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第6章

第55話 迷いの小鳥①

 湖の辺(ほと)り。小鳥と拓真は線香花火に照らされながら軽く口付けた。


「今日、おまえん泊まって良いか?」

「・・・・・うん」


 バーベキューコンロの火が消されると、参加者は分担して車のトランクに折り畳みの椅子や机、パラソル、クーラーボックスを運び込んだ。そして、それぞれが車に分乗し、解散場所の駅を目指した。後部座席のシートの上には、小鳥と拓真の絡み合う指先があった。





「お邪魔しま〜す」

「はいどうぞ、お乗り下さい」


 小鳥の家までは、ペールブルーの軽自動車で移動する。車に乗り込んだ途端、車内は炭と焼肉、ニンニクの匂いが充満した。


「うわっ!くさっ!」

「これは酷いね」


 拓真が小鳥の髪の匂いを嗅ぎ、顔を顰(しか)めた。


「や、やめてよ!臭いに決まってるでしょ!」

「これはシャワーが先だな」

「シャ、シャワー・・・・」

「おまえが先?俺が先にシャワーする?」

「どっちでも」

「じゃあ、じゃんけんな!」


 拓真は満面の笑みで右手を差し出した。


「じゃんけんって、小学生じゃないんだから」

「じゃあ、あみだくじにする?」

「更に、面倒臭い事を言い出したわね?」


 じゃんけんの結果、拓真が先にシャワーを浴びる事になった。


(シャワーを浴びるって事は、やっぱり、そういう事だよ・・・ね?)


 小鳥としてはいきなりの展開だが、拓真としては1年間待たされたも同然だった。26歳、互いの気持ちを確かめ合えば当然の流れだろう。心臓の音がうるさい、小鳥は、ハンドルを握る手のひらに汗をかいた。


「あ、小鳥。ドラッグストア寄って」

「なに買うの?」

「なにって、ナニだよ。言わせんなよ、恥ずかしいな」


(ああ、ゴム製のあれね。あれ)


 急に現実味を帯びた会話に小鳥の顔は赤らみ、血管の血が逆流した様な感覚を覚えた。待つこと10分。


「・・・・・お待たせ」

「・・・・・あ、うん」


 助手席のドアを開けた拓真は、カモフラージュの為かビールやスナック菓子を山ほど買い込んで来た。そして、もうひとつの白いポリエチレンの手提げ袋の中には、Tシャツやハーフパンツ、インナーが詰められていた。然し乍ら、小鳥の目は、茶色の小さな紙袋に釘付けになった。


(あれが、あれ、だよね?)


「なんだよ、今更、嫌だとか言うなよ」

「嫌じゃないけど、緊張して来た」

「おまえ、初めてじゃない・・・よな?」

「ごめんなさい」


 小鳥は頭の中で、をカウントした。


「拓真で、3人目です」

「うおっ、意外と多いな」

「ごめんなさい」


(いえ、全員、同じ、入れ物(からだ)なんですけれど)


 そして拓真は指折り数え、やはり「小鳥で4人目だ」とと同じ事を言った。多分、ひとり多くカウントしている事だろう。どうして男性は、付き合った女性の数を多めに申告するのかは謎、小鳥は苦笑した。



ピッ



 ペールブルーの軽自動車のハザードランプが1回点滅する。繋いだ手は、車のボンネットよりも熱かった。


「・・・・んっ」


 拓真は玄関の扉を閉めるなり小鳥を求め、激しい口付けの雨を降らせた。その手のひらは既に熱を帯び、小鳥の胸の丘を忙しなく弄(まさぐ)り始めた。


「・・・あ」


 小鳥の唇から熱い吐息が漏れたが、伸ばした指先が白いポリエチレンの手提げ袋に触れ、缶ビールの冷たさで我に帰った。


「ちょっ!ちょっと!拓真、シャワーを浴びてから!」

「あ、すまん」

「もう!」

「分かったって、シャワー借りるぞ」

「はい!お貸しします!」


 バスルームのドアに叩き付ける熱いシャワー。小鳥は胸の高鳴りを抑えながらビールを冷蔵庫に入れ、スナック菓子をローテーブルに並べた。ハサミを取り出し、拓真のTシャツやハーフパンツのプライスタグを切った。次はビニール袋に入ったトランクス、小鳥はそれと、茶色の紙袋は開封せずにソファの上に置いた。


(・・・・・あ)


 チェストの上のの遺影は引き出しの中にそっとしまった。


「小鳥ー!バスタオルがない!」

「あっ、ごめん!今、出すから!」


 小鳥が慌ててバスルームに駆け込むと、そこには全裸の拓真が待っていた。小鳥は慄(おのの)いて、一歩、退いた。


「なに」

「なにって、なにが、その」

「なに、恥ずかしがる様な年齢としでもないだろ?」

「年齢は関係ないの!早く片付けて!」

「片付けるって、物みたいに言うなよ」

「良いから、早く!」

「はいはいはい、じゃあバトンタッチな」


 拓真はバスルームのドアを開け、小鳥に中に入れと促した。


「拓真!みっ、見ないでよ!」

「見ないよ、てか、今から見るんだから良いじゃん」

「良くない!覗いたら絶交だからね!」

「絶交ぅ?おまえ、今時、小学生でも言わないぞ?」





 そこで小鳥は、いつかの温泉旅館でと交わした遣り取りを思い出した。と迎える初めての夜、小鳥が、身に着けるナイトブラの色を悩んでいると、彼がひょっこりと顔を出したのだ。


『小鳥ちゃん、なにが黒なの?』

『ぎゃっ!』

『なに、そのぎゃっ!って』

『拓真!あっち向いてて!見ちゃ駄目だからね!』

『なに、どうしたの?』

『こっち見たら絶交だからね!絶交!』

『絶交って、小鳥ちゃん、それはもう小学生の言う事だよ』

『良いの!私は今、小学生なの!』


 小鳥は白のナイトブラをポーチに詰めると脱衣所に駆け込んだ。そんな賑やかしい、との記憶だ。その情景を思い出した小鳥の口元が緩んだのだろう、その一瞬を見逃さなかった拓真が不思議そうな顔をした。


「なに笑ってんだよ?」

「ん?絶交って可笑(おか)しいよね」

「とにかく!早い事シャワーして来いよ、もう待てねぇ!」

「雰囲気台無し!」

「雰囲気もなにも、早く!早く!」


 拓真は小鳥の背中を両手で押すと、バスルームのドアを閉めた。

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