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第67話 王都からの手紙

どうやったらここまで?と思うような太った体を揺すり、ツバを飛ばす二人の男。

クランはその汚い飛沫がからないようにそっと体を後ろに引いた。


「とにかくお役に立てませんのでお引取りください。君、お客様をお見送りして」


屈強な男の店員に声をかけ、クランは席を立った。背後からは耳を塞ぎたくなるような罵詈雑言が追いかけてきてクランはくすりと笑ってしまう。


(平民の分際でってなんだよ。片腹痛いわ。お前らはその平民より下品だよ。子が子なら親も親だな)


さきほどシャールのことを思い出してしまったからか、ついルーカとシャール比べてしまう。シャールは所作も佇まいも、うっとりするほど綺麗だった。見た目だけではない。その中身も。

自分のことしか考えない、人を貶める依頼ばかりをしてきたルーカとは大違いだ。


「早すぎますよ。シャール様」


あれからクランはこの国のためになる依頼しか受けていない。だから依頼主が誰であっても宰相の暗殺なんてバカみたいな依頼はそもそも受けるわけはないのだ。

クランのギルドは王都で一番大きいだけではなく、この国の主だったギルドを束ねる役目もしている。

とりあえず国内の他のギルドにこの依頼を受けないように伝えるつもりだ。


(……シャール様ならそうするだろう。ああもう一度だけでも会いたいな。俺の人生を変えてくれたあの人に)


そんな詮無いことを考えながらクランは重い気分で自室に戻った。







その頃、辺境の地でシャールは来る日も来る日も部屋にこもってひたすら解毒薬の実験をしていた。


「どうしてナコの実を入れると効果が薄くなるんだろう。でも入れないとすぐ腐って保存が出来ないんだよな……」


代用できる物がないだろうか。途方にくれたシャールは部屋を出てヤンを探した。


「シャール様!そんな格好だと風邪をひきますよ」


城のメイドが慌てて上掛けを持って走ってくる。

……確かに寒い。

シャールは肩をぶるっと震わせて着せかけられた上掛けの襟元を掻き寄せた。


「……あ、雪?」


ふと窓を見ると白い花のようなものがちらちらと舞っている。王都に雪は降らないので最初は酷く驚いたものだ。

それがもう三回目の冬だ。


「ねえ、お祖父様はまだ帰らないの?」


先程のメイドに聞いてみるが何も知らされていないと言う。

ゴートロートが城を経ってもう二ヶ月になるがたまに届く手紙には当たり障りのない言葉が綴られるだけだった。


「アルジャーノンとも忙しくて会えてないって言うし、相変わらず彼からの手紙も来ないしみんな僕のことを忘れちゃったのかな」


「とんでもありません!何をおいてもシャール様に不自由がないようにと重々言いつかっております。旦那様も早くお帰りになりたいと思っておられますよ」


「そうだよね、ごめんね。変なこと言って」


これ以上ここにいたらもっと弱音を吐いてしまう。

そう思ったシャールは「部屋に戻るね」と伝え、メイドを安心させて急ぎその場をあとにした。


ゴートロートのいない冬は退屈で寂しくて心なしか寒さも厳しい気がする。

シャールは肩を落としながらヤンがいるであろう庭園に向かう。裏庭から外に出ると、思った通りヤンは庭で作業をしていた。


「ヤン?」


「シャール様!今日は特に冷えるので外に出たらだめですよ」


寒さに弱い花たちに薄い布をかけていたヤンがシャールを見て慌てて駆けて来る。その姿に自分は一人じゃないと思えてシャールはほっと息を吐いた。


「聞きたい事があってヤンを探していたんだ。保存剤に使える物ってナコの実以外に何かあるかな。手に入りやすい物がいいんだけど」


ヤンはしばらくの思案の後、思いついたように「それならレモンがいいですよ」とアドバイスをする。


「ありがとう。厨房に行って貰ってくる」


シャールはわかりやすくパッと明るい顔になり駆け出して行った。


(……相変わらずアルジャーノンは見つからないし陛下の容態も思わしくない。旦那様はいつになったら帰って来られるのだろう)


ヤン宛の手紙にはシャールには言えないことが沢山書いてある。けれどゴートロートが心配するほどシャールは弱くないとヤンは感じていた。


(旦那様はシャール様を子供扱いするがそんなことない。しっかりとご自分の考えを持っておられるし、勇気もあるし肝も据わっている。なんでも隠して不安にさせるよりきちんと話をして共に前に進むのが得策だと思うんだがな)


それでもゴートロートにとってシャールは可愛い孫であり家族であり守るべきオメガ姫だ。

そのことについて主人に意見するほどヤンは愚かではない。


(まあ今の旦那様に何を言っても糠に釘だ。とにかく俺はここにいてシャール様をお守りしていればいい)


そう考えて仕事に戻ろうとしていた矢先、ヤンの前にメイドのメアリーが立ちふさがった。


「どうした?」


「旦那様がお呼びなの。王都に行くわ。シャール様のことよろしくね」


(メアリーまで呼ぶとは。何か大きな事が起きているに違いない)


「ああ、気をつけてな。こっちは問題ない」


「頼んだわよ。シャール様に何かあったらあんたを殺すから」


「物騒だな。さっさと行けよ」


ヤンが手でシッシッと追い払う仕草をすると、メアリーはわかりやすく眉間に皺を寄せて姿を消した。

メアリーはヤンと同じくゴートロートに拾われた孤児だが旦那様のお役に立ちたいというのが高じて今やすっかり暗殺者として一流の腕を極めていた。だが兎にも角にも、忠誠心が強すぎて危険を顧みないため、ゴートロートにはよく怒られている。


そんな彼女を王都に呼ぶとは……


「旦那様、何をなさるつもりなんです?」


ヤンは灰色の雲が立ち込めた空を見上げて遠く離れた主人に問うた。





「シャール様!お父様からお手紙が届きましたよ」


「ほんと?!」


あいも変わらず薬の試作をしていたシャールは薬草の入ったカゴを放り出してマロルーに飛びついた。


「まあ子供みたいに!シャール様ったら」


二人で楽しそうに笑いながら封を開け、便箋を開く。


「えーっと、シャール元気ですか、こちらは……」


ウキウキと声を出して読み進めていたシャールは途中で目を見張り、便箋を破れるほど強く掴んで言葉に詰まった。


「シャール様?」


マロルーや掃除中だったアミルまでシャールの側に来て心配そうな顔をしている。


「マロルー、アミル」


「なんでしょう」


「邸中の人を集めて。今すぐ」


「……!はい!」


理由も聞かずアミルが走っていく。マロルーは手紙の内容におおよその見当をつけて準備を始めた。


しばらくして広間に集まった皆の前でシャールはゴートロートが大怪我を負ったことを伝えた。



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