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第83話 蒸気人

「惜しかったね。いくら最新のボイラー式でも、ずっと定格出力で動き続ければ蒸気は足りなくなる。そんな状態でスチームパイルみたいに大量の圧力を消費する武器を使えば」


『この程度、燃焼を強めれば……! ブロア!』


 挑発するようなサテンの言葉に、ゴオと音を立てて黒煙が激しく立ち上がる。

 だが、熱を上げたとて湯が一瞬で全て蒸気に変わり、それが機体内部に満ち満ちる訳ではない。

 拳を振り上げて向かってきた敵機は、さっきまでのような機敏さもパワーも失われていた。


「そういうカラクリか。勉強ってのは意外と大事らしいナ」


 悠々と敵の腕を掴まえる。

 この時点で、最早勝敗は決していた。

 掴んだ腕はオールドディガーのパワーを前にびくともしない。既に片腕となっていたそれも、マニピュレータに圧を送り込めば叫ぶような軋みを挙げて変形し、関節部分の歯車ユニットがガチンガチンと火花を散らした。


『燃料戦争期の……機体……これが本来の性能……だと?』


「新型ってぇのは軽くて速ぇ。他にも色々機能は増えてんだろうよ。だが、軽さが脆さなのはいつまで経っても変わらねぇらしいな」


 弾丸を受け流すように作られた外装。いや、この場合は装甲と言うべきか。

 機動力を重視する設計は、きっと合理的なものなのだろう。蓄圧式を前提とする今の世の中ならなおの事。

 ただ、俺たちの対峙するこの場所だけは、きっと時代に逆行していた。


『……まだ、まだ』


 ギラリとカメラユニットが光る。

 腐っても元軍人らしい。バチンと音を立ててもう残った腕すらホンスビーは切り離す。

 それを前に、俺は笑うこともなく右腕のスチームパイルを起動した。


「こいよ」


『この程度の、こんな程度のことで、私はぁぁぁぁ!』


 そこに居たのは2匹の獣だったかもしれない。

 振り上げられた蹴りを躱すことも受け流すこともせず、俺に似た石頭の頭突きで跳ね返し、低く構えた右腕に力を籠める。

 圧力の解放される音。打ち出されたパイルがガイドに散らした火花が舞う。


『はは……誇りたまえ……未来は、私ではなく……貴様らを、選んだ……』


 ぽたりと流れ落ちる黒い血。

 人間の物とはあまりにもかけ離れている。だが、コックピットの直下に突き刺さったパイルを伝うそれが、俺には全く同じに見えた。

 静かに専用の引き金に指先をかける。


「――ブラスト」


 敵機の背中から、白い蒸気が噴き出した。

 駆け巡った圧力の奔流は、その高熱をもって内側を一瞬で焼き払い、同時に機械類の最も脆い部分から引き裂くように破壊する。

 ずるりとスチームパイルを抜きとれば、騎士のような敵機はただ静かに、ゆっくりと前向きに傾いで、しかし倒れることなく膝をついたまま音を無くした。


「最後はいい喧嘩だったぜ。だが、タイマンで俺に勝てた奴ぁ、あのクソジジイ以外居ねぇのさ。後にも先にもな」


 いつもの笑いすら浮かんでこない。

 やられた分の借りは返した。だから、残っているのはエースでも軍人でも役人でもない。俺に綱渡りのような勝利しか与えなかった、あまりにも強い喧嘩相手の名前だけ。

 背もたれに体を預ける。知らない内に余程力が籠っていたのだろう。滅多に感じない程の疲れと脱力感が、腹の奥から一気に噴き出してきたように思えてならない。

 だというのに、その首筋にひんやりした手が触れた。


「お疲れ様、ヒュージ君。でも、終わりじゃない」


「ああ。どうするつもりだ?」


 肩越しに振り返れば、サテンはすぐに新調した通信機のスイッチを叩いた。


「ニコラ、ベンジャミンさん、どっちか聞こえる? 聞こえてたら応答して」


 ザァと流れるノイズ。普段なら大して気にもならないが、今だけは気持ちのいい音とは思えない。

 俺達は己の意志を最後まで貫いた。だがその結果、想像以上に義理堅いお人好し共の血が流れている。

 後悔はなくとも、繰り返すサテンの呼びかけに、虚しさは拭いきれるものではない。

 それが何回か続いた頃、俺は小さくため息を吐いた。


「もうやめとけ。あの役人が見逃すとは思えな――」


『はい、ナイトホークです』


 慰めのつもりで振り返ろうとした折、ノイズの奥からハッキリ聞こえた声。危うく飛び出した荷物に頭をぶつけそうになった。


「……なんで普通に生きてんだよ」


 ホンスビーに慈悲があったのか。それとも連中の悪運が驚異的なのか。

 事情を聞いてみたくはあった。しかし、暗なる俺の問いかけに対し、ニコラははてなと不思議そうな声を出すだけ。


『ニコラもベンジャミン氏も死んでません。ダメでしたか?』


 んな訳あるか天然ボケ女。

 言いかかった言葉を呑み込むのに苦労していれば、サテンが後ろで安堵したように小さく笑う。


「ううん、よかった。怪我は?」


『ニコラは大丈夫ですが、ナイトホークはボロボロです。ブローデンさんの真似をしていたので、なんとか動きはしますけど』


 今度はこっちが首を捻らねばならなかった。

 俺の真似とはなんだ。あの何を考えているか分からない無表情の前で見せた俺の行動なんて、ほんの僅かしかないはず。しかも強敵を相手に生き残る術となると。

 そこまで考えて不意に思い当たった。


「ンンンン? もしかして俺の真似っつぅのは、死んだふりのこと言ってねぇ?」


『そんなことより問題はベンジャミン氏です』


 ビックリするぐらい不名誉なことを、そんなことで片づけられた俺の心境を誰か察して欲しい。

 が、流石にもう1人のお人好しについて問題と言われれば、話をぶった切ることもできず、またも言いたい言葉を必死になって呑み下す。いい加減喉が詰まりそうだ。

 ニコラがレシーバーを渡したのかなんなのか。少し間を置いた後、げぇほげほと派手な咳が聞こえてきた。


『あぁご心配なさらず。全身血塗れというだけで死んではおりませんよ。傷も致命傷ではありません。ただまぁ、放っておけば失血で死にますなこれ』


 ハッハッハと軽く笑うベンジャミン。

 合理的がどうのこうのとのたまう割に、腹の奥底では感情優先な銀眼鏡の事だ。より頑丈かつパワーのあるエグランティーヌで前衛を張り、ホンスビーと殴り合ったことだろう。死んだふりをしたナイトホークから意識を逸らさせようとしたとすればなおさら。

 そういう考え方は嫌いじゃあないが。


『と言う訳なので、ナイトホークが動く内にアパルサライナーへ戻ります』


「そうしてあげて。あと、タム達も来てくれてるなら、ありがとうって伝えてほしいな」


『一緒に来ないのですか?』


 相変らずニコラの声色に変化はなく、無線越しに感情は読み取れない。

 だが今頃顔の見えない向こう側では、心底不思議そうに首を傾けていたことだろう。いつも通り表情を変えないまま。

 サテンに視線を送る。彼女は眉を困ったように曲げてから、首を緩く横に振った。


「気持ちは嬉しいけど、コラシーだとお尋ね者だからね。貴方達にもアパルサライナーの皆にも、これ以上迷惑かけられない」


『では、この後はどうするつもりですか?』


「私はヒュージ君と国境を越える。そういう契約なんだ」


『それは……難しいように思います。オールドディガーは先ほど、圧力系に損傷を受けていたように思いますし』


 ヘッ、と小さく鼻を鳴らす。

 大した観察眼と記憶力だ。流石にババアが影として雇っていただけの事はある。

 おかげで少し心苦しいが。


「心配いらねぇよ。圧力の元なら目の前にある。それも大層豪華な奴がなァ」


 彼女もヘロン式という機体については調べているはず。おかげで反論材料がなくなったのだろう。

 沈黙を返すレシーバーを前に、サテンはいつもよりずっと優しい声を投げかけた。


「落ち着いたら絶対お礼に行くよ。約束するから、ね?」


『……わかりました。どうか、ご無事で』


 俺に女の友情なんてものは分からない。正しくは、友情という言葉自体理解が及んでいないと言った方がいいか。

 それでもこの2人の間に不思議な信頼関係があることくらいは、何となく察しがついている。だから、サテンの手がレシーバーを戻してようやく、フーと大きく息を吐いた。


「誤魔化せたな」


「手伝ってもらったのに悪い気がするけど、仕方ないよね」


 返事の代わりに肩を竦める。

 仕方ないどころか、今の俺達が望める中ではほぼ最良と言うべき結果だろうに。


「んで、実際どうすんだ?」


「フルトニスへ向かう。国境を越えた先の停車場で、列車を掴まえてさ」


 普通ならあり得ない作戦だ。

 元来た道を戻る最短距離で信号所へ向かったとしても、蓄圧タンク分だけではギリギリだったろう。それより遥かに距離の遠い、国境を越えた先へ行けというのだから。


「今の俺たちなら余裕ってか? ディガーも結構ボロボロなんだが」


「うん? なんなら、このまま私の家まで送ってくれてもいいんだよ?」


 何故楽しそうに面倒なやり方を勧めてくるのかこの女。

 今日に至って多少は腹の中が分かった気でいたが、何を考えているのかを理解するには到底足りないようだ。


「バァカ、んなもんお断りに決まってんだろ。なァんだってそんな疲れる真似しなきゃならねぇんだ」


「私と2人きりは嫌、かな」


 ヒュンと腹の底が鳴った気がした。


「……効率の話をしてんだよ」


 単純にからかっているだけ。分かっている、こいつはそういう奴だ。

 だというのに、何故俺はこんなに緊張しているのか。


「んー? お気持ちの方は?」


 するりと後ろから側頭部に這わされる指先に、背中がゾワりと粟立った。


「だー! 近ぇっつの! 酔っ払いみてぇな絡み方してくんじゃねぇ!」


「あっ、その言い方は傷つくぞー。ふふふっ」


 嘘つけ、と唇を尖らせる。

 そんな行動を不快に思わなくなっている自分にすら、多少腹が立っているというのに。

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