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第44話 最悪の出会い

 小鳥は、ブランドイメージキャラクターのオブジェを店舗内に運び込み、新作のワンピースを着せたトルソーマネキンの向きを整えた。


「はぁ〜、疲れた〜」


 入り口扉の上下2箇所、真鍮の門を閉めてもう1箇所を施錠する。柵に手を掛け、前後に振ってみた。防犯には念には念を入れ、これで万全だと振り向くと、背後(うしろ)で黒い人影がゆらりと揺れた。


「ぎゃっ!」

「ぎゃっ!はないだろ、ぎゃっは!」

「・・・た、拓真、さん!なんで!」

「おう、迎えに来たぞ」

「は!?」


 そこに立っていたのはだった。


「なんで拓真さんが、迎えに来るんですか?」

「そんな格好しているからだよ」

「そんな!?なにか変ですか?」


 小鳥が着ている服は、白いセーラーカラーのブラウスにトリコロール柄のスカーフ、デニムのハーフパンツ、紺色のパンプス。可笑(おか)しい所は見当たらない。


「そんなヒラヒラしたもん付けてたら女子高生かと思われるだろ!」

「ヒラヒラって、セーラーカラーの事ですか!?」

「そうだよ!」

「こんなおばさんが着てたら誰も女子高生だなんて思いませんから!大丈夫です!」

「うっ、背後(うしろ)から見たら分かんねぇし!」


 敢えて、そう言われるとやはり微妙だ。小鳥は膨れっ面をした。するとは小鳥の脚を指差した。


「脚が出ているだろう、脚が!」

「そりゃあ、脚は生えていますから出ますよ?」

「脚が!膝が!膝が見えるじゃないか!」

「膝?これくらい大丈夫じゃないですか?」

「駄目だ!また痴漢に遭っても知らないぞ!」

「ち、痴漢?」

「忘れたのかよ!」

「あーーーーーーあれね(棒読み)」


 そこで小鳥は、拓真との過去の体験を振り返る様な素振りをして、有耶無耶(うやむや)な返事をした。




 1年前 2021年夏 




 それは夏のクリアランスセールの繁忙期だった。残業を終えた小鳥は、いつもより遅い時間帯の電車に乗って帰宅した。盛夏の金曜、週末という事もあり、列車内には、ビアガーデン帰りのほろ酔いサラリーマンの姿があった。


(・・・やだ、なんで?)


 乗車客が疎(まば)らであるにも関わらず、中年男性が小鳥の隣にピッタリと寄り添って座っていた。ワンピースの太腿に触れるグレーのスラックスの生地がザラザラと気持ち悪かった。駅が近付き電車がゆっくりとスピードを落とすと、それに併せて中年男性は小鳥へと寄り掛かった。


(臭い)


 汗と煙草、アルコールの臭いが鼻についた。肩に寄りかかる脂ぎった額に怖気(おぞけ)が走った。これは明らかに意図的だと判断した小鳥は席を立ち、出入り口付近へと移動して吊り革に掴まった。


(・・え、嘘)


 窓ガラスに、その中年男性がゆっくりと席から立ち上がる姿が映り、列車の小刻みな動きに身体を揺らしながら、小鳥の隣の吊り革に掴まった。小鳥が下車する駅はまだ先だが、もう耐えられなかった。小鳥の手のひらには汗が滲み、こめかみの血管が脈打つのが分かった。


(・・次の、次の駅で降りよう)


 小鳥が吊り革をグッと握った瞬間、脇腹に違和感を感じた。中年男性の肘が脇腹に触れたと思うと、それは次第に胸の膨らみをなぞり、突起の部分で上下した。小鳥の両脚に力が入った。


(やだ、痴漢だ・・・!)


 目を閉じた瞬間、突然その不快な動きが止まり中年男性の姿が視界から消え、足元で激しい物音がした。


(えっ、な、なに!?)


 そこには、中年男性の腕を背中に捻り上げ、床に押し倒した濃灰のスーツ姿の男性の姿があった。そして気付くと肩には紺色のジャケットが掛けられ、上背のある男性が優しげに微笑んでいた。


「大丈夫?怖かったね」

「・・・・・は、はい」

「佐々木、なに呑気に笑ってんだよ!こいつ次の駅で降ろすぞ!」

「はいはい、怒鳴らなくても分かってるよ」


 周囲には、その一部始終を携帯で動画撮影する様子も見られ、濃灰のスーツの男性は「勝手に撮るんじゃねぇよ!見せ物じゃねぇんだぞ!」と声を張り上げた。


「おい、あんた!」

「わ、私ですか?」

「あんた以外に居ないだろ!あんたも次の駅で降りろよ!」

「は、はい!」


 そこまでは良かった。


 鉄道警察のパイプ椅子に座った、顔面蒼白の中年男性は、「暑さでつい、出来心でした」と項垂(うなだ)れ、警察官へと引き渡された。そこで事情聴取を受けたのが、被害者の須賀小鳥と、助けに入った2人のサラリーマンだった。上背のある、紺色のスーツを着た男性の名前は、佐々木隆二。濃灰のスーツを着てパイプ椅子でふんぞり返っている男性の名前は、高梨拓真だといった。


「おい、あんた」

「須賀です」

「あんた、そんな服、着てっから、あんな野郎に目ぇ付けられるんだよ」

「でも」

「でも、なんだよ」

「この服、勤務先で着なきゃいけないんです」

「そんなキャバクラみたいな制服があるか!」


 その時、小鳥が着ていた服は、シンプルなノースリーブの白いワンピースで、インナーが黒いキャミソールワンピースになっているデザインだった。それは黒い下着に見えなくも無い。そこで小鳥は「アパレルメーカーに勤めているんです!」と必死に説明したが、高梨拓真の眉間のシワは深まるばかりだった。


「今度から、そんな服、着るな!」

「なんであなたにそんな事、言われなきゃならないんですか!?」

「そりゃ、好きな女が痴漢に遭えば怒るだろう!」

「・・・・・・・は?」


 その場に居た誰もが「・・・は?」となった。鉄道警察の職員に「お知り合いだったんですか?」と尋ねられ、小鳥は首を横に振った。「ご存じだったんですか?」と尋ねられた佐々木隆二も首を横に振った。そこには顔を赤らめた高梨拓真が微妙な顔をしていた。





「お礼に、お茶でもいかがですか?」

「ありがとう、良いの?」

「はい」

「・・・・ふん!」

「拓真は正直じゃないなぁ」

「うるせぇ!」


 小鳥たちは駅前のコーヒーショップに立ち寄った。そこで3人は名刺交換をしたのだが、高梨拓真がいつ小鳥を好きになったのか?という話になった。最初は渋っていたが、観念したのか拓真は小鳥との出会いについて語り始めた。


「どっかで会った気がしたんだよ!」

「どこで、ですか?」

「わかんねぇよ!とにかくなんか懐かしい感じがしたんだよ!」

「・・・・・・はぁ」


 高梨拓真は、ある日列車内ですれ違った小鳥に一目惚れをした。説明する事は出来ないが、とにかく「以前、会った事があるような気がした」「懐かしい」そんな感情に囚われた。以来、駅で小鳥の姿を探すようになったと言う。


「拓真、それはストーカーじゃないかな?」

「・・・・きっ、きもっ!」

「気持ち悪いとか言うな!」


 高梨拓真は、小鳥が乗った車両に乗り込み、その横顔を見つめた。小鳥が降りる駅ではその後ろ姿を見送った。それで、今夜の痴漢、捕物帖(とりものちょう)が展開された訳だ。


「どうりで」


 佐々木隆二が、コーヒーに口を付けながら首を縦に振った。


「どうしたんですか?」

「拓真が次の電車に乗ろうって、2本も見送ったんだよ」

「・・・・・・・げっ、そうなんですか!?」

「うん、須賀さんに会いたかったんだろうね」

「黙れよ!」

「うわ・・・ドン引き」


 それが2021年の高梨拓真と、須賀小鳥の出会いだった。








「あーーーー、あの時ね、はいはいはい、思い出しました」

「なんだよ、いい加減だな。泣いてた癖に」

「それは拓真さんが泣かしたんじゃないですか?」

「・・・・・っつ」

「ほら、大当たり!」

「おまえがあんな服、着ているから悪いんだろ!」

「それは何度も言いますが、仕事着なんです!」

「キャバクラだろ!」

「キャバクラじゃありません!」


 これで、なぜ2022年の小鳥が高梨拓真を忌み嫌っていたのか、合点がいった。

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