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第59話 見舞い

「多分普段は近づけなかったんだよ。護衛が強いから攫えないって言ってたから」


 シャールの言葉にヤンはギリッと歯噛みする。


「実は以前も城の側をうろつく男を見たんです。

 その時に追いかけるべきでした」


「もういいんだ。あんなとこまで薬草を取りに行きたいってわがまま言った僕が悪かったんだから。ごめんなさい心配かけて」


 ーーーーーーーーーーーーーーー


「いえ、より一層気を引き締めます。けれどシャール様の知り合いということは貴方が生きてるとバレてしまったんですよね。皇太子に伝わらないか心配です」


「そうだね。やっぱり死んだことにするなんて無理があったのかもね。でもそのおかげで僕はここまで回復できたし色々と考えることも出来た。お祖父様やヤンに会ってすごく幸せにも過ごせたよ。だからこれからのことはちゃんと自分で解決する」


「シャール様……」


 他国に逃げるか、奇跡が起きて息を吹き返したと話をでっちあげるか。

 けれどもう王都には帰りたくないのでアルジャーノンさえ良ければ他国で暮らしたい。


 ……そうだ、アルジャーノン。

 どうしてるんだろう。


「ヤン、お祖父様から手紙は来てない?」


「そうですね、まだ届いてないようです」


「そっか……」


 お祖父様が王都に用事があると聞いたので僕はこっそりとアルジャーノンが元気か見てきて欲しいとお願いしたのだ。


(まさか病気になったり怪我をしたりしてないよね?父上に聞いても知らないとしか言ってくれないんだから。ほんと薄情。まあ父上は僕とアルジャーノンのことは知らないからあんまりしつこく聞けないんだけどね)


「はあ……」


 思わずついたため息を疲れのせいだと思ったヤンは、食事にしましょうとシャールを部屋から連れ出した。


「今日はシェフがシャール様の好きなパンプティングを作ると張り切ってましたよ」


「ほんと?嬉しい。それを聞いてお腹すいてたの思い出した」


(とにかく今はデモンのことは忘れよう。そもそも僕が王都に戻ることなんてないんだから)


 階段を降りると既にいい匂いが部屋中に立ち込めている。シャールはその匂いに意識を向けて皆が待つ食卓についた。







「今日も会えないとはどういうことだ!!」


 ゴートロートの怒号が公爵家に響き渡る。

 王室からの遣いが『ひっ!』と小さい悲鳴をあげて体を縮こまらせた。


「も、申し訳ございません。本日陛下はとりわけご体調が芳しくなく……」


「その言い訳は昨日も聞いた!一体いつになったら会えるのだ!」


「それはその……皇后陛下が確認されているので……」


「そもそも見舞いに行くのだから具合が悪くて当たり前だろう!もういい、勝手に行くことにする」


「ああっ!ゴートロート侯爵様!どうか……」


「うるさい!お前はもう帰れ!!」


「は、はいいっっ!」


 恐れをなした使者はこけつまろびつ公爵邸を後にする。その後ろでアルバトロスが堪えきれず高笑いをしていた。


「叔父上のそんな姿を見たらシャールはどれだけ驚くでしょうね」


「なに?お前は叔父を脅す気か?もちろんシャールには黙っていてもらおう。なにしろ私は優しいお祖父様だからな」


 優しいお祖父様……そんな言葉を王都の貴族たちが聞いたらどんな顔をするだろう。想像だけでまた笑いが込み上げてくる。

 ゴートロートは善人だが曲がったことが大嫌いで、王都の社交界にいた頃は陛下にさえ意見する容赦のない鬼神様と呼ばれ恐れられていたのだ。


「でも確かに正式な謁見要請をのらりくらりとはぐらかす皇后のやり方は腹に据えかねます」


「ああ、そうとも。陛下が病で口出しできないのをいいことにあの女狐がこの国を好き放題しておる。そのせいで他国に移住する貴族も増えていると聞いているが」


「……おっしゃる通りこの国に見切りをつけた貴族たちが他国に移住してます。しかも他国に行っても生活出来る経済基盤があったり力を持ったものばかりが出て行ってしまうので後に残ったのは自分では何もできず皇后に擦り寄り虎の威を借るだけのクズみたいな奴ばかりです」


「そうか……。それならもうこの国の貴族は皇后の言いなりだな」


「ええ。この国の未来を憂いて去りがたいと言っていた家門まで見切りをつけようとしています。このままでは他国に攻め入られたらひとたまりもありません」


「そこまでになっとったとはな……。ここは一つ陛下の病を早急に完治させて建て直さないといかんな」


「それが出来るのは叔父上だけだと思ってます。もちろんミッドフォード公爵家も全力でサポートしますので」


「お前の覚悟は分かった。私も可愛い孫のためにもう一働きするかな」


「はい、お供します」


(しばらくはシャールのところに帰れそうにないな)


 ゴートロートはシャールも見ているであろうよく晴れた空を見上げて寂しさを押し殺した。





「どういうことなの!」


 皇后ベラはミッドフォードに遣いにやった使用人に向かってカップを投げつけた。それは男の頭に当たり、顎に向かって鮮血が流れ落ちる。


「そ、それが大層お怒りになり……」


「それをおさめるのがお前の仕事でしょう?!こちらに向かっていると伝達があったのよ!断れと言ったのに何をしてたの!」


「申し訳ありません。お許しください」


 男はぶるぶると震えながら涙を流して額を床に擦りつけた。


「役に立たないゴミはいらないわ。地下牢に放り込みなさい!食事も出すんじゃないわよ。苦しみながら餓死させなさい」


「はっ」


 兵士が男を引きずり部屋から出ていく。男は諦めたのか黙ってそれに従い去って行った。


「本当にどいつもこいつも使えないんだから。それにしてもあのおいぼれ本当に来るつもりかしら」


 ゴートロートとは若い頃何度か面識がある。前皇后が消えた後、さっさと後釜に入ったベラをよく思っていなかったようで何かにつけて注意を受けた。

 当時、ベラにとってゴートロートは陛下や自分の親よりもずっと怖い存在だった。それが今から自分を訪ねてくるという。


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