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第46話 もしかしたら

 2021年12月、遂に拓真は、小鳥とLIME IDを交換する迄となった。それから数ヶ月、小鳥と拓真の距離は徐々に縮まっていた様にみえた。ところが、2022年4月14日の『花見』の宴会以来、小鳥からのLIMEメッセージは滞り、返信は途絶えた。


 その理由は、2022年4月15日、2024年の小鳥が”メビウスの輪”の世界にタイムリープして来たからだった。そうとは知らない拓真は厳しい面持ちで路面店の扉を開けた。


「な、なんでしょうか?」

「なんですかじゃねぇよ、なんで返事しない訳?」

「返事、ですか?」

「LIMEだよ、既読にもならねぇし、そんなに俺が嫌な訳?」

「い、嫌?」

「そう、既読無視ってやつ?」


(ら、LIMEかーーーーーー!)


 小鳥は焦った。2023年に購入したaPhoneに、2022年のLIMEデータを引き継いだ事には間違いない。けれどそれは、”メビウスの輪”の向こう側の世界での出来事だ。


「なんで既読無視すんだよ!」

「だから!そ、それは!携帯電話が水没したからです!」

「それに、なんだよ、その”距離感”!」


 拓真は腕組みをし、少年のような拗ねた顔をして見せた。


「”距離感”、ですか?」

「その敬語、やめてくんない?おまえらしくないから」

「そ、そうなんですか?」


 拓真の眉毛が上下し、口元がへの字になった。


「なに、この前のカラオケで調子こいたから怒ってんの?」

「カラオケ、ですか?」

「ラブソングメドレーだよ」

「あ、あーーーー酔ってから記憶ないなーー(棒読み)」

「マジか!!信じらんねぇ」


 拓真は力無く床にしゃがみ込み、頭をボリボリと掻いた。


「おまえさ」

「なに」

「今日、早番だろ?飯食ってこうぜ」

「・・・・・」

「あ、そうだ。ほれ、これ、いつもの」


 拓真は、ブランドロゴの入ったショップバッグを小鳥の目の前に差し出した。昼間、拓真が小鳥の為に買い求めた青い小花がプリントされたワンピースだ。


「あ、ワンピース?」

「受け取れよ、おまえの好きな青い花柄だ」

「あ、ありがとう」

「えっ!?なに、おまえやっぱりおかしいぞ!」

「な、なにが!」

「いつも、いらねぇとか言うだろ!?」

「え、えええ。そ、そうなの!?」

「おまえ、別人じゃね?」

「べ、別人!?別人って!」

「背中にファスナーでも付いてるんじゃね?」


 心臓が跳ねた。


「ファ、ファスナーがどうしたのよ!」

「ちょ、見せてみろよ!」


 拓真は小鳥の背後(うしろ)に回ると背中を繁々と眺めた。


「ねぇな」

「当たり前でしょ!」

「こう、ファスナー下ろしたら、宇宙人とか出て来るんじゃね?」

「ファスナーなんかないわよ!」

「う〜ん、なんかおかしい」


 はどちらかといえば勘が鈍く遠慮がちで、小鳥がタイムリーパーである事を瀬戸際まで隠す事が出来た。


「う〜ん、お前、やっぱ別人じゃね?」

「そんな訳ないでしょ!」

「うん、そりゃそうだ」


 けれどは勘も鋭く、容赦無くあれこれと疑問を投げ掛けて来る。


(し、心臓に悪いわ)


「まぁいいわ!ほれ、行くぞ!」

「あ、うん」

「ほれ、早く支度しろ!」

「うん、ちょっと待って」

「お先に失礼しま〜す!」


 バックヤードから、口元を緩めた後輩が顔を出した。


「お疲れ様でした!!」

「は〜いお疲れ様です!」


 小鳥は拓真の隣に並び、駅の方向へと向かって歩いた。どこからかともなく、土と沈丁花(じんちょうげ)の湿った春の匂いが漂って来る。花見に行く雑踏の中、拓真は何気に小鳥を人混みから避けた。


(歩きやすいように、庇ってくれてるんだ)


 口調は粗雑だが、見え隠れするの姿。レンガの舗道を照らす街灯の暖かい灯り。通り過ぎるタクシーの白いヘッドライトに浮かび上がる横顔は、愛しく求める拓真そのものだ。


(・・・・拓真)


 小鳥の指先は躊躇(ためら)いながらゆっくりと拓真の手に伸び、その小指に触れる寸前で悲しげに降ろされた。


「どうした、小鳥、なんか元気ねぇな」

「うん?そうかな?なんでもないよ。ちょっとぼんやりしただけ」

「今日も忙しかったのか?」

「そうでもない」

「腹、減ったのか?」

「そうでも・・な・い」


 そうでもないと言った瞬間、正直な腹の虫が「ぐううう」と鳴いた。拓真は「なんだよそれ、狙ってんのか!」と吹き出し、小鳥の背中を叩いた。


「痛いな!もう!やめてよ!」

「あれ?いつも触んなって怒鳴るくせに、お触りOKなん?」

「お触りとか言わないで!」

「へいへい」


 柳の枝が揺れる用水沿いをしばらく歩くと、雑居ビルの谷間に、人影の疎(まば)らな路地が暗がりへと続いていた。拓真は無言でその道を奥へ、奥へと進んで行く。小鳥が仰天していると、「なんだよ、来ねぇのかよ」と怪訝そうな顔で振り返った。


「どっ、どこに行くの!?」

「どこって、おまえが話してた店だよ!?」

「どっつ、どこ、店!?店って!?」

「おまえが話してた店だよ!行きたいんじゃねぇの?」


 すると、コリアンダーやクミンのスパイシーな香辛料と、小麦やチキンが焦げる香ばしい窯の匂いが鼻先をくすぐった。これは、インド料理だ。


「なんか、おまえ昨日からおかしくね?」

「えっ、ええ!?おかしいかな!?」

「飯ったら、ここなんだろ?LIMEで言ってたぞ?」

「あっ!?そうだっけ?」

「そうだっけじゃねぇよ!寝ぼけてんのかよ!」


 少しばかり声を荒げた拓真は踵を返した。革靴の音はインド料理店へと向かい一直線だ。


(・・・・・危ない、危ない)


 あれこれと訝しがる拓真。このままでは、小鳥が2024年からタイムリープして来た事が発覚する時期が早まる可能性があった。そこで小鳥は一つの仮説に辿り着いた。


(え、でも、ちょっと待って)


 2023年のは、タイムリープの事実を受け入れた翌朝、小鳥の前から忽然と姿を消し、小鳥は2024年へと連れ戻された。


(もしかして、拓真が私の事をタイムリーパーだと知ったら、拓真が消える?消えちゃうんじゃない!?)


「おい!小鳥!早く来いよ!」

「・・・・は、はい!」

「ぼんやりしてんじゃねぇよ!」

「ごめんなさい!ちょっと待って下さい!」

「敬語!キス1回な!」

「そ、そうなの!?」

「そうだよ!椅子から転げ落ちて、それも忘れたのかよ!」

「そ、そうかな〜」


(また拓真が居なくなる、そんなのは、嫌だ)


 この粗雑なに恋愛感情が芽生えるかどうかは分からない。けれど、この目の前の人物は”メビウスの輪”の世界のである事には違いない。


(拓真が居なくなるのは、嫌だ)


 2024年7月7日の交通事故を回避するには、タイムリープの事実を決してに気取(けど)られてはならない。そう考えた小鳥は、唇をきつく結んだ。

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