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第64話 リリーナの勘

「まずはこの話をアルバトロスに伝えなくては」


ゴートロートは待たせていた馬車に乗り込み、公爵邸までの道のりを辿った。



公爵邸に帰り着いたゴートロートは一目散にアルバトロスの執務室に向かった。すれ違ったメイド達が、公らしからぬ達者な早足に何事かと目を瞠る。


「アルバトロス!」


「ああ、叔父上おかえりなさい。ご友人の体調は如何でしたか?」


「それどころではない。とてつもない話を聞いてしまった。すまないが時間を貰えるか」


「はい、構いません」


ゴートロートのただならぬ様子にアルバトロスは席を離れ人払いをしてから彼をソファに誘った。


「まずはジュベル侯爵に連絡を取って会う機会を設けて欲しいんだが、彼はどんな人物かね?」


「ジュベル侯爵とはさほど付き合いはありませんが、この国を憂いながらも尽力を惜しまない数少ない貴族です。そのために今も他国への移住はしておりませんのでいつでも会うことが出来ると思います」


「信用に足る人物ということだな?」


「はい。けれどなぜ急に?」


ゴートロートは一瞬の沈黙のあと、アルバトロスの目を見て「すまない」と謝る。


「何がです?」


「お前を巻き込んでしまう。けれどシャールのために堪えてくれ」


「……何かあったのですね。もちろん叔父上に従います。シャールのためと言うならなおのことです」


真っ直ぐにゴートロートの目を見つめ返すアルバトロスは、もうゴートロートの記憶の中の何も知らない子供ではなかった。


「では話そう。今日聞いたことをすべて」


ゴートロートは首のペンダントを見せてそう言った。そして神官に聞いた話を余すことなくアルバトロスに伝えたのだった。






夜更けにアルバトロスは一人、執務室で酒を飲んでいた。

昼間に聞いたゴートロートの話が衝撃的過ぎて眠れなくなったのだ。

使用人たちに心配をかけないよう月明かりだけで手酌をしていたアルバトロスは、ドアをノックする音で顔を上げた。


「リリーナ、どうしたんだ?」


「あなたこそ。いつまでも寝室に来られないから心配しましたよ」


「ああ、すまない」


そうだリリーナには仕事だとでも言っておけば良かった。余計な心配をさせてしまった。


アルバトロスは酒を置いて立ち上がりリリーナと共に寝室に行こうとした。だが、リリーナは執務室のソファに座り新しいグラスを差し出す。


「どうしたんだ?」


「私も飲みたいの。いいでしょう?」


リリーナは酒に強くない。普段は飲まない彼女がこうしてグラスまで持参しているということは何か話でもしたいのだろうか。


「俺と同じものでいいか?それとも甘い酒を頼もうか?」


「同じもので結構よ。子供扱いはやめていただきたいわ」


ぷんと横を向いたリリーナにアルバトロスは昔を思い出して微笑んだ。


「さっきはゴートロート様と随分話し込んでいたわね。シャールのこと?」


「あ……いや違う」


違うが関係ないとも言い切れない。アルバトロスは歯切れの悪い返事をする。それを見てリリーナが笑った。


「いいの話して欲しいなんて思ってないわ。今までのことを思ったらそんなこと言えないわ」


リリーナは手元のグラスを一気に煽った。


「ああ!そんな飲み方をするんじゃない!」


アルバトロスが取り上げようとしたグラスをリリーナは渡すまいと隠した。


「……君を信用してないわけじゃないんだ」


「分かってるわ。……分からないのはどうして人は嘘をついたり誰かを騙したりするのかしらってことよ」


「そうだな。君は何でも誰でも信じてしまうからね」


それは確かにリリーナの欠点なのかもしれない。けれど悪いのはどっちだろう?


「君はきっと天使なんだよ」


「あら、なあにそれ」


リリーナが楽しそうに笑った。酔いが回ってきたのだろう、頬に赤みがさしてとても楽しそうだ。

思えば昔から浮世離れした人だった。幸せを探すのが得意で何でもかんでも信じてしまう彼女に、いつの間にか惹かれて結婚を申し込んだのだ。


「君はきっと男に生まれていたらオメガだったんだろう。オメガは神の子と呼ばれるくらい純粋で慈悲深い。まるで君のように」


アルバトロスはリリーナのピンクの髪を一房取って口づけた。


……通常オメガはオメガからしか生まれない。稀にベータの夫婦から生まれる場合もあるがそれは恐らく大昔にオメガの遺伝子を持っていたからだと言われていた。いわゆる先祖返りという奴だ。女性はオメガにはならない。その代わり自分の持っているオメガの遺伝子を生まれた息子に受け継がせているんじゃないだろうか、そうアルバトロスは思った。


「……あら?」


「どうかしたのか?」


「ゴートロート様がお出かけされるわ」


アルバトロスが窓から下を見ると確かにゴートロートが門に向かって歩いている。そして迎えの馬車に乗り込んで公爵邸を出てしまった。


「あなた、よくない感じがするわ」


リリーナが唇を震わせながらつぶやく。彼女は昔からやたらと勘が鋭かった。それもオメガ遺伝子の影響だろうか。

アルバトロスはすぐさま部屋を飛び出し、侍女にアルバトロスの行き先を尋ねる。


「神官様から渡したい物があるのを忘れていた、迎えをよこすから来て欲しいと連絡がありました。それで神殿に向かわれたんですが」


昼間に会いに行った大神官のことだろうか。

それなら危険はないと思うが。


「護衛は?」


「いらないと仰ったんですが、夜なので念のために二名ほどお付けしました」


「そうか」


ほっとしたアルバトロスにリリーナが叫ぶ。


「だめ!アルバトロス!すぐ追いかけて!」


その顔には恐怖が刻まれていてアルバトロスの背中に冷や汗が流れる。


「すぐ馬車の用意を……いや、馬で行く!すぐ準備を!」


深夜、アルバトロスの声が屋敷中に響き渡った。




ゴートロートが神殿に着いた時、建物にはほとんど明かりは灯っていなかった。

沢山の神官が住んでいるにもかかわらず不気味なほど静まり返っている。


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