エレベーターシャフトの中を縦横無尽に駆け抜ける。
小型スチーマン同士の戦いは、往々にして速度がモノを言う。それもお互いに高性能な機体であればなおの事。
果たしてどのくらい駆けただろう。カシャッサの腕は侮れず、お互いに一瞬の油断が生死を分けるような状況に息が詰まってきた頃。
――地鳴り?
パラパラと降ってくる埃に、嫌な予感が脳裏を過った。
刹那、ナイトホークとサイレンの間に大きな瓦礫が降り注ぐ。
舞い上がる土埃に視界が悪くなる。最初はただ、上層の戦闘が激しさを増しただけかと思ったが。
「頭ァ! ほ、砲撃が! 味方から砲撃されて――」
エレベーターのドアから顔を覗かせて叫んだ男は、カシャッサの手下らしい。
撃破されたスチーマンから逃げてきたのか、あるいは元々生身で突入してきたのか。どちらにせよ、彼にとって守る物がないことをは不運だった。
降ってきた瓦礫の向こうに男の姿は掻き消える。おかげで、普通ではない状況がよく把握できた。
『ローラン! クソッ、ホンスビー殿!? 何をなさる!? まだこっちには自分らが――うおっ!?』
カシャッサは無線電信機を使おうとしたのだろう。だが、地下にあるエレベーターシャフトから届く範囲など限られる。
ましてや、遠く離れた位置に居るであろう砲撃の主になど繋がるはずもなく、彼は続く衝撃にクソクソクソがと地面に吐き捨てた。
『こんなはずじゃない! ホンスビー、アンタには俺が必要なはず! そう言ってただろうが!』
歯抜けのカシャッサ。彼の目には何が映っただろう。ニコラには分からない。
ただ、激情にくすみ状況に混乱する相手の懐に潜ること等造作もなかった。
「貴方もニコラと同じ道具。道具は必要なら使われ、要らないなら捨てられます」
振り抜いたナイトホークの一刀が、サイレンの持つナイフに弾かれる。
先ほどまでの彼ならば、こんな単純な不意打ちにはかからなかっただろう。わざわざ片手で振るった刃を、全力で弾く意味なんてない。
不器用な左手。その袖口から伸びた仕込みの短刀は、サイレンの腹部外装を突き破っていた。
『か……て、めぇ……』
「貴方は、貴方達は要らなかった。要らなくなった。ただそれだけのこと。悲しむ必要はありません」
シュウと小さく吹き出す蒸気。ジワリと漏れた高温のそれは、きっとパイロットの体すら蒸し焼きにしていくことだろう。
『俺は……俺は……あのゴミ山をのし上がって、いつか……いつか』
「可哀そうな道具達。ニコラもいつかは貴方たちの後を追いますから、今は、さようなら」
逆手の刃が閃いた。
強度に劣る小型スチーマンは、そのコックピットごとパイロットを切り裂かれて動かなくなる。
静かになったサイレンの姿に、ニコラは悲しみも寂しさも覚えない。
ただ、蒸気漏れに焼け死ぬ苦しむ姿を見たくなかっただけ。
道具として生きてきたニコラは、あの人たちのように優しくなれそうにもない。
■
生きるなら泥臭くあるしかない。
爆音がオーケストラの如く響き渡る中、俺とベンジャミンはどうにかこうにか、互いの愛機を這いずるようにしてエレベーターシャフトの中へと身を隠した。
「くそ、動けねぇ。まぐれ1発貰ったら木端微塵だぞ」
『地下へ隠れている以外、助かる方法などあるまいよ。より深く入ることができれば、であるが』
「エレベーターが動かねぇってのに、どうやって降りるつもりだァ?」
第一エレベーターを下ろそうとしたまでは良かった。いや、元々爆雷攻撃であちこち破損している以上よくはないのだろうが、少しばかり下降した位置で響いた爆音と地響きによって、ここまで頑張っていたエレベーターはついにピクリとも動かなくなってしまったのだ。
簡易的な塹壕と見れば悪くはない。オールドディガーにせよエグランティーヌにせよ、自力で登れるくらいの位置で止まってくれたのは幸いとも言える。
とはいえ、砲撃が続いて身動きが取れないことに変わりはなく、銀眼鏡の提案にサテンも難しそうな声を出した。
「籠城はダメだよ。分かってる入口はここしかないから包囲なんて簡単だし、水も食料も積載分だけじゃすぐにこっちが干からびる」
『うぅむ、生きるだけなら降伏した方が遥かに合理的であるか』
「バァカ、万歳したとこで結果は同じだ。頭の後ろからぶち込まれるくらいなら、木っ端微塵のがよっぽどマシだぜ」
知識のあるサテンならともかく、俺やベンジャミンを生かしておく理由がホンスビーにはない。使い道があるとすれば、先の天空牢爆破事件の首謀者に仕立て上げるくらいだろう。
どちらにせよ、勝てなければ死ぬだけだ。
「しっかし、景気よく飛ばしてやがんな。どんな車列で来てんだよ」
『アリゲーター級中型デミロコモ、だと思います』
ガションという駆動音に振り返れば、どこをどう辿ってきたのか、ナイトホークが壁際にちょんとしゃがみ込んでいた。
「ニコラ、怪我は無い?」
「よぉ、ピンピンしてて何よりだぜ。歯抜けはどうした」
『可哀想な道具はおやすみなさいしておきました』
彼女がここに来た時点で結果はわかっていた。
だが、カシャッサがいくら群れる事しか脳の無いカス野郎だと言っても、その頭目になれるだけの実力は持ち合わせている。
にも関わらず、機体にはかすり傷も見えないあたり、ニコラの対人戦能力は頭抜けているらしい。聞こえないように小さく口笛を吹いた。
『それで、相手がアルノルト・ジゼル・ホンスビーなら、ほぼ間違いないかと』
「デミロコモのことだよね? 言い切れるの?」
『前雇い主の指示で情報を集めていました。関わりのある上級議員の誰かが、個人で所有する同型の車両を貸与していた、という記録が残っています』
『それが事実ならば、防衛隊が保有する車両と同型なのも頷けますな』
ババアの下では随分便利に使われていたらしい。影というのは用心棒だけでなく、密偵まがいの真似までさせられるとは。
できれば、間違っていて欲しい情報ではあったが。
「ハァー……道理でバカスカ砲撃できる訳だぜ。完全な戦闘用だってか? ぐえっ」
爆音が聞こえたと思えば、何故か世界の上下がグルングルンとシャッフルされた。
何が起こったのか俺には分からない。そもそも、何かを理解するという頭がまるで働かなかったと言うべきか。
『生きてますか?』
「う、うぅん……だい、じょぶ?」
「アッヒャッヒャッ、目の前がチカチカしやがるぜぇ」
『無事そうですな』
星の飛ぶ視界はゆっくりとピントを合わせ直してくる。声が聞こえたあたり、サテンも似たような状況なのだろう。
頭を振ってみれば、何故だか目の前にさっきまで自分が立っていた場所が見え、コンクリートの壁面がしっかり崩壊させられていた。
「あー、至近弾だった、か?」
『この状況では、地下へ立て篭もるのが最適解かと』
冷静なニコラに、俺はゴリゴリと後ろ頭を掻きながら、ゆっくりとオールドディガーの上体を起こさせる。
動かして見た感じ、機体に大きな損傷は無さそうだが。
「いっつつ……だが、囲まれたら終わっちまうだろ?」
『否、状況が変わりましたな』
頭がクラクラしていたからだろう。遠くを眺めるようなベンジャミンの様子を見るまで、俺はその違和感に気付けていなかった。