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第61話 囚われの

「やれやれ、しばらく田舎暮らしをしておるとこんなにも世の中は変わるのだな」


「……不甲斐なく申し訳ありません」


「お前のせいではないよ」


 ゴートロートはアルバトロスの肩をぽんぽんと優しく叩いた。


「まずはアルジャーノンだが流石に皇太子妃候補の部屋に押し入ることはできん。なにか名目を考えるとしよう。皇后に目をつけられている今、ことを急いても得はない」


「承知しました。城内にスパイを潜ませます」


 二人は今後の作戦を練るために公爵邸に戻ることにした。







「シャール様。お手紙が届きましたよ……まあ!何ですかそのお顔は!」


 シャールの使っている作業部屋に入って来たマロルーはシャールの余りの汚れぶりに驚いた声を上げた。


「ごめんなさい。この実が爆ぜちゃって中の汁が飛び出したんだ」


「早くお召し物を……ああ、それよりお顔にも沢山ついてらっしゃるのでお湯をお使いください」


「まだ途中だから終わってからにするよ。それより手紙?お祖父様から?」


「はい。こちらに置いておきます……あっ!シャール様!お行儀の悪い」


「ふふっ早く読みたかったんだもん!」


 マロルーの手から掠め取るようにして開いた手紙を、シャールは食い入るように眺める。そこには戻りが遅くなることやシャールの体調を心配する文字が並んでいるが待ち望んでいた報告は記載されていなかった。


(まだ行ったばかりだもんな。忙しくてアルジャーノンには会えてないのかも)


 落胆した様子で紙を畳むシャールをマロルーは心配そうな顔で見守っていた。


「マロルー、お祖父様はもう少し帰りが遅くなるみたいだよ」


「そうですか……それは寂しい知らせですね」


 シャールの浮かない表情はそのせいだと思ったらしい。早速気晴らしにピクニックや散歩を勧められた。


「ありがとうマロルー。でも僕やらなきゃいけないことがあるから」


「そうですか、あまり根を詰めないでくださいね。何かあればいつでもお声がけください」


「うん、ありがとう」


 静かに閉まるドアの音を聞きながらシャールは椅子に腰掛けた。……一目でもいいアルジャーノンに会いたい。手紙でもいい、せめて元気でいると知らせが欲しい。


「もしかして僕のことが面倒になっちゃったのかな。そりゃ死んだはずの人間なんて王都にも連れて行けないし一生隠れて暮らすなんて普通は嫌だよね」


けれど好きだと言ってくれた時の優しい匂いを信じたい。シャールは頭を振って嫌な考えを振り切った。


「うん、クヨクヨするのは僕らしくない。今は自分に出来ることをしよう」


 こくんと頷くと長い銀の髪が一緒に揺れる。アルジャーノンはこの髪がとても好きだと言っていた。


「まずは解毒剤を作る。そして父上に陛下の病状を確認してもらって薬を託そう」


 簡単にいくとは思えないが準備をするに越したことはない。シャールは手元の遮光瓶に花のエキスを少しずつ抽出していった。






 ……もう何日経っただろうか。

 アルジャーノンは真っ暗な部屋でただ時を過ごしていた。


 何日どころではない。恐らく何ヶ月も経っている。いずれ誰かが見つけてくれることを信じていたが、まるでその気配がないことに焦りは増していくばかりだ。


  しばらくすると物音がして食事を持ったルーカが現れた。最初は拒否していた食事も(ここで死ぬわけにはいかない)という思いから大人しく食べることにした。


「遅くなってごめんねアルジャーノン。ご飯の時間だよ」


 今日もルーカは派手な化粧とドレスを身にまとい笑顔でアルジャーノンの前に現れる。

 そして食事を与え、独り言のような会話をして気が済むと部屋に戻るのだ。

 アルジャーノンは一切言葉を発しない。けれどルーカは苛立ったり怒ったりもせず、ただぬいぐるみでも愛でるように優しい目でアルジャーノンの世話をしていた。


「そろそろ体を拭きたいよね。後で用意させるね」


ルーカはのんびりとアルジャーノンに語りかけている。


 ……正直逃げようと思えばいつでも逃げられる。このままルーカを突き飛ばし部屋から出るのなんて簡単な事だ。けれど逃げればシャールに危害を加えると脅されている以上、ここで黙って過ごすしかない。

 ルーカはシャールがいる場所を知っており、さらにいつでも殺せるように近くに味方を潜りこませていると言ったのだ。  


「もういらないと思ってたんだけどね」


 ……どうやら今日はまだ話し足りないらしい。

 アルジャーノンは無表情で肉の破片を咀嚼した。


「また子供ができたんだ。できてみたらやっぱり可愛いよね。今度こそちゃんと育って生まれて欲しいな」


 その顔は聖女のように光り輝いていた。しかし『また』の意味を知らないアルジャーノンはその言葉に意味を見出すこともないし興味も関心もない。

 ただ黙って嵐のような今の己の境遇が変わるのを待つばかりだった。


「アルジャーノン。僕の可愛いお人形。これからもずっと側にいてね」


 そんな地獄のような呪いを耳に受けながらアルジャーノンはひたすらシャールのことだけを考え続けた。





 夜も更けた頃、皇后の部屋を訪ねたのは皇太子のセスだった。


「失礼します。何かご用でしょうか」


「まったく今何時だと思ってるの」


「お呼びになったのは皇后ですよね。俺は忙しいので、簡単に来られるわけではないんですよ」


 その言葉にベラはため息をついた。

 セスが忙しいのは、いろいろな女と遊び歩いてるからだと知っている。けれどこんな風にすねていてもこの国の国王になれるわけではないのだ。


「セス、いい加減にしなさい。あなたはこの国の皇太子なのよ。それもたった1人のね」


 その言葉を聞いて、セスは側にあった机を拳で思いっきり叩いた。


「母上!まだそんな事を言うんですか?俺に国王になって欲しいのであれば、どうしてあんなことを教えたんですか!俺は死ぬまで知りたくなかった!」


「あのことと言うのはあなたがアルファではないと言うこと?」


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