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第77話 たった

「砲撃が止んだ……砂嵐のせい?」


 俺と同じで前後不覚が治りきらないであろうに。サテンは警戒する獣のように訝しげな声を出す。

 改めてドアの向こうへ視線を向ければ、彼女の言うように、この施設はいつの間にか砂嵐に包まれていたようだ。

 逃げるならこれ程有効な機会もないが、今の目的は敵の殲滅。むしろ砂嵐に紛れてデミロコモに接近戦を挑むべきだろう。

 そう思って段差から機体を乗り出させた時、機体の簡易センサーが聞き慣れた音を鳴らした。


『振動を察知。どうやら新たな敵スチーマンのよう、ですが……単機?』


 ナイトホークにも同じ反応があったらしい。何なら、こちらより高精度の物を積んでいるのだろう。

 機械を疑いたくなるのは俺も同じだ。


「おいおい舐めてんのか。今更たった1機で何が出来る」


 カシャッサの手下に、俺たち3人を同時に捌けるような奴はいない。否、コラシーの都市外労働者全員から探しても見つからないだろう。

 ベンジャミンも同じ考えに至ったのか、こちらを見ながら小さく肩を竦める。


『向こうの手心ならば遠慮はいりますまい。こちら我らに任せ、君らはデミロコモを叩きたまえ』


「その方がいいかな。ヒュージ君、行ける?」


 小さく口角が跳ねる。

 如何に的の大きなオールドディガーといえど、この砂嵐を隠れ蓑とすればデミロコモの狙いはつけられない。

 懐かしく腹立たしい声が思い出させてくれる。

 見かけばかりのデカブツなど、懐に潜り込んでしまえば赤子も同じと。


「ったりめぇだろ。貰ったもんは返さねぇとなァ」


『では、そのように――ぬ?』


 違和感を覚えたのは、俺が機体をエレベーターシャフトから乗り出した時だった。

 センサーの誤作動か。あるいはそれこそ砂嵐が悪さをしているのか。


『目標、急速接近。速い……!』


 疑えたのは一瞬。緊張を走らせるニコラの声が聞こえた矢先、その影は砂塵の中で煌めいた。


「ハァ!?」


 それは見たことのない中型スチーマンだったと思う。

 たたらを踏むように後ずさった寸前を、切っ先が軌跡を残して通り過ぎる。

 あまりにも滑らかに。あまりにも軽やかに。自分の知っている機械とかけ離れた、あまりにも生物的な動きで。


「待て待て待て!! なんだありゃ!?」


「作戦変更! 戦力を分散できる相手じゃない!」


 サテンに言われるまでもない。俺の頭には、本能が警鐘をガンガン鳴らしているのだから。

 咄嗟に拳を振り返すことすらできなかった。否、たとえ振っていたとしても、ただただ空を切る無駄な動きになっていただけだろうが。


『何たる機動性、これがスチーマンなのか!?』


 エグランティーヌのライフルが火を吹くも、まるで追い切れていない。あのベンジャミンがだ。

 銀に輝く流麗なボディを持ち、細く青い目を光らせる機体。見た目には中型だが、そのスピードは小型スチーマンをしてなお追いつけないのではないだろうか。

 しかし、機動力がある相手ならば相応に軽いはず。迎撃に徹していた俺たちに対し、ニコラが動いた。


『相手は単機。ニコラが回り込みます。2人は牽制を』


『任せました』


「っしゃあ! 撃て撃て撃ちまくれ!」


 数の暴力。この場合は銃口の数と言うべきか。

 俺達は持ちうる限りの飛び道具を、狙いも定めずばら撒いた。コンクリートの壁がボロボロと剥がれ落ち、勿体ないくらいの薬莢がジャラジャラと床を打つ。

 撃った内の数発が敵の装甲に火花を散らした。外装も質がいいのだろうが、しかし軽量機である以上、無視して攻勢に出るような真似はできないはず。

 回避機動に足を止めた一瞬を、鋭い夜鷹の目は見逃さなかった。


『そこです――えっ?』


 突き出された短刀は確実に奴の胴体に、外装の隙間へと滑り込むはずだった。少なくとも、俺にはそれが確定した未来だと思えていた。

 だが、あろうことか銀の中型機は振り向きもしないまま、ナイトホークの手首を掴まえたのだ。

 運動性の高さ。否、それだけではない。パイロットの腕まで狂っている。

 カァンと敵の肩に銃弾が弾ける。


「ニコラ!」


『いかん! ブローデン、援護を!』


「あっ! 待ってベンジャミンさん!」


 ギギギと軋むようにリフトされるナイトホークに、サテンの静止すら聞かず、エグランティーヌは弾かれたように跳んだ。

 流れ弾を警戒してか、ライフルを投げ捨てるや細い剣を抜き放ち。


『おおおッ!』


 相当の気迫だっただろう。

 だが、敵はそれを一瞥しただけで、次の瞬間にはガチンと派手な衝撃音が響き渡っていた。

 同時に跳ね返って倒れこむ2機のスチーマン。その姿に俺は息を呑んだ。


「……おいおいマジかよ。いくらオオノ式が軽いっつっても、片手で投げつけたりできるもんか?」


 何事も無かったかのように、敵機はこちらへ向き直る。

 普通に考えればエレベーターの上だ。ハーモニカガンをばら撒けば、いつでもハチの巣にできる距離のはず。

 なのに、何故こいつには当たる気が全くしないのか。


『脇役の相手など、造作もないことです。サテン・キオンさん』


 聞き覚えのある越えに、ピクリと耳が震えた。

 変な笑いまで込み上げてきそうになる。


「会いたくない相手とはまた会うものだね、ホンスビー検事。いや取調官かな?」


 アルノルト・ヂゼル・ホンスビー。次に会ったら顔面に拳をくれてやろうと思っていた相手が、まさかスチーマンを纏って現れるなど。


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