目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

第66話 5月4日①

 村瀬 結 の言うところの『異性間交流』は、近場のキャンプ場でバーベキューを楽しもうという事になった。


「ゆ、結・・・これから来る人達は何科なの?」

「あれ?言ってなかった?」

「私も聞くの忘れてた」

「えーと、経済学科だったと思う」

「け、経済学科」


 拓真と佐々木隆二は経済学科に通っていた。小鳥は緊張のあまり、待ち合わせの駐車場でしゃがみ込み携帯電話を握った。刻一刻と待ち合わせの時間が迫り来る。女子大学生達は身なりを整え、口紅を塗り直し始めた。小鳥にそんな余裕はない。


「小鳥、なに座ってんのよ。チュニック、シワになるわよ」

「しわしわのプーでも良いの。立ってられない」

「どうしたの、緊張してんの?」

「・・・うん、倒れそう」

「あぁ、あんた女子高等学校卒だったわね」

「・・・うん」

「今まで、彼氏とか居なかったの?」

「・・・うん」

「他校の仲良い男子とか」

「いない」

「駄目だこりゃ」


 村瀬 結 は、小鳥の顔色が悪いのは、男性に免疫が無いからだろうと勘違いをした。然し乍ら、小鳥の中身(こころ)は、2024年の28歳で、男女の酸いも甘いも(すいもあまいも)既に経験済みだ。小鳥の顔色が優れない原因は、2人の男性が居るか居ないか、そこが問題だった。


(この流れでゆくと、拓真か佐々木隆二が現れる確率は限りなく高い!)


 悶々と頭を抱えていると、数台の乗用車が駐車場の路肩に横付けされた。ドライバーは2年、3年の先輩だと聞いた。1台、2台と乗用車の後部座席のドアが開いてゆく。小鳥はその光景を固唾(かたず)を呑んで見守った。


(・・・・違う、違う!違う!拓真じゃない!あれは佐々木隆二・・じゃない!)


 小鳥が、期待と不安が入り混じった微妙な溜め息を吐いていると、赤信号で遅れを取っていた乗用車が、勢い余って縁石に乗り上げた。運転席から降りた男子大学生が、バンパーに傷が付いていないかと屈み込んで見ている。


(・・・・!)


 その時、運転席側の後部座席のドアが開き、上背のある見栄えの良い男子大学生が身を乗り出した。周囲が騒めき、その名前を呼んだ。


「やだ、佐々木さんだ!」

「佐々木さんも参加してたんだ、ラッキー!」


 佐々木隆二は2023年と同じく、女子生徒から人気があった。この佐々木隆二も軽口で愛想が良いのだろうか?


(もしかしたら、拓真も・・・いる?)


 その時、車体が傾き、助手席側の後部座席が開いた。黒いスニーカーがアスファルトを踏み、ジーンズに黒いTシャツ、濃灰の長袖シャツを肘(ひじ)まで捲(めく)り上げた、愛おしい面差しが乗用車から降りて来た。


(拓真・・・・!)


 だ。


(拓真が、居た)


 小鳥は、思わず急に立ち上がり目眩(めまい)を起こした。間一髪のところで村瀬 結 がその肩を支え事なきを得たが、その動作が皆の注目を集め、佐々木隆二と拓真も振り返った。


(や、やばい!)


 小鳥は視線を逸(そ)らすと柱の陰に身を隠して深呼吸をした。


「小鳥、あんたなにやってんのよ」

「や、ちょっと。ごめんね、ありがとう」

「良いけど、なんだかちょっと変じゃない?」

「そうかな」

「うん、なんて言うか・・・挙動不審?」


 このままでは逆に目立ってしまう。


(・・・そうよ!私達、まだ出会っていないんだから!)


 唾を飲み込んだ小鳥は他の女子大学生に紛れ、一番後ろに停まっていた軽自動車に乗り込んだ。助手席に座った村瀬 結 は、運転席の男子大学生と談笑している。


(・・・・拓真だ。拓真が居る)


 小鳥の隣にも男子大学生が座っていたが、小鳥の心はここに在らずで、前を走る車のリアウィンドーに映った、の後ろ姿を凝視していた。


「小鳥、小鳥どうしたの?」

「なに?」

「黙り込んじゃって、なに、車酔いでもした?」

「ううん。大丈夫、そんなんじゃ無いから」


 黙(だんま)りを決め込んでいた小鳥は、村瀬 結 に話し掛けられて我に帰った。隣には困り果てた男子大学生の面立ちがあった。


「あ、ご、ごめんなさい!」

「いや、良いよ」

「ちょっと緊張しちゃって」


 そこで村瀬 結 が「この子、誰とも付き合った事がないんですよ」と要らぬ情報をリークした。すると男子大学生は目を輝かせ、小鳥へと向き直った。


「へぇ、そんなに可愛いのに、どうして?」

「可愛いなんて言われた事ないです」

「可愛いよ」


 その男子大学生は、歯の浮くようなセリフを続けた。


「で、なんで?同級生とか、部活の先輩とか居なかったの?」

「あ、高等学校が・・・・女子校だったんです」

「そうなんだ」

「はい」

「じゃあ、自己紹介。僕の名前は田中吾郎たなかごろう、経済学科の2年生なんだ」

「え」


(田中吾郎!?)


 田中吾郎。田中吾郎は、2020年、24歳の小鳥が、図書館で司書として勤めていた時に、待ち伏せや付き纏(まと)い行為を繰り返していた、所謂(いわゆる)ストーカーだ。


(そ、そう言えば)


 眼鏡を外して髪の毛量を多くし、目尻や口元のシワを消せば確かにその面影がある。まさか、この”メビウスの輪”の世界で再び出会うとは思いも寄らなかった。


(これはもう・・・オールスター、全員集合状態、神様!?どう言う事ですか!?)


 小鳥は思わず座面を後退(あとずさ)りし、田中吾郎から距離を置いた。


「君、名前はなんて言うの?」

「須賀です」

「下の名前は?須賀なにちゃん?」


 怖気(おぞけ)が走った。今、この瞬間にでも、自分の膝にその手のひらが乗るのではないかと、足元が震えた。


「こ、とりです」

「なに、聞こえなかった」

「須賀小鳥です」

「小鳥ちゃん!可愛いね!どんな漢字?」

「小さな、鳥です」

「そのままなんだね」

「・・・・はい、すみません」


(・・・・あ!)


 小鳥は気付いた。この遣り取りには覚えがある。2023年7月7日、キャンプ場に行く車内でと交わした会話だ。シチュエーションは違えどなぞった様にまるで同じだった。


(また、また色んな事が重なっている・・・似ている)


「小鳥ちゃんは何学部なの?」

「教育学部です」

「ふぅん、将来はなにになるの?」

「と、図書館司書を目指しています」

「へぇ、奇遇だね!僕達、読書サークルなんだよ、な?」


 運転席でハンドルを握っていた男子大学生がルームミラー越しに「そうだ」と微笑み、首を縦に振った。


「ど、読書サークル」

「うん、小鳥ちゃんはどんな小説を読むの?やっぱり恋愛とか?」

「ミステリーです」

「へぇ、意外だなぁ」


 高梨拓真、異性間交流会、キャンプ場、バーベキュー、北國経済大学経済学科、読書サークル、全てのカードが揃った。やはり小鳥と拓真は巡り合う運命なのだろうか?


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?