「砲撃が止んだ……砂嵐のせい?」
俺と同じで前後不覚が治りきらないであろうに。サテンは警戒する獣のように訝しげな声を出す。
改めてドアの向こうへ視線を向ければ、彼女の言うように、この施設はいつの間にか砂嵐に包まれていたようだ。
逃げるならこれ程有効な機会もないが、今の目的は敵の殲滅。むしろ砂嵐に紛れてデミロコモに接近戦を挑むべきだろう。
そう思って段差から機体を乗り出させた時、機体の簡易センサーが聞き慣れた音を鳴らした。
『振動を察知。どうやら新たな敵スチーマンのよう、ですが……単機?』
ナイトホークにも同じ反応があったらしい。何なら、こちらより高精度の物を積んでいるのだろう。
機械を疑いたくなるのは俺も同じだ。
「おいおい舐めてんのか。今更たった1機で何が出来る」
カシャッサの手下に、俺たち3人を同時に捌けるような奴はいない。否、コラシーの都市外労働者全員から探しても見つからないだろう。
ベンジャミンも同じ考えに至ったのか、こちらを見ながら小さく肩を竦める。
『向こうの手心ならば遠慮はいりますまい。こちら我らに任せ、君らはデミロコモを叩きたまえ』
「その方がいいかな。ヒュージ君、行ける?」
小さく口角が跳ねる。
如何に的の大きなオールドディガーといえど、この砂嵐を隠れ蓑とすればデミロコモの狙いはつけられない。
懐かしく腹立たしい声が思い出させてくれる。
見かけばかりのデカブツなど、懐に潜り込んでしまえば赤子も同じと。
「ったりめぇだろ。貰ったもんは返さねぇとなァ」
『では、そのように――ぬ?』
違和感を覚えたのは、俺が機体をエレベーターシャフトから乗り出した時だった。
センサーの誤作動か。あるいはそれこそ砂嵐が悪さをしているのか。
『目標、急速接近。速い……!』
疑えたのは一瞬。緊張を走らせるニコラの声が聞こえた矢先、その影は砂塵の中で煌めいた。
「ハァ!?」
それは見たことのない中型スチーマンだったと思う。
たたらを踏むように後ずさった寸前を、切っ先が軌跡を残して通り過ぎる。
あまりにも滑らかに。あまりにも軽やかに。自分の知っている機械とかけ離れた、あまりにも生物的な動きで。
「待て待て待て!! なんだありゃ!?」
「作戦変更! 戦力を分散できる相手じゃない!」
サテンに言われるまでもない。俺の頭には、本能が警鐘をガンガン鳴らしているのだから。
咄嗟に拳を振り返すことすらできなかった。否、たとえ振っていたとしても、ただただ空を切る無駄な動きになっていただけだろうが。
『何たる機動性、これがスチーマンなのか!?』
エグランティーヌのライフルが火を吹くも、まるで追い切れていない。あのベンジャミンがだ。
銀に輝く流麗なボディを持ち、細く青い目を光らせる機体。見た目には中型だが、そのスピードは小型スチーマンをしてなお追いつけないのではないだろうか。
しかし、機動力がある相手ならば相応に軽いはず。迎撃に徹していた俺たちに対し、ニコラが動いた。
『相手は単機。ニコラが回り込みます。2人は牽制を』
『任せました』
「っしゃあ! 撃て撃て撃ちまくれ!」
数の暴力。この場合は銃口の数と言うべきか。
俺達は持ちうる限りの飛び道具を、狙いも定めずばら撒いた。コンクリートの壁がボロボロと剥がれ落ち、勿体ないくらいの薬莢がジャラジャラと床を打つ。
撃った内の数発が敵の装甲に火花を散らした。外装も質がいいのだろうが、しかし軽量機である以上、無視して攻勢に出るような真似はできないはず。
回避機動に足を止めた一瞬を、鋭い夜鷹の目は見逃さなかった。
『そこです――えっ?』
突き出された短刀は確実に奴の胴体に、外装の隙間へと滑り込むはずだった。少なくとも、俺にはそれが確定した未来だと思えていた。
だが、あろうことか銀の中型機は振り向きもしないまま、ナイトホークの手首を掴まえたのだ。
運動性の高さ。否、それだけではない。パイロットの腕まで狂っている。
カァンと敵の肩に銃弾が弾ける。
「ニコラ!」
『いかん! ブローデン、援護を!』
「あっ! 待ってベンジャミンさん!」
ギギギと軋むようにリフトされるナイトホークに、サテンの静止すら聞かず、エグランティーヌは弾かれたように跳んだ。
流れ弾を警戒してか、ライフルを投げ捨てるや細い剣を抜き放ち。
『おおおッ!』
相当の気迫だっただろう。
だが、敵はそれを一瞥しただけで、次の瞬間にはガチンと派手な衝撃音が響き渡っていた。
同時に跳ね返って倒れこむ2機のスチーマン。その姿に俺は息を呑んだ。
「……おいおいマジかよ。いくらオオノ式が軽いっつっても、片手で投げつけたりできるもんか?」
何事も無かったかのように、敵機はこちらへ向き直る。
普通に考えればエレベーターの上だ。ハーモニカガンをばら撒けば、いつでもハチの巣にできる距離のはず。
なのに、何故こいつには当たる気が全くしないのか。
『脇役の相手など、造作もないことです。サテン・キオンさん』
聞き覚えのある越えに、ピクリと耳が震えた。
変な笑いまで込み上げてきそうになる。
「会いたくない相手とはまた会うものだね、ホンスビー検事。いや取調官かな?」
アルノルト・ヂゼル・ホンスビー。次に会ったら顔面に拳をくれてやろうと思っていた相手が、まさかスチーマンを纏って現れるなど。