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第83話 ルーカの受難

「はあ?どう言う意味?」


「毒じゃないよ。セスに飲まされたのは媚薬だよ」


「び……媚薬?」


「僕は子供なんてまだいらないんだけどセスはそうじゃないみたい。薬を使ってでも僕との間に子供が欲しかったみたいだよ?」


「……!!」


分かりやすくカッと顔を赤くして全身で怒りを表すルーカを、シャールは面白そうに眺めた。


「嘘ばっかり!騙されないからね!セスはこの子のお父さんなんだから!他に子供はいらないはずだよ!」


「じゃあセスに聞いてみたら?皇后陛下でもいいけど」


その言葉にルーカは愕然とする。皇后もシャールの子供を望んでいるのだと、仄めかしたシャールをギッと睨みつけた。


「もういい!」


そう捨て台詞を吐いて部屋を飛び出すルーカに、ようやく眠れるとシャールは改めて横になり穏やかな眠りを楽しんだ。



「どういう事ですか!!」


皇后の部屋に入るなり、セスは怒号をあげる。


「一体なんなの」


侍女にお茶会の指示を与えていた皇后は呆れた顔でセスを見た。


「あのクッキーのことです!」


「……もういいわ下がって。残りの手配は後にしましょう」


「かしこまりました」


侍女を下がらせて二人きりになった部屋で、またしてもセスが喚き出す。


「危ない薬だったんでしょう?!どうしてそんな物をシャールに飲ませろなんて言ったんですか!」


「ただの媚薬よ。危なくなんてないわ」


「でもシャールは苦しんで倒れたんだ!


「そりゃ薬なんだから合う合わないはあるでしょうけど」


「違う!」


セスはテーブルの上の茶器を力一杯薙ぎ払うと、テーブルをひっくり返す。大きな音と共に琥珀色の液体が部屋中に撒かれた、驚いたベラはセスを見上げた。


「後遺症で子供が出来なくなる可能性もあったと医者が言ってた!どうしてそんな物をシャールに!?」


「大げさよ!それにそんな事になるなんて知らなかったわ!私が誰よりもシャールの子供を望んでいるのを知ってるでしょ!」


後遺症?確かにそこまで考えが及ばなかったベラは激しく後悔した。


「それで?シャールの具合は?」


「……解毒剤を飲んで眠ってます」


「そう。それなら良かったわ……でもあなたがもっとしっかりしていたら、こんな手は使わずに済んだのよ。さっさと子供を作りなさい。力ではあなたに敵わないんだから難しい事じゃないでしょ」


「……簡単に言わないでください」


「あなたの気持ちも分かるわ。でも前王妃の子供が見つかる前にアルファの子供を作って立場を固めるの。そして陛下に何かあった時はあなたが王になるのよ」


「ルーカの子供がアルファだと分かってるならもういいじゃないですか」


「いくらアルファでもルーカと同じ赤い目で生まれてきたらどうするの」


「え?まさか……」


「賭けよ。生まれてみないと分からない。アルファでも赤目ならいらないの」


セスはベラの執着を心底恐ろしく思い、そして軽蔑した。


「……そういえば以前言ってた平民は見つかったんですか?陛下の子供だと言っていた……」


「見つかったわ。でも違ったの、アルファじゃなかった」


「そうですよね。もしそうだったらその場でさっさと殺してますよね」


「当たり前よ。まだ探してるけどなかなか見つからないのよ」


ベラは棘のあるセスの物言いにも気づかず話を続けた。


「それにもし見つかっても、あのネックレスが無ければアルファとしての力は戻らない。どちらにしても私たちの勝ちよ」


「……はあ。もう戻ります」


「しっかりしなさいよ!」


「……」


黙ってドアを閉め、皇后の部屋を出る。この中にいると息ができなくなってくる。自分を縛る物が多過ぎておかしくなりそうだ。


(俺はただシャールといたいだけなのに)


「セス!」


ああ、また……。


セスは嫌な顔を隠しもせず振り向いた。


「ねえ!シャールに媚薬を飲ませたって本当なの?!この子がいるのにどうしてそんなことするの!」


きゃんきゃんと駄犬のように吠えるルーカは、今一番顔を見たくない相手だった。


「大人しくしていろ」


「なんて事言うの!僕は皇太子の子供を産むんだよ?!そして国母になる人間なんだから!」


「うるさい!」


セスの手が伸び、ルーカの首を掴んだ。片手で握り潰せるほど細いそれに少しずつ力を入れていく。


「……セ……くぅっ……」


声にならない声をあげるルーカは首に回るセスの指を振り解こうと、必死でもがいた。


「…………っ」


「殿下!」


その声にハッと我に返ったセスは慌てて手を離した。周りを見ると何人もの侍女や使用人が遠巻きにセスを見ている。


「ゴホッゴホッ!!」


倒れ込み苦しそうに咳き込むルーカを見ながらセスは自分が何をしたのか信じられない気持ちになった。


「……セス……」


涙を流しながら、自分を見上げるルーカの視線に耐えきれず、セスは走ってその場から逃げ出した。






その頃、部屋で誰にも邪魔されず自由を満喫しているシャールは父親に宛てて手紙を書いていた。

家に帰れないことへの謝罪、そして先日の皇太子妃の部屋で見た隠し部屋のこと。


「アルジャーノンがあの部屋にいたのは確かだ。じゃあその後は?どこに行ったの?」


自分の足で出たのなら必ず周りの人が気付くはず。彼はまだ行方不明者のままで、捜索も続けられているんだから。


「秘密裏に外に出されたとしたら運び出した人間がいるはずなんだよね。けどルーカは城に味方はほとんどいない。きっと外の人間を使ったんだ」


城の外で誰かが手助けをしている。アーリーなのかデモンなのか。バリアン家の誰かであることは確かだろう。そこから辿ればアルジャーノンを連れ出した人間が分かるかもしれない。


「これはクランに依頼してもらおう」


シャールはその旨を丁寧に書き記した。

次はアルバトロスへのお願いだ。


「以前皇后が欲しがっていた山を採掘してください……と」


以前にセスと過ごす別荘を建てたいと言っておいたので、掘り起こしていても怪しまれることはないだろう。


「そこには宝石が眠っているはずなので慎重にお願いします。出てきた宝石の販売や加工はクランに依頼して下さい。よしできた」


何枚にも渡る便箋を二つ折りにして封筒に入れ、蝋を垂らし封をする。


コンコン


「どうぞ」


(さすがぴったりのタイミングだ)


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