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第63話 真実

「神の思し召しかもしれない」


「何がだ?」


「今日、君がここに来てくれたこと」


ルベルは穏やかな微笑みを湛えながらゴートロートを見た。


「そうなのか?それはいい偶然だな。何か用があったのか?」


「ああ、私はもうすぐ死ぬ」


「ルベル!縁起でもない」


ゴートロートは声を張り上げた。それを口に出したら本当になるかもしれない。それほどルベルは痩せ細り弱々しかったのだ。


「分かるんだよ。だからこそ皇室に縁の深い君に伝えたいことがあった」


「どういうことだ?」


「聞いてくれるか?私の一生の秘密だ。本来であれば墓場まで持っていくものだが、私の寿命は思ったより短かった。だから君に託したい」


「……分かった。話してくれ」


雰囲気で感じるに恐らく聞いてしまったらもう後戻り出来ない様子だが、旧友のたっての頼みだ。聞かないわけにはいかない。

ゴートロートが覚悟を決めたのを感じ取ったかのように大神官ルベルの告白が静かに始まった。





「前皇后陛下を覚えているか」


「ああもちろん」


「皇后陛下は国王陛下が嫌で城を飛び出したと言われているが実際は違う。皇后……アフロディーテ様はお腹に子供がいた。そのせいで命を狙われていたんだ」


「……狙っていたのはベラの家門か」


「……ああそうだ。アフロディーテ様は乳母の伝手で平民の知り合いを頼り、そこで男の子を産んだ」


「なんだと?!」


これはとんでもない話だ。それが本当なら皇太子はセスではなくその子じゃないか!


「それでアフロディーテ様と王子はその後どうしたのだ」


「生後間もない赤児を連れてアフロディーテ様は神殿に来られた。そして赤児を私にお預けになり世話になっていた平民の家で間もなく亡くなられたと聞いた」


「なんと言うことだ……それでその後王子はどこに?」


「正体が知られてはならない。だが君も知っているように神殿は王家と縁が深く、いつその子が皇后の目に触れるやもしれん。そこである貴族の夫婦に養子縁組を斡旋してその子を託したのだ」


「……確かにそんな身の上なら何も知らず静かに暮らすほうがいいのかもしれん。今さら姿を現したとて皇后に命を取られるのがオチだ。その子は何も知らんのだろう?」


「ああ、私も出来るならその方がいいと思っていた。けれど問題が一つある」


「問題?」


「その子はアルファだった。だがその力はアフロディーテ様がこれに封印された」


そう言ってルベルは自身の首にかかっていたペンダントを見せた。

緑に光るその宝石はまるでシャールの瞳のようにキラキラと輝いている。


「封印とは?……アフロディーテ様は一体」


「実は隣国で古くから不思議な力を持つ一族の貴族のご息女だ。訳あって平民に身をやつし、この国に逃げて来られた。そこで陛下に見初められ皇后となった」


「そんな事があったのか。何も知らなかった……それでそのペンダントはどうするのだ」


「アフロディーテ様の遺言だ。この子が大人になった時、この国が平和なら火に焚べて燃やしてくれ。だが陛下が憂うような国になってしまっていたらこの力をこの子に返して欲しいと」


「……それでお前はこれをその子に戻そうと?そして国王にしようとしてるのか?」


「……ああ、このままではこの国は滅びてしまう」


ゴートロートはしばらく考えこんだ。確かにルベルの言う通りだ。だがその子の気持ちはどうなるのだ。無理強いだけはさせまいと心に決め、ルベルに問う。


「計算からするともう成人してるな。その子はどこの家門に預けられた?今どうしてるんだ」


「騎士になって皇室に勤めていると聞いている。何も知らないはずなのに父親を守るために働いているなんて皮肉な話だ」


「騎士団か……。名前は?」


「ジュベル侯爵の次男でアルジャーノン・ジュベルだ」


「ア……アルジャーノン?!」


「知っているのか?」


「あ、ああ」


こんな偶然があるのだろうか?力を封じられているのにシャールはアルジャーノンを好きになった。結ばれるべきオメガとアルファがお互いに引き合ったのだ。稀に運命で結ばれている相手とはどうやっても出会うという言い伝えがあるが、それはまさにあの二人なのではないだろうか。


「実はそのアルジャーノンが先日から行方が分からず探しているんだ」


ゴートロートの言葉にルベルは慌てた。


「何だって?皇后に正体がバレて消されたなんてことはないだろうな?!」


「ベラが噛んでるかは分からないが、ルーカという別のオメガのところにいるんじゃないかと探ってるんだが……こちらの手の侍女に部屋の中を探させたがどこにも姿は見えんかったらしい」


「……どこに行ったんだ……。アルファの力を返さなくてはならないのに」


頭を抱えるルベルを見ながら、ゴートロートは『大変なことになった』と必死で思案する。だがまずは何も知らないであろう陛下に目覚めてもらわなければならない。


「陛下は昏睡状態だ。だが何としてもアルジャーノンを探すと約束しよう」


「ありがとう。ではこれは君に託す」


ルベルの手からペンダントがふわりと離れ、ゴートロートの首にかかる。

これもアフロディーテの魔術なのだろうか。死してなお、子供のことを思う気持ちはこの小さな宝石に宿っているのだ。


「今日君に会えたのは神の思し召しだ。これで何も思い残すことはない。ありがとう友よ」


「馬鹿を言うな。まだまだお前は生きなければならない。最近若い神官たちがろくでもないことをして小銭を稼いでいると聞いたぞ。お前がしっかりと目を光らせていないでどうする」


「……そうだな。面目ない。これで肩の荷も降りたことだ、一斉に神殿内の浄化をはかることにするよ」


「ああ頼んだぞ。そのための寄付ならいくらでも惜しまない」


その言葉にルベルは目を丸くして笑った。


「頼もしいな。寄付額の嘆願書を見て泣きべそをかくなよ」


「わはは、その調子だ」


ひとしきり笑いあい、お互いの今後に幸あれと祈り合ってゴートロートは神殿を後にした。

そして胸にあるシャールの目の色の宝石をぎゅっと握りしめてため息をつく。

……王都に戻って早々にこんな話を聞くとは思っても見なかった。けれどこれもシャールがいなければ起こらなかったことだ。やはりあの二人は結ばれる運命なのだろう。


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