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第79話 外燃式

 燃料を燃やした熱で水を沸かし、蒸気に変えて力を得る。ここまで人類を支えてきた蒸気機関の、本来あるべき姿。

 圧力を溜め込んで使う方式は、あくまで燃料が失われた現代が生んだ代替案でしかない。


「いや待て。高熱量燃料なんて馬鹿高いモンどっから――」


「アルジャーザリーダムだ」


 サテンの言葉にハッとする。

 確かにあの時、俺たちは貨車数量分という現代においてはかなり大量の石油を見つけている。

 できれば信じたくはなかった。こんなクソ野郎に利することを、自分たちが進んでしていたなどと。


『いやはや助かりましたよ。このデストリエは蓄圧併用式とはいえ、十全に動かすとなれば燃料は必須。しかし、個人では中々手に入れようがありませんので』


 額が疼く。レバーを握る拳がギリギリと音を立てる。

 ただ、俺の血管は思いのほか頑丈だったらしく、血が噴き出すには至らなかった。


「ンンン素手でもぶん殴ってやりたくなってきたぞォ」


 できることなら、本当にステゴロで決めてやりたいくらいだ。元より役人のようなタイプは、全くと言っていいほど好きになれないのだから。

 燃え上がりそうになる俺を尻目に、サテンはグッと声を低くする。


「出力じゃ勝ち目がない。でも、燃料切れを待とうとしたらこっちの圧力が先に無くなる」


「そもそも、あの速度から逃げ切れる気はしねぇぜ」


 向こうはまだ遊んでいるはず。遊んでいてなおこれだ。

 本気の攻勢に出られたら、こちらに打ち返す余裕などないだろう。

 ふむん。なんて後ろで彼女は腕を組む。


「八方塞がりだね」


「いつもの事だろ。唯一勝てるのはこっちの中身が2人ってだけだ。銃構えろ!」


「やってみる、けど!」


 考えても答えが出ないなら、行動する以外に何がある。

 ナックルプロテクター収納。射撃系と圧力分配の一切をサテンに投げれば、オールドディガーはすぐさま背中からハーモニカガンを取り出した。

 刹那。


『遅いな』


「うおっ!?」


 サテンが引き金を引くより早く、外装を弾丸が舐めて通る。

 短銃は構えられていなかったはず。しかし確かに硝煙は立ち上っており、その出所は外装に包まれた袖口にあった。


「野郎ハーモニカまで内蔵してんのか!?」


「外装に被弾。火力は小さいけど、関節とかに当てられたらヤバい」


 小さく舌を打つ。

 エグランティーヌでさえ捉えられなかった相手だ。オールドディガーのスピードでは、弾をばら撒いた所で狙いきれるものではない。

 目指すは偶然の1発。逆に向こうの弱点に跳弾でも刺さればと思ったが。


「――あっ」


 右へ左へと不器用に走り回っていた矢先だった。

 赤い警告灯が手元に灯る。


 ――圧力急低下警報。


 思い当たる先など1つしかない。どうやら戦いの女神様は、俺より向こうにキスを送ったようだ。


「げぇっ!? また蓄圧タンクかよ!?」


『呆気ない最後ですね』


「まだ! 第1タンクバルブ閉鎖、第2系統で動作圧を確立。どう!?」


 飛んでくる弾丸を両腕で防ぎながら壁際まで下がる。

 蒸気の噴出は止まっていた。しかし、やられている場所は増設された蓄圧タンクとの連結配管らしく、第1タンクの圧力は完全に失われたと言っていい。


「こりゃ厳しいな。稼働率半分ちょいだぜ、っとォ!?」


 機体を弾丸が舐めていく。如何に防御力を上げてあるとはいえ、こう雨粒の様に貰っていてはそう長くは持たないだろう。

 だが、機体を振って動いてみても敵の狙いは性格だ。


「クソが! どう足掻いても躱しきれねぇ!」


「せめて障害物が必要――場所を移そう」


「ぁあ!?」


「合わせて! 第1タンクパージ!」


 何を合わせればいいのか。聞き返す暇すら与えてもらえないまま、重石となった第1タンクが切り離される。


「蹴って!」


「あぁん!? こうかァ!?」


 言われた通り、巨大なボンベを蹴っ飛ばす。

 重さがある為そう早い速度にはならなかったが、そいつは平らな床をゴロゴロと転がっていき。

 灰色に塗装された表面を火花が舐めた。


「ぬぉぁ!?」


 ハーモニカガンの弾がボンベを貫いたのだろう。

 溜め込まれていた蒸気が一気に噴き出し、その圧力に負けて缶そのものがはじけ飛ぶ。

 これには流石の敵機も一気に距離を取った。


『ッ……小賢しい真似を』


「今!」


「無茶振りが過ぎるぜ!?」


 もがくような動きで、腰の高さほど沈んだエレベーターから1階部分へよじ登る。

 稼げた時間はほんの一瞬。しかもこっちは完全に片肺となった訳だが。


「どこ行きゃいいんだよ!? 外は砂嵐で何にも見えねぇぞ!」


「外はダメ。デミロコモに追われたら逃げ切れない。とにかく今は施設の中を」


「エレベーター2基ともほぼ使えねぇんだけど!?」


「博打、好きでしょ。とにかく、今は時間が欲しいんだ」


 こいつは俺を何だと。そんな思いが胸に去来する中、俺はとりあえず地下へ向かって伸びる斜面をクローラーで駆け抜けた。

 元は車両用の駐車場か何か、あるいは搬入口のような役目の場所に思える。明かりが薄暗いのはコアを失ったことで非常灯に切り替わっているからだろうか。

 天井が高く柱の林立するそこは、オールドディガーでも余裕で動き回れるような空間ではある。


「……神殿ってぇのは、こういう雰囲気なのかね」


「ロマンチストが過ぎるかな。私達にはうってつけだけど」


「だとしてどうす――るぅ!?」


 銃声と共に弾けた柱に、慌ててその影へ機体を滑り込ませる。


『遊びは終わりです。まさか逃げられるとは思っていないでしょう』


「思ってねぇよクソが。俺ぁ正直なんだ!」


 さっきとは違って隠れる場所はいくらでもある。

 これなら時間は稼げるだろうが。


「当てんのは無理か?」


「向こうも条件は同じだからね。このマガジンで最後だし」


「おぉう……」


 結局状況は変わらない。

 ハーモニカガンの弾倉なんて、ロングのものでも30発そこら。乱射すればあっという間に撃ち切って終わりだ。

 となれば、格闘戦による奇襲くらいしか方法も思い浮かばないが。


「左!」


「んなろぉ!」


 暗がりから飛んできた蹴りを前腕部で受け流す。

 いくらパワーがあろうとも、真っすぐに伝わらなければ痛痒には成り得ない。頭のいい連中ならそれを数字だの式だので表せるのかもしれないが、俺が知っているのは殴って効果があるかどうかという経験則だけ。喧嘩屋にはそれで十分だ。

 外装は傷ついても、フレームや蒸気管に至るような損傷を避け続ける。だが、集中力が切れるのは間違いなく俺の方が早いだろう。


「野郎、余裕ぶっこきやがって――えぁ!?」


 手からハーモニカガンが弾かれる。

 見えてはいた。体も反応できている。だが、機体がスピードに対応できない。

 睨み続けた敵の動きに、目が慣れてきているのかもしれないが、それに何の意味がある。

 視界の片隅で煌めいた中途な長さの刃に、俺は世界が減速したのを感じた。


 ――狙いは首か。


 ここへ至って、意外にもモヒカン頭は冷静だったのかもしれない。

 軌跡が見える。刃がどんな風に通って来るか。どうすれば弾けるのか。

 強い奴と喧嘩をする時、似たような感覚になったことがある。実際、ホンスビーという男が機体性能だけでないことはもう分かっているのだ。

 だからこそ、終わりだと思った。

 レバーを押し込む。だが、傷ついた相棒は俺の動きについて来ない。

 息を吐く。心のどこかで、サテンに謝っていたかもしれない、なんて。

 カァンと音が鳴った。


『む……?』


 目の前で火花が舞う。

 くるりと回転する刃。一気に短くなった剣を捨て、敵機は大きく後ろへと跳んだ。


『羽虫が。死んだフリでもしていればいいものを』


『如何せん、不器用な生き方しかできぬものでな』


 ゆらりと影の中から現れたのは、外装に派手な傷を負いながらも、ライフルを構えた白いスチーマン。

 その後ろにもう1機。二振りの片刃剣を握りしめる真っ黒の機体。


『……先ほどと同じようには、行きません』


「2人とも……どうして」


「へっ、馬鹿野郎共が格好つけやがってよ」


 2人なら或いは、などと楽観的な思考を持つには至らない。

 だが、ベンジャミンとニコラが、エグランティーヌとナイトホークが何をしようとしているかを察せない程、俺は間抜けになれそうもなかった。


「貸し1つだ。後退する、いいな?」


「……ごめん、お願い」


 薬莢が地面を鳴らし、剣が閃くのを尻目に、俺はオールドディガーを影の中へと溶け込ませる。

 何ができるかなんて分かりはしない。

 それでも可能性はある。

 何せ新しい方の相棒は、時間が欲しいなんてのたまいやがったのだから。

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