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第56話 迷いの小鳥②

 シャワーの音がバスルームから聞こえて来る。拓真は、軽口を叩きながらも緊張していた。1年間、思い続けた相手となるとその喜びは一入(ひとしお)だが、手痛い失敗をするのではないかという恐れもあった。


(落ち着け、落ち着け、落ち着け、俺!)


 ふと見ると、ソファにはTシャツとハーフパンツが綺麗に畳まれている。


(さすが、アパレルメーカー販売員)


 その隣には、未開封のボクサーパンツと避妊具が入った紙袋が置かれていた。


(さすがに、これは恥ずかしかったか)


 そう言う自身も、他人ことりの部屋で全裸である事に気が付き、恥ずかしさが込み上げて来た。ビニール袋を開封し、糊のきいたボクサーパンツに脚を通す。


(・・・・・・服はどうすっかな)


 パンツのみでソファに座って待つのも間抜けだ。小鳥がシャワーから出ればビールの一杯も飲むかもしれない。拓真は渋々、Tシャツに袖を通し、ハーフパンツを履いた。


(あ、いけね!忘れるとこだった!)


 茶色の紙袋から小箱を取り出した拓真は一瞬考え、2個の避妊具を握り締めた。


「マジ、3個準備したいくらいだわ」


 拓真はブツブツ呟きながらベッドルームのドアを開け、ベッドに腰掛けた。ふわりと柑橘系の香りが匂い立ち、鼻先をくすぐった。思わずベッドに倒れ込み、シーツの匂いを嗅ぐ。


(いやいやいや、俺は変態じゃねぇぞ!)


 気を取り直し、枕の下とベッドボードに避妊具を忍ばせた。その時、それは偶然の出来事だった。


(・・・・・・あっ!)


 整然と並べられていた文庫本に手が触れ、バサバサと音を立てて床に落ちた。拓真は慌てて拾い上げたが、一冊の白い手帳に目が留まった。端が擦り切れるまでページを捲(めく)った手帳には、見覚えのある文字が並んでいた。


(拓真?)


 それは日記帳の様で、自分の名前と日付が記されていた。


(なんだよ、これ)




2023年7月7日 

 損害保険会社とのバーベキューで拓真と初めて出会った。隣に座って焼肉を食べていた拓真が、私のジーンズにビールを溢して慌てていた。その時、LIME IDを交換した。27歳、同い年で笑顔が可愛らしい人だった。


2023年8月27日

 拓真と初めてのデートした。カフェで待ち合わせをしたけれど、拓真は30分も遅れて来た。もしかしたら来ないのかと思って不安だった。その時、LIMEで付き合って欲しいと告白された。直接言えばいいのに、笑ってしまった。


2023年9月5日

 拓真がヒナギクの大きな花束を持って来てくれた。2人で部屋中に飾った。一緒にカレー味のカップヌードルを食べた。初めてのキスはカレー味だねって2人で笑った。


2023年10月24日

 拓真の28歳の誕生日をお祝いした。拓真の好きなカヌレを積み上げてロウソクを立てた。変だねって笑われてしまった。「これからもずっと一緒にいられますように」時計をプレゼントした。拓真はとても喜んでくれた。


2023年12月24日

 クリスマスイブはケーキとチキンを準備して、シャンパンで乾杯した。雪が降っていた。その夜、拓真のアパートにお泊まりした。ちょっと痛かったけれど優しくて、初めての人が拓真で良かった。嬉しかった。


2024年2月14日

 拓真が、ホテルのレストランで私の28歳の誕生日をお祝いしてくれた。真っ赤な薔薇の花束と、K18のネックレスをプレゼントしてくれた。「結婚して下さい、僕と一緒に幸せになろう」そう言ってプロポーズをしてくれた。嬉しくて泣いてしまい、拓真が困っていた。


2024年3月15日

 拓真の実家にご挨拶に行った。すごく緊張した。お義母さんはしっかり者で、お父さんは拓真みたいに明るくて優しい人だった。黒猫のべべちゃんとは会えなかった。残念。


2024年6月15日

 拓真と結婚式場の下見に行った。ウェディングドレスの試着は2時間くらい掛かった。ペールブルーのドレスが素敵だった。タキシード姿の拓真も格好良かった。披露宴会場の予約をした。新しいホテルのメインバンケットルームはガラス張りで見晴らしが良かった。来年の7月7日、結婚式が待ち遠しかった。


2024年7月1日 婚約指輪が仕上がったとジュエリーショップから連絡があった。


2024年7月7日 拓真命日。




(命日?命日っては死んだのか?)


 そしてその日記は再び2023年に戻った。


(まだ、あんのかよ)




2023年7月7日

 損害保険のベーベキュー、異性間交流会に参加した。機嫌が悪そうな拓真と再会した。笑った顔は前と同じで可愛らしい。携帯電話を忘れて来た拓真は、クッキーの箱に携帯電話番号を書いて渡してくれた。


(・・・・再会!?)


2023年7月23日

 拓真とカフェで会った。今回は、雨の日だった。相変わらず拓真は30分遅刻して来た。お詫びにと、小鳥のストラップをプレゼントしてくれた。LIME IDを交換した。その後、LIMEで「付き合って下さい」と告白された。と同じで笑ってしまった。


(前の、ってなんだ?)


2023年8月22日

 拓真が大きなヒナギクの花束をプレゼントしてくれた。今回は大きなガラスのフラワーベースを準備しておいた。私の部屋でカレーライスを一緒に食べて、拓真のアパートまで車で送った。初めてのキスをした。また、カレー味のキスだった。


(・・・・・ヒナギク、今回は準備したってどういう事だ!?)


2023年9月1日

 コンビニの福引抽選会で特賞が当たった。温泉旅行1泊2日、拓真も喜んでいた。拓真と肉まんを半分こした。夕飯のおでんは美味しかった。


2023年9月22日

 拓真と温泉旅行。部屋に露天風呂があって驚いた。夕飯の御膳が豪華でとても美味しかった。拓真とはキスだけで、手を繋いで眠った。


2023年10月20日

 カフェで拓真の誕生日をお祝いする。ムーンフェイズの時計をプレゼントした。この時計と一緒に、2024年7月7日を超えようと思った。


(2024年、7月7日!?2年も先の事じゃねぇか!?)


2023年10月30日

 合同学園祭に行った。北國経済大学のライブラリーセンターを見たけれど、あの図書館には絶対、行った事がある。その後、ハロウィンパレードに参加した。ドラキュラ伯爵に2人で写真を撮って貰った。


2023年11月15日

 拓真の実家にご挨拶に行った。相変わらずお義母さんはしっかり者で、相変わらずお義父さんはお義母さんに叱られていた。黒猫のべべちゃんは私の事を憶えていてくれた。嬉しかった。


(憶えていてくれた!?べべが!?なんで俺んちのべべを知ってるんだ!?)


2023年12月8日 拓真と初めてケンカした。


2023年12月13日 拓真がオリーブの指輪をプレゼントしてくれた。「このシルバーの指輪が燻(くす)むまで一緒にいて下さい」と言って、プロポーズしてくれた。初めて拓真のアパートにお泊まりした。


(また!?また!?2度目のプロポーズ!?)


2023年12月14日 拓真が消えた。




(・・・・消えた?消えたってなんなんだよ?)


 拓真にすれば、自分の名前の隣に、”命日”だの、”消えた”だのと物騒な文字が並んでいるのも気味が悪かったが、一番の疑問はどの事柄も2023年、2024年と、未来の出来事ばかりだ。


(それに、28歳!?小鳥はまだ25歳だよな?)


 理解不能な事が多すぎる。


(それにって、どういう意味だよ?何人、拓真がいるんだよ?)


 それにしてはあまりにも具体的すぎる。手帳を読んでいた拓真自身、その事柄を追体験しているような気さえした。


ガチャ ギィ


 その時、バスルームのドアが開く音がした。拓真は慌てて白い手帳をベッドボードに片付けるとリビングルームのソファへと移動した。


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