湖の辺(ほと)り。小鳥と拓真は線香花火に照らされながら軽く口付けた。
「今日、おまえん
「・・・・・うん」
バーベキューコンロの火が消されると、参加者は分担して車のトランクに折り畳みの椅子や机、パラソル、クーラーボックスを運び込んだ。そして、それぞれが車に分乗し、解散場所の駅を目指した。後部座席のシートの上には、小鳥と拓真の絡み合う指先があった。
「お邪魔しま〜す」
「はいどうぞ、お乗り下さい」
小鳥の家までは、ペールブルーの軽自動車で移動する。車に乗り込んだ途端、車内は炭と焼肉、ニンニクの匂いが充満した。
「うわっ!くさっ!」
「これは酷いね」
拓真が小鳥の髪の匂いを嗅ぎ、顔を顰(しか)めた。
「や、やめてよ!臭いに決まってるでしょ!」
「これはシャワーが先だな」
「シャ、シャワー・・・・」
「おまえが先?俺が先にシャワーする?」
「どっちでも」
「じゃあ、じゃんけんな!」
拓真は満面の笑みで右手を差し出した。
「じゃんけんって、小学生じゃないんだから」
「じゃあ、あみだくじにする?」
「更に、面倒臭い事を言い出したわね?」
じゃんけんの結果、拓真が先にシャワーを浴びる事になった。
(シャワーを浴びるって事は、やっぱり、そういう事だよ・・・ね?)
小鳥としてはいきなりの展開だが、拓真としては1年間待たされたも同然だった。26歳、互いの気持ちを確かめ合えば当然の流れだろう。心臓の音がうるさい、小鳥は、ハンドルを握る手のひらに汗をかいた。
「あ、小鳥。ドラッグストア寄って」
「なに買うの?」
「なにって、ナニだよ。言わせんなよ、恥ずかしいな」
(ああ、ゴム製のあれね。あれ)
急に現実味を帯びた会話に小鳥の顔は赤らみ、血管の血が逆流した様な感覚を覚えた。待つこと10分。
「・・・・・お待たせ」
「・・・・・あ、うん」
助手席のドアを開けた拓真は、カモフラージュの為かビールやスナック菓子を山ほど買い込んで来た。そして、もうひとつの白いポリエチレンの手提げ袋の中には、Tシャツやハーフパンツ、インナーが詰められていた。然し乍ら、小鳥の目は、茶色の小さな紙袋に釘付けになった。
(あれが、あれ、だよね?)
「なんだよ、今更、嫌だとか言うなよ」
「嫌じゃないけど、緊張して来た」
「おまえ、初めてじゃない・・・よな?」
「ごめんなさい」
小鳥は頭の中で、
「拓真で、3人目です」
「うおっ、意外と多いな」
「ごめんなさい」
(いえ、全員、同じ、入れ物(からだ)なんですけれど)
そして拓真は指折り数え、やはり「小鳥で4人目だ」と
ピッ
ペールブルーの軽自動車のハザードランプが1回点滅する。繋いだ手は、車のボンネットよりも熱かった。
「・・・・んっ」
拓真は玄関の扉を閉めるなり小鳥を求め、激しい口付けの雨を降らせた。その手のひらは既に熱を帯び、小鳥の胸の丘を忙しなく弄(まさぐ)り始めた。
「・・・あ」
小鳥の唇から熱い吐息が漏れたが、伸ばした指先が白いポリエチレンの手提げ袋に触れ、缶ビールの冷たさで我に帰った。
「ちょっ!ちょっと!拓真、シャワーを浴びてから!」
「あ、すまん」
「もう!」
「分かったって、シャワー借りるぞ」
「はい!お貸しします!」
バスルームのドアに叩き付ける熱いシャワー。小鳥は胸の高鳴りを抑えながらビールを冷蔵庫に入れ、スナック菓子をローテーブルに並べた。ハサミを取り出し、拓真のTシャツやハーフパンツのプライスタグを切った。次はビニール袋に入ったトランクス、小鳥はそれと、茶色の紙袋は開封せずにソファの上に置いた。
(・・・・・あ)
チェストの上の
「小鳥ー!バスタオルがない!」
「あっ、ごめん!今、出すから!」
小鳥が慌ててバスルームに駆け込むと、そこには全裸の拓真が待っていた。小鳥は慄(おのの)いて、一歩、退いた。
「なに」
「なにって、なにが、その」
「なに、恥ずかしがる様な
「年齢は関係ないの!早く片付けて!」
「片付けるって、物みたいに言うなよ」
「良いから、早く!」
「はいはいはい、じゃあバトンタッチな」
拓真はバスルームのドアを開け、小鳥に中に入れと促した。
「拓真!みっ、見ないでよ!」
「見ないよ、てか、今から見るんだから良いじゃん」
「良くない!覗いたら絶交だからね!」
「絶交ぅ?おまえ、今時、小学生でも言わないぞ?」
そこで小鳥は、いつかの温泉旅館で
『小鳥ちゃん、なにが黒なの?』
『ぎゃっ!』
『なに、そのぎゃっ!って』
『拓真!あっち向いてて!見ちゃ駄目だからね!』
『なに、どうしたの?』
『こっち見たら絶交だからね!絶交!』
『絶交って、小鳥ちゃん、それはもう小学生の言う事だよ』
『良いの!私は今、小学生なの!』
小鳥は白のナイトブラをポーチに詰めると脱衣所に駆け込んだ。そんな賑やかしい、
「なに笑ってんだよ?」
「ん?絶交って可笑(おか)しいよね」
「とにかく!早い事シャワーして来いよ、もう待てねぇ!」
「雰囲気台無し!」
「雰囲気もなにも、早く!早く!」
拓真は小鳥の背中を両手で押すと、バスルームのドアを閉めた。