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第45話 2021年の小鳥と拓真

2021年8月。


 痴漢から助けてくれた恩人が、実は自分のストーカーだと知った小鳥は、高梨拓真の事を警戒し、毛嫌いした。それでも拓真は気持ち挫(くじ)ける事なく、小鳥が勤務する路面店に通い続けた。


「あ、高梨さんこんにちは。今日、小鳥さん本社勤務なんですよ」

「マジか」

「マジです」

「じゃあ、これみんなで食べて」


 大の甘党でスイーツをこよなく愛する拓真は、自身の趣味と実益を兼ね、人気パティスリーの行列に並んだ。


「小鳥には内緒だぞ」


 貢ぎ物は店舗スタッフ全員に行き渡るよう公休日を配慮し、日持ちのしない生菓子ケーキではなく焼き菓子を買い求めて差し入れた。なかなかの策士である。


「ええ!?これなかなか買えない話題のカヌレですよね!」

「俺が食べたかったから、ついでに買ってきた」

「またまたぁ、これ・・賄賂ですね」

「そんなんじゃねぇし」

「分かりました!小鳥さんの勤務表、コピーして来ますね!」

「悪ぃな」

「その代わり、偶然だなぁって感じでお店に来て下さいね!」


 路面店の後輩販売員は拓真に懐柔(かいじゅう)され、小鳥の勤務表をコピーして手渡した。そして同僚たちは、拓真が来店した際、小鳥と拓真が店内で2人きりになるよう、バックヤードに退いた。


「いらっしゃいませ。高梨さん・・・・またいらしたんですか?」

「来ちゃいけないのかよ」

「ここはレディースとキッズの商品しか取り扱っていません」

「じゃあ・・・・・これくれ」


 拓真は店内を見回すと、新作入荷と表示されたポールハンガーから水色のギンガムチェックのワンピースを持ち、レジスターの前に立った。


「高梨さんがお召しになられるんですか?」

「馬鹿か!」

「彼女さんにプレゼントですか?」

「馬鹿か!おまえにだよ!」

「私に、ですか?どうしてですか?」

「おまえ、毎月、毎月、新しい服、買わなきゃなんねぇんだろ?」

「そうですが」

「1人暮らしで大変だろ、助け舟だよ、受け取れ」

「あ、ありがとうございます。というか!なんで1人暮らしだと、ご存知なんですか!」

「天の声、みたいな?」

「なに、言ってるんですか!」


(みんな、裏切ったわね!)


 後輩や同僚たちは知らぬ存ぜぬを通したが、情報流出元は明らかで、小鳥は眉間にシワを寄せた。


 そんな拓真だったが、小鳥につれない態度を取られてもなお路面店に通い詰め、月に数枚の洋服を購入し、小鳥に手渡した。小鳥も、日々、通勤電車で隣同士。吊り革を掴んで一言、二言と言葉を交わせば情も湧いて来る。自然と2人の距離は縮まった。


「よう!迎えに来たぞ!」

「あっ!またいらっしゃったんですか?!」

「なんだよ、帰り道が同じ方向じゃねぇか!ケチケチすんなよ!」

「ケチケチなんてしていません!」

「ほら、雨も降って来たぞ」

「ああああ、置き傘忘れた!」


 するとコンビニエンスストアで買い求めて来たであろう、新品の透明ビニール傘が差し出される。至れり尽くせりの待遇だった。


「あっ、ありがとうございます」

「その”距離感”いらねぇから、敬語、丁寧語、禁止な」

「そんな事、言われても」

「敬語、丁寧語禁止、守らなかったらキス1回な」

「分かりました!」

「キス1回」

「カウントしないで下さい!」

「キス2回」

「・・・・わ、分かったわよ!」

「言えんじゃん」

「無理に言わせた癖に!」




そして、2021年12月。



 すっかり葉の落ちたアメリカ楓(かえで)に、青白いLEDライトが煌(きら)めきレンガの舗道を彩った。小鳥が勤務する路面店のショーウィンドには星を形どったスノーフレークカーテンライトが灯る。


(・・・寒い、急に冷え込んで来たな)


 遅番勤務の小鳥が、悴(かじか)んだ指先で真鍮(しんちゅう)の門に施錠をすると、店舗脇のクリスマスツリーの傍らに拓真の姿があった。随分と長く待っていたのだろう。鼻先は赤く、肩には細雪が積もっていた。拓真の手は雪を払う事なくコートのポケットに入れたままで、身体は小刻みに震えていた。


「拓真さん!なにしているんですか!」

「キス1回ね」

「冗談言っている場合ですか!お店に入ってくれば良かったのに!」

「遅番、おまえ1人だろ?仕事場に客でもねぇ男が居たら、本社から叱られっぞ」

「そ、それはそうだけど」


 小鳥の顔を見て安堵したのか、拓真の身体は本格的に震え出し、革靴が忙しなく上下して舗道を踏み鳴らした。


「さみぃ」

「当たり前でしょう!連絡くれれば良かったのに!」

「どうやって?メールもLIME IDも知らねぇじゃねえか」

「・・・・あ」

「なぁ、駅前でコーヒー飲んでかないか?腹も減ったし」

「あ、そうだね!待たせたお詫びに奢るね!」

「マジか、さんきゅ」


 小鳥と拓真はひとつの傘で、足早に駅前のカフェへと向かった。歩行者信号が点滅から赤に変わった。拓真は小鳥の顔を覗き込み、歯をガタガタさせて呟いた。


「なぁ、小鳥」

「なに」

「マジ、俺と付き合ってくんない?」

「今、一緒にカフェに行くじゃないですか」

「そんな意味じゃなくて」

「分かってます」

「付き合ってよ」

「嫌です」

「なんで」

「ストーカーと付き合うなんて真っ平ごめんです!」

「もうストーカーじゃねぇし」

「そうですけれども!」


 この頃になると、小鳥も拓真の申し出は満更でもなかった。ただ、交際に踏み切るとなると、何故か怖気付いてしまう。


(・・・・なんでなんだろう?)


 それの理由は小鳥自身も良く分からなかった。邪魔をして素直に頷く事が出来なかった。


「じゃあ、LIME ID交換しようぜ」


 コーヒーを左手に、チリホットドッグを右手に齧(かぶ)り付きながら拓真は携帯電話をテーブルの上に置いた。


「あ、うん」

「これくらいなら良いだろ!?」

「分かった」

「はぁ、長かった」

「お疲れ様」

「なら、付き合えよ」

「それとこれとは別です」


 紆余曲折、小鳥と拓真はLIME IDを交換し、その距離は一歩近付いた。

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