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第62話 前皇后の秘密

「そんな……何でもないことのようによく言えましたね?この間まで俺にさえ隠していたくせに。しかもルーカにアルファの子供を産ませるためにお腹の子がベータであれば引き摺り出して始末してるなんて!」


「仕方ないじゃない。ベータの子供は王室にはいらないの」


なんでもないことのように淡々と話すベラに、セスは嫌悪感しか感じない。それにベータの自分を前にしてベータの子供はいらないなんて。自分の言っていることを理解しているのだろうか。

セスの胸の中にどろどろと鬱屈した物が渦巻いていく。


「俺がアルファじゃないのにアルファの子供なんて生まれるわけないでしょう」


「落ち着きなさい。オメガはね相手がアルファじゃなくてもまれにアルファの子供産むの」


「そんなの、ただの言い伝えだ!そうやって、これから先もできた子供を全部その手にかけて生きていくんですか?!」


「そうよ。なんとしてでもアルファの子供を作らないといけないの」


話は堂々巡りだ。セスは椅子にどかりと腰を下ろし大きなため息をついた。


「それなら母上が子供を産めばいい。オメガなんだから相手が父上じゃなくてもアルファを産めるんでしょう?もう俺は少しずつおかしくなっていくルーカを見てるのは嫌なんだ!」


「産まれないわ」


「え?」


「生まれないのよ。だって私はベータだもの」


「えっ……?何を……」


「私はベータなの。オメガじゃないのよ。この胸の印は刺青なの」


だから貴方がアルファじゃないのは当然でしょ?とでも言うようにベラはセスに告げる。


「そんな……何のために……?父上は知ってるんですか?」


「もちろん知らない。そんなこと言う理由がないわ。だって私は陛下を愛してたもの。刺青でも偽物でもこれがあったから、陛下は私を皇后にしてくれたのよ」


「母上……」


「前の皇后はね、城を出た時お腹に子供がいたの。市井に下って一人で産んだのよ。アルファとオメガの子だからおそらくアルファだわ」


「そんな……そんなこと今まで聞いたことない!」


「子供を産むのを手伝った平民の産婆がそのことを人に話して、私の耳にも入ったの。陛下は倒れる前にその話を聞いて血眼になって探していたわ」


「それで?」


「見つかる前に陛下は病気になってしまったからまだ見つかってないわ。でも恐らくそうだと思う男は分かってるの。今は平民として畑を耕して生きてるけどもし本物ならその子が第一王位継承者よ」


「……もうその人が王になればいい。俺はそんな器じゃない。それに俺は王族には必要ないベータだ」


もう嫌だ。

セスにはこの生活から逃げたいと思う気持ちしかなかった。


「本気で言ってるの?じゃあシャールがその男と結婚して皇后になってもいいの?」


「は?何を言ってるんです?シャールはとっくに死んでしまったじゃないか」


「それがね、見つかったのよ。ゴートロートの城に匿われているわ。バリアン男爵が調べてくれたの」


それを聞いてセスは体が震えるのを感じた。……シャールが生きてる?もう一度シャールに会えるのか?


「本物なんですか?シャールはいつこちらに戻ってくるんですか?」


「このままでは戻って来ないわ。ゴートロートが隠してるのよ。こちらから探っても絶対に尻尾を出さないの。シャールがこちらに戻ってくるように仕向けないといけないわね。憎たらしい前の皇后の子供が見つかる前に」


「……シャールが……生きてた」


セスの目から涙が溢れる。


「まあでも酷い怪我だったからおぞましい見た目になってるかもしれないわ。それだけなら顔を隠せばいいけど子供が産めなくなってたら用はないのよ。だからルーカはまだ手元に置いておくのよ」


「……あ、ああ」


「今更見つかった義兄にシャールを取られたくないでしょ?拗ねてる場合じゃない。しっかりしなさい」


「……分かった」


ベラの言う事は耳を素通りしていった。どんな見た目でも子供が産めなくても、セスはシャールと一緒に生きていきたいと思った。


「じゃあシャールを迎えるためにしっかりと生活を立て直してちょうだいよ」


「……シャールはいつ頃戻ってくるんですか」


「そうね、早いほうがいいわね。計画を立てましょう」


そしてシャールが王都に戻らざるを得ない状況を作るのだ。

ベラはその時のことを想像して笑いがこみ上げてきた。





「叔父上、お出かけですか」


正装をして公爵邸のエントランスを出るゴートロートを見て、アルバトロスが声を掛けた。


「あぁ昔なじみの友人が体調崩しているらしくてな、せっかくだから会いに行こうと思っとる」


「そうですか、お気をつけて」


「あぁ、夕方には戻る」


そう言ってゴートロートは神殿に向かって馬車を走らせた。

久しぶりに見る大聖堂は相変わらず荘厳で神秘的な雰囲気を漂わせている。ゴートロートは案内の若い神官に連れられ大神官の部屋を訪れた。


「これはゴートロート様!貴方に会えるなんて夢を見ているようです」


大神官のルベルは慌ててベッドから起き上がった。


「いやいやそのままで。見舞いなんだから安静にしてくれ」


大神官は恐縮しながらもその言葉に甘えてベッドに上半身だけを起こし、クッションにもたれかかる。


「本当に久しぶりだな。最後に会ったのは二十年くらい前か?」


「ええ、そのくらいです。会いたかった」


「はは。私もだ。ルベル、昔のように気軽に話してくれ。学生時代のようにな」


「……分かった。ありがとうゴートロート」


二人は貴族の通う寄宿学校で知り合い、共に学んだ。誰よりも気が合う二人はいつもいたずらをしたり先生を驚かせては叱られていたが、卒業して道が別れてからは滅多に会うこともなかったのだ。


「どうして王都に?」


「ちょっと野暮用でな。久しぶりに来ると人が多くて疲れるな」


「そうだな。最近は特に慌ただしいし」


それは落ち着かない国政のことを指すのだろう。ゴートロートはルベルと共にため息をついた。

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