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第66話 皇后ベラの悪巧み

王都はもう三日も雨が続いている。

そんな長雨に仕事がはかどらない使用人たちだけでなく、気晴らしに出かけられない貴族たちもイライラを募らせていた。

けれどベラは朝からご機嫌で鼻歌さえ出そうな勢いだ。

何故って?

目の上のコブがもうすぐ死にそうだから。


(それにしてもこの状況は面白くないわね)


ベラは目の前の貧相な中年男をジロリと見下ろす。


「頼むよベラ。ほんの少しでいいんだ。お前の持っている資金のほんの一部だけでも融通してくれればいいんだから」


皇后ベラの生家であるローゼット子爵家の現当主、つまりベラの父親であるゴーンが朝から金の無心に彼女の元を訪れていた。


「いい加減にしてくださいお父様。いくら陛下の代理だからってそう簡単に国庫のお金は動かせないのをご存知でしょう?」


ベラは苛々と爪を噛んだ。


「国庫の金は使えなくても人事権はお前にあるんじゃないのかね?」


「……どういう意味です?」


「宰相が握っているんだろう?その宰相を追い出してお前に有利にことを運んでくれる者をその地位につければいいのではないのか?」


「……それはそうだけどジュベル侯爵は陛下の信頼も厚いわ。そう簡単にはいかないのよ」


「だがそれは元気で働けている間のことだろう?例えば怪我や病気、または何かの弾みでうっかり命を落としでもすれば後任がいるよな?」


「まあお父様ったら」


ベラは今日一番の清々しい顔をして見せる。


「そうですわね、それは仕方ないわ誰のせいでもないもの。後任はバリアン男爵にでもしましょうか。早速手配するわね」


ベラは胸元を飾っていた高価な宝石の付いたブローチを外し父親に渡す。それを受け取るゴーンの顔は卑しく緩みきっていた。


「でも流石に皇室の兵士や騎士は使えない。お父様誰かいい人はいませんこと?」


先日も下っ端の兵士を傭兵に見せかけて神殿を襲わせたが、うまく行ったからいいようなものの、演技が下手すぎて年寄りでなければ騙せなかったとセスが言っていた。


なるべく危ない橋は渡りたくないのだ。


「この辺りで一番腕のいい情報ギルドに依頼しよう。以前バリアン男爵に聞いたところだ。そこならいい暗殺者を見つけてくれるだろう」


「ではその手配はお父様におまかせします。成功すれば事業資金でもなんでも引き出し放題ですわよ」


「そうだな。急ぎ手を打つよ」


いそいそとポケットに宝石を入れ、ゴーンは椅子から立ち上がる。そして立ったままお茶を飲み干すと部屋を出て行った。


(どうしようもない父親だけど、たまにはいいこと言うじゃない)


陛下を死なせるわけにはいかない。まだ国内には力のある貴族たちがいる。陛下が崩御したと知ればセスの悪評を盾に皇室の親戚筋から新たな国王を立てようとするだろう。


「ほんとにもう……セスがもう少ししっかりしてくれてたらいいのに」


陛下がセスを時期国王と認め、書類にサインをしてくれれば誰も何も言えないのだが、元気な間でもそれは頑としてしてくれなかったのだ。


「そのために意識が朦朧とする毒を少しずつ飲ませたのに。それでもサインしないなんて自分の息子を何だと思ってるのかしら。まあ飲ませすぎて目が覚めなくなったのはこちらの落ち度だけど。毒の量を減らしたからそろそろ目覚めるはずよ。以前よりも何も分からなくなってるはずだから、今度こそサインをしてもらうわ」


ベラは窓の外を見遣り、真っ黒に渦巻く雲を見上げる。


「ざまあみなさいアフロディーテ!国王になるのはあんたの息子じゃない!私の息子よ!あははははは!」


皇后の部屋から聞こえる悲鳴にも似た高笑いは降り続く雨に包まれ誰の耳にも届かなかった。




ここは王都内にある小さな宝石店。

この店で扱う商品は値段の割に高品質なのでいつも客でごった返している。隣の店舗では平民でも買えるガラスで出来たフェイクアクセサリーも扱っており、城に務めるメイドや侍女たちもよく訪れていた。

だがこの店のいいところはそれだけではない。

広々とスペースを取った売り場にはいくつもテーブルや椅子が置かれており、休憩出来るようになっていた。実際に買わない客も友達と一緒に来店し、ここでおしゃべりを楽しんで帰っていくのだ。


「オーナー、お客様です」


店の奥で原石を査定していた男が顔を上げた。


「誰だ?」


「バリアン男爵です」


「バリアン男爵?」


男は首をひねる。

確かにそこの末っ子が公爵家に引き取られてしばらくつきあいがあったものの、それも途絶えて久しい。ましてやバリアン家と取引などした事がないのに自分を指名で何の用だというのだろう。


「オーナーを早く出せと店で大声を出していて……」


店員の困り顔に男は仕方なく席を立った。

そして長い髪を束ね直し、ジャケットを羽織る。


「奥の部屋にお通しして」


「承知しました」


自分を指名で来たからにはギルドの仕事依頼だろう。

だが胡散臭い噂の絶えないあの家門とは付き合いをしたくない。

昔と違って今の自分たちは客を選べる立場なのだから。

……大きなギルドに成長すると言ってくれた人がいたな。

唐突にそんなことを思い出した男は寂しい思いで窓の外を見た。


そう言ってくれた人はもうこの世にはいないけれど……


「シャール様、鉱山で発掘する宝石をすべて任せてくれると言ったでしょう?嘘はだめですよ」


そんな独り言を口にした自分を嘲笑しながらクランは自室を後にした。



「出来ないとはどういうことだ!」


脅かすつもりだったのか、目の前の机を拳でドンと叩いたバリアンはその痛みに顔をしかめた。


「はい。うちは情報ギルドです。暗殺者の紹介なんてきな臭い案件は受けておりません。どうかお引取りを」


「なんだその態度は!」


隣に座っていたゴーン子爵も負けじとテーブルの上のポットを床に投げつける。


……あー良かった。安物のティーセットにしておいて。まあ本物と偽物の区別もつかないだろうけど。


「うちのルーカが言っておったぞ。ここは何でも引き受けてくれると!ルーカは今や皇太子妃だ!不敬罪で訴えられてもいいのか!平民の分際で!」


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