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第68話 王都へ

広間にどよめきが広がり、皆が口々に容体について尋ねる。だが手紙には怪我をした、としか書いておらず、それ以上は確かめる術もない。

ただ、ゴートロートをそんな目に遭わせたのは皇室の人間だと書いてあった。


動揺する皆の前でシャールは毅然と立っていた。本当ならおかしくなるくらい取り乱して泣き叫んでいただろう。だが、シャールを冷静にさせたのは父からの手紙の最後にあったメッセージだった。


『戻りたければ王都に戻ってもいい』


それはシャールにゴートロートの仇を討つ権利が与えられたということだ。

そして多分、王都で大きな事が起こっている。自分が辺境の自然の中でのうのうと暮らしている間に。

それが歯痒くてたまらなかった。


「シャール様」


シャールの心情を慮ってヤンが側に来てくれた。けれどシャールの真っ直ぐな視線と伸びた背中を見て全てを悟った。


「シャール様、お供します」


ゴートロート以外には折ったことのない膝を折り、ヤンが忠誠を誓う。


「ありがとうヤン。心強いよ」


それを受け入れて微笑むシャールの表情は強く決意に満ちていた。





早速翌日、シャールとヤンは城を離れ王都を目指すことになった。

三日の行程を一日半に短縮する厳しい旅になるのでマロルーとアミルは後日あとを追うことになった。


「行ってきます」


「お気をつけて」


「大丈夫。二人はゆっくり来てね」


別れの挨拶もそこそこに馬車は悪路を走る。途中で馬を変えて休みなく走るため、揺れる馬車の中で眠ることになるがシャールは平気だった。


「まずは状況を把握したい。僕だけ蚊帳の外だっただろうから何も知らないんだ」


勿論それは大人たちの優しさと配慮だと知っている。けれどもうシャールは子供ではない。


「では現時点で俺が知ってることだけでも話をします」


セスはそう言ってアルジャーノンのことも話してくれた。


「早く知りたかった。無駄に嫌われたのかななんて思っちゃったよ。その方が僕が可哀想だと思わない?」


シャールの正論にヤンは頭をかくばかりだ。


岩と山ばかりの土地を抜けた後は山と畑ばかりの土地を抜ける。そして畑と店が多くなってくるとあと半日もあれば王都に着く。


「懐かしい……」


シャールは暖かい風と市場の食べ物の匂い、それに香水屋の花の香りを楽しんだ。


「シャール様、顔を出さないでください。死んだと思われていた人が顔を見せたらみんなびっくりしますよ」


「あー確かにね。まあこれから驚かせちゃうことになるよね」


「まったく。人ごとみたいに」


「確かにね」


「それより早くお祖父様に会いたい。どの程度の怪我なんだろう」


「分かりませんが軽いと信じてます」


「そうだよね。僕が先に様子を見てくるからヤンは少し待ってて」


「はい、旦那様をよろしくお願いします」


そして二日目の昼過ぎにシャールとヤンはミットフォード公爵邸の門を潜った。





「ただいま!お祖父様はどこ?!」


ドアを自分でバンと開けてシャールは屋敷に飛び込んだ。

エントランスの階段を雑巾拭きしていたメイドが驚いて叫び声を上げる。


「シャ……シャール様?!?!」


「ええっ?!幽霊?!」


「たすけて!!」


邸内は阿鼻叫喚だ。


なに?僕が生きてるって邸の人達くらいには教えておいて欲しかった。


「生きてるよ!それよりゴートロート公は……」


「二階の客間にいらっしゃいます」


それだけ聞くとシャールは階段を駆け上がりドアの前まで走った。そして深呼吸して小さくノックする。


「はい……え?シャール?」


看病をしていたリリーナが驚いて言葉をなくした。あれ?父上は母上にも僕が帰ること言ってなかったの?


「ただいま戻りました」


「ああシャール!会いたかった!いえ、今はそれよりゴートロート様の手を握ってあげて」


シャールは泣きすぎて目が腫れているリリーナの隣でゴートロートの顔を覗き込んだ。


「お祖父様……」


顔色がとても悪く、呼吸も苦しそうだ。

リリーナの説明では怪我の範囲こそ広くは無いものの、深くまで刃物が入ったようで臓器を傷付けているという。

何よりこの年齢でそんな深手を負った事が原因で、もうずっと意識は戻っていないらしい。


「誰がやったの」


リリーナはシャールの冷たい声にアルバトロスの遺伝子を感じた。

ここにも暴れ牛がいるわ。リリーナは気持ちを引き締める。


「まだ調査中なのよ」


「でも父上からの手紙には皇室の人間がって書いてあったよ」


「もうアルバトロスったら……。まだ証拠もないのに」


「父上は?」


「帰りは夕方になると思うわ。先にお湯を使って食事をなさい。一緒に来てくれた方にも案内してあげて」


「うん」


シャールはもう一度ゴートロートの手を握ってそっと自分の頬に当てる。

……このまま目を覚まさなかったらどうしよう。そんな思いで心が挫けそうになる。


「お祖父様、二ヶ月も会えなかったのに声もかけて下さらないなんて酷いです」


勝手に溢れる涙は清潔なシーツの上に模様を作り続けていた。


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