2日後、颯玄は上原と一緒に湖城と約束した時間の少し前に辻を訪れた。
「おい、大丈夫か? この前、湖城さんの実力は見ただろう。あれから俺も考えたが、もう少し経験を積んでからのほうが良いんじゃないのか? お前も弱くない。それは戦った俺が知っている。だが、相手は掛け試しで、実戦で腕を磨いている。お前にはそれが無い。経験の差が出てくると思う。今日は一旦引いて、改めて挑戦するというのはどうだ?」
上原は颯玄の身を案じ、忠告した。でも、颯玄は聞く耳を持たない。
「俺は今、祖父から稽古を止められている。また稽古に復帰すれば、掛け試しに挑戦できなくなるかもしれない。今の内しかないんだ。もし今回のことが知られて、本当に破門になればそれはそれで仕方ないことだと覚悟している。いずれはいろいろな武芸者とも立ち合い、経験を積んで行こうと思っていたんだ。もしもの時は、その踏ん切りがついたということで考えようと思っている」
颯玄は上原の目を見ず、まっすぐ正面を向いて答えている。その様子に上原は今の颯玄には何を言っても無駄と感じ、それ以上は何も言わなかった。上原としては今日の掛け試しが無事に終わってほしい、ということを願うのみだった。これまでの事例では掛け試しで大怪我をし、治るまで時間を要したという話や、空手そのものができなくなった、ということを聞いている。だからこそ、颯玄がそうならないように注意したつもりだが、何を言っても無理だと感じたから、今はもし怪我をしたらすぐに医者の所に連れていく、という気持ちになっていた。
しばらくして湖城がやってきた。気が付けば周りは前回以上の人だかりになっている。湖城に挑戦した若者がいるということが話題になり、うわさを聞き付けた人たちが集まったのだ。
湖城は颯玄の方を見て、少し微笑んでいる。逃げずにやってきたという勇気を讃えているのか、不遜な感じはしない。その様子に颯玄だけでなく、上原の緊張も少しほぐれた。
だが、それは戦いに手を抜くということではないし、そういう姿勢は相手にとって失礼だ。掛け試しという性格上、互いに持っている技を出し合い、その上で相手を認め合う、というところを前回の試合を見て感じ取っていた颯玄は、これから始まる本格的な戦いに心が躍っていた。
「さあ、始めようか」
湖城はこの世界の先輩として颯玄を促した。周りからはざわめきが聞こえる。あいつが湖城の挑戦者か、と言った声も耳に入ってくる。ここでは無名の颯玄だから無理はないが、そういう声を耳にすることでますます闘志が湧いてきた。
両者は対峙し、前回のように礼を交わした。