてもいい。無理でもなんでもやってみるんだ」


 全く無茶を言う女である。しかし、こいつがやると言えばできてしまいそうに思う自分も居る。

 ヘッと小さく笑ってから、俺はさっきジャンプした階層より1つ下に当たるドアを蹴破って外へ出た。


「流石に敵も打ち止めか?」


「そうだといいな。ちょっと降りるよ」


 エレベーターなんてどうやって復旧する気か知らないが、彼女は躊躇いなく俺を跨いで外へ出ようとし。


「1つ聞かせろ」


 その細い手首を掴まえた。


「何?」


「絶対の秘密なんだろ」


 結論が欲しかった。あの場で手を出さなかったとて、最後にはどうする気なのか。

 誰かを殺す事についてとやかく言えるほど、俺は清廉潔白な人間じゃない。人殺しを楽しめる程狂ってはいないが、あくまで法に反しないよう過ごしているというだけのこと。

 実際都市の外では、野盗のような馬鹿共を何人手にかけただろうか。

 だが、それでもだ。


「アイツらは、殺すのか」


 サテンはキョトンとしていた。まるで妙な事を聞かれているかのように。

 だが、俺が真顔を保っていれば、彼女はクスッと小さく笑った。


「実物を見られてないなら、いいかなって」


 沈黙。

 どっと力が抜けた気がした。まあ何となく、なにか理由をつけて逃がしそうだとは思っていたが。


「……俺も見に行かなきゃ良かったかなァ」


「アハハッ! それでもキミはダメだったよ。だって知りすぎてるからね」


「あぁそうかよ。特別扱いに大安心だぜクソが」


 目を覆いながら、早く行け、と彼女を離した手をプラプラさせる。

 つまり、あの2人にはコアさえ見られなければよしと。逆に言えばカシャッサの手下共は情報を知っていると考えろ、と。

 暴論かつ理不尽な気もするが、殺しに来ている相手と助けに来ている相手を同列に語る方が間違っていると心に落とし、俺はドハァと息を吐いた。

 のだが、その息がどうしてか至近距離から跳ね返ってきた。


「あん? どわぁ!?」


 手を退けた先。鼻が触れそうな距離にサテンの顔があった。それも妙に真剣な。


「君以外、特別なんて言うもんか」


「ちちち近ぇって! 分かったからはよ行け!」


 なにか気に入らないことがあったらしい。ただ、そういう圧のかけ方は、心臓に悪いのでやめて頂きたいと切に願う。

 我ながら、女に耐性のないことよ。

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