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第54話 2022年7月7日

 小鳥がファッションモール店に客注のブラウスを持参すると、村瀬 結 が鼻息も荒く駆け寄って来た。


「おはよう!待ってたわ!」

「おはよう、なに、このブラウス、そんなに急ぎの注文だったの?」

「そうじゃないわよ!バーベキューをするわよ!」

「バーベキュー・・・誰と?」

「損害保険会社の男性陣とよ!」

「なんでまた・・・・・・・」

「なんでまた!なんでまた!?って聞く!?そんなの、男女の健全なお付き合いの場を提供する為に決まっているじゃない!」

「健全な・・・・・・・・・・」

「そうよ!あんたには高梨がいるから良いかもしれないけれど!健全なお付き合いの場は必要よ!」

「そんな、私、拓真なんてどうでもいいし!」


 すると村瀬 結 は目を光らせ、小鳥に詰め寄った。


「ほら!いつの間にか名前呼び!しょっ中、2人で会社帰りに飲み歩いてんでしょ!?」

「飲み歩いてなんかいないわよ!食事しているだけよ!」

「ほーら、みてご覧!いつの間に付き合ったのよ!」


 小鳥は慌てて手元にあったカットソーを畳みだしたが、頬は赤らんでいた。


「付き合ってないって!」

「はぁ!?寝言は寝て言え、よ!」

「私と拓真は、そんなんじゃないから!」

「はぁ?」


 村瀬 結 は腕組みをして、小鳥に更に詰め寄った。


「なに?」

「あんた、高梨狙いのスタッフも多いんだから、気を付けなさいよ!」

「え!?そうなの!?」


 村瀬 結 は、拓真が女性スタッフから人気があるのだと言った。もそうだったんだろうか?その点については小鳥は考えた事もなかった。


「高梨も参加するんだから、あんたも参加しなさいよ!」

「なんで!」

「高梨を他の女に獲られても良いの?」

「そっ、それは・・・・それは・・・」

「嫌でしょう?」


 2人は店舗内を歩き回り、ポールハンガーに掛かったワンピースを整えた。


「ちょっとだけ・・・嫌かも」

「素直になりなよ!後悔先に立たずだからね!」

「う、うん・・・で、いつなの?」

「7月7日、夏季休暇取りなさいよ!」

「7月7日って、何曜日なの?」

「木曜日よ!」


 偶然か、必然か、小鳥は驚きを隠せなかった。と出会った日も、7月7日、そして木曜日だった。


(2022年と23年、年は違うけれど、同じ7月7日で同じ木曜日!?これもなにか意味があるの?)


「7月7日・・・・・」

「分かった!?休み取りなさいよ!」

「う、うん」

「駅のコンコースに10:30集合、変な顔してないで覚えておきなさいよ!」

「う、うん」


 その夜、長期出張中の拓真から、LIMEが届いた。




▪️おまえも参加すんだろ?


なにが (既読)


▪️バーベキューだよ!


バーベキュー?参加するよ (既読)


▪️あんま可愛いかっこして来んなよ


なんで(既読)


▪️全部言わすなよ


意味わかんない(既読)


▪️汚れるからだよ!


何、それ(既読)




 小鳥は、拓真がなにを心配しているのか、大体の予想が付いた。可愛らしい服=他の男性陣から注目を浴びるのではないかという単純明快なものだろう。


「ばっかじゃないの?」


 然し乍ら、その心配事は的中した。





2022年7月7日木曜日 10:30 駅コンコースに集合


 小鳥はクローゼットにあった青いギンガムチェックのブラウスに、デニムのハーフパンツを着て待ち合わせの場所に行った。すると眉間にシワを寄せた拓真がこちらを睨み付けている。


(げっ、なに、なに、なにか怒ってる!?)


 拓真はズンズンと小鳥に詰め寄ると、羽織っていた白い長袖のダンガリーシャツを脱ぎ、小鳥の腰に巻き付けた。


「な、なに!?」

「見える!」

「見える?」

「膝裏が見える!」

「そんな普通じゃない?」

「普通じゃない!」

「それに拓真、こんな白いシャツを巻いてたら汚れるから座れないよ?」

「この世の中には、漂白剤という物がある」

「そりゃそうだけど」


 そして拓真は、他の男性社員からその姿を隠すように、小鳥の前に立ちはだかった。


「ちょっ、前が見えないんですけど!」

「見なくていい!」

「なによ、過保護なお父さんじゃあるまいし!退いてよ!」

「駄目だ!」


 拓真は必死の抵抗を続けた。ところが、キャンプ場に行く道中は各自、車に分乗しなければならない。小鳥はと言えば、「はい、乗って乗って」と男性陣に招かれ、あれよあれよという間に、1番前に駐車した車の後部座席に乗り込んだ。そして拓真は、「高梨さん、一緒に乗りましょうよぉ」とアパレルメーカーの女性陣に囲まれ、別の車に乗る羽目になってしまった。


(・・・・・クッソ!)


 前を走る車のリアウィンドーには、両脇に座る男性社員と楽しげに会話をする小鳥の後頭部が見えた。拓真は酷く焦った。


(こ、小鳥は!?)


 新緑が眩しい、湖が広がるキャンプ場に到着すると、拓真は助手席のドアを勢いよく開け放ち、小鳥の姿を探した。


(・・・・・あっ!)


 小鳥はバーベキューの材料の下拵(したごしら)えをしていた。調理場に立つ小鳥の隣には、佐々木隆二が寄り添い、微笑み掛けている。2人は仲睦まじく、玉ねぎの皮を剥いていた。佐々木隆二は拓真の友人だが、日頃から「小鳥ちゃん可愛いね」「小鳥ちゃん、好きなタイプだなぁ」と癇(かん)に障(さわ)る事を言っていた。


(くそ!佐々木!)


 拓真は、大人気(おとなげ)なくその間に割り込む事も出来ず呆然と立ち尽くした。そこで村瀬 結 に腕を引っ張られ、バーベキューコンロの火の番を任されてしまった。


「・・・・マジかよぉ」

「なにがマジなの?」


 小鳥の恋心を知っている村瀬 結 は、悪戯心を起こして拓真をからかった。


「あらららららら、小鳥と佐々木くん、良い感じじゃない?」

「うるせぇな」

「あらぁ、ご機嫌斜めね、ほら、肉のパック開けてよ」

「・・・・・」

「気になる?」

「そんなんじゃねぇし」


 拓真は不満気な面持ちで、牛カルビメガパックのラップを剥がし始めた。


「素直が1番、ここら辺で決めとかないと獲られるわよぉ」

「誰がだよ」

「小鳥の事だってば、佐々木くんも、小鳥狙いみたいよ?」

「はぁ!?」

「え、知らなかったの?まぁ、ライバルには言わないか」

「それを早く言えよ!」

「あ、ちょっと!肉、肉!」


 拓真は、佐々木が調理場から離れた隙に小鳥の手首を握った。


「ちょっ、拓真、なに!」

「いいから来い!」


 転がる玉ねぎを跨(また)ぎ、拓真は小鳥の腕を引っ張り東屋(あずまや)の陰へと連れ込んだ。春蝉(はるぜみ)の鳴き声と、樹々の騒めき。湖の辺(ほと)りではバーベキューコンロを囲んで宴が始まった。


「なに、どうしたの」


 拓真は壁に手を突き、小鳥を見下ろした。


「俺と付き合え」

「な、なにその命令形!」

「付き合え」

「なに、いきなり」

「おまえ、俺の事、好きじゃねぇのか?」

「・・・・え、と」

「好きか、嫌いか、ここで決めろ」

「こ、ここで?」


 拓真の熱と、鼓動が聞こえそうな距離感に小鳥は顔を赤らめ、思わず顔を背(そむ)けた。


「決められないなら、俺は諦める」

「諦めるって、なにを」

「おまえが誰と付き合ってもなにも言わねぇ」

「誰かって、誰!?」

「佐々木、とか」

「佐々木さんとは玉ねぎ剥いていただけだよ!?」


 拓真は小鳥の顔を覗き込んだ。息が近い。


「好きか、嫌いか、付き合うのか、付き合わないのか、どっちだ」

「ど、どっちって」

「答えられねぇのなら、駄目って事だよな」


 不意に身体が離れ、小鳥と拓真の間に失望に似た隙間が出来た様な気がした。拓真が踵を変えようとしたその時だった。小鳥はその腕を掴み自身へと引き寄せ、爪先立ちで拓真の唇を奪った。


「・・・・ん」


 一瞬、拓真は、驚いた表情を見せたが、ゆっくりと目を閉じた。そして、その華奢な身体を強く抱き締めると、覆い被さるように深く口付けた。誰かに見られるかもしれない、そんな恥ずかしさなど忘れ、2人は互いを求め合った。


「小鳥ー!手伝ってよー!」


 遠くから自分の名前を呼ぶ声が聞こえる。それでもその唇が離れる事は無かった。

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