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第84話 待ち人

シャールが感心していると予想通りの相手がそっとドアを開けて部屋の中に滑り込んできた。


「ありがとう、メアリー。父上によろしく伝えて」


「かしこまりました」


メアリーはシャールが差し出した手紙をポケットに忍ばせ部屋を出て行く。

万が一にでも外に漏れると困る内容だ。その点でもメアリー以上の適任者はいない。


「待っててね、アルジャーノン。絶対に見つけるから」


そして二人で生きていけるように。

シャールは未来のために最善を尽くすと決めたのだ。




※※※※※※※※※※※※※※※※※



王都の外れにある森の中の小さな小屋。

そこに住んでいるのは年老いた男と孫娘の二人だけだった。


老人は朝から火を起こす為に枝や木を拾い、孫娘は食べられる野草や木の実を探していた。


「冬になる前にもう少し蓄えないとね」


孫娘の言葉に老人は頷く。

隣国から亡命してきた二人にとって生活は決して楽な物ではなかった。


「でもこの間、カゴが結構高く売れたの。すごく丈夫で使いやすいって言って貰えたのよ。これから沢山作るわ」


「そうだな、お前は手先が器用じゃからなあ。じゃがあんまり無理するんじゃないぞ」


「うん!何かを作るのは楽しいから大丈夫よ!材料にしたいから木の蔓を探してくるわ。先に帰ってて」


「分かった。あまり遅くならんようにな」


「はーい」


孫娘……ノアは祖父に手を振り、森の奥に足を踏み入れた。


「この蔓はほんのりと赤いのね。白い蔓と二本にして編み込んだら素敵だわ」


ノアはこの森に五歳の時から住んでいる。もう十年になるが、危ないからと祖父から森の奥に行くことは禁じられていた。

だが、もう少し行けばもっと色々な工芸品の材料が手に入るかもしれない。

そう思ったノアは更に先を進む。


そうして歩いて行くと少し開けた小高い丘に辿り着いた。真ん中に墓標が二十ばかり並んでいる。そのどれもが朽ちかけていてすっかり忘れ去られた場所のようだった。


「こんな所にお墓があるなんて知らなかった」


ノアは咲いていた花を摘んで墓前に備え、手を合わせた。


「どうぞ安らかに。そしてこの辺りで少しだけ植物を取ることを許して下さい……あら?」


一番奥の一番端、少し離れた所にまだ新しい木の棒が立っている。墓標とも言えない粗末な葬送にノアはそこで眠る人が気の毒になった。


「あなたにも花を捧げます。どうぞ安らかに……」


祈りのために目を閉じようとした瞬間、土の間に人の指のような物が見え、ノアは驚いて腰を抜かした。


「ああ……なんてこと」


(獣が掘り起こしたのかしら?でもこの辺りにそんな大きな肉食獣はいない)


せめて土を被せてあげたい。そんな気持ちで近寄ると僅かだがぴくりと動く様子が見えた。


「そんな……!!まさか!」


(生きたまま埋葬された?!それとも気付かれなかったの?!意図的な物か分からないけどとにかく助けないと!)


ノアは祖父を呼ぶために転がるように家まで走った。






媚薬事件からはや半月が経った王城ではセスとシャールの関係に変化が起きていた。

セスがシャールに対して不必要なほど優しくなったのだ。もちろん今までも十分に気遣いはされていたが、それ以上に。むしろ居心地が悪いほど大事にされている。


「まあ僕に触れようとすることも無くなったし、結果良ければ全て良しだね」


その独り言を聞いてメアリーがくすっと笑う。

優しくなったついでにメアリーを自分の専属侍女に出来たのが一番の収穫だろう。


……皇后はなんでもこなすメアリーを重宝していたので手放すことに難色を示したが、そこはセスが押し切った形で幕を閉じた。


皇后のスパイがいなくなっなってしまったが自分がここに居ればある程度の情報は入る。それよりアルバトロスやヤン、それにクランと連絡を取り合うにはメアリーの存在は必要不可欠だった。


「父上の鉱山開拓も進んでるみたいだね」


「はい。また新しい種類の石が出たようです。表向きは別荘のための整地となっているのでどこからも邪魔されず口の固い者だけで進めておられるようです」


「そうだね、急ぐこともないしね」


クランがいればいつでも石を資産に変えられる。その点でも彼の協力を得られたことは何よりの僥倖だ。


「ところでアルジャーノンの方はまだ進展はないんだよね」


「……そうですね。依頼を受けて城から荷物を運び出した者がいたことは分かりましたが、仕事を終えた後、何者かに命を狙われたので姿を消してしまったようです。依頼に来たのはバリアン男爵家の執事だと証言したギルドリーダーは殺されてしまいましたし……」


「死人に口無しだね。それだけじゃどこにも訴え出る事はできないな」


犯人を捕まえたい。だがそれよりも先にアルジャーノンの行方を探すのが先だ。


「逃げた男をどうにか探せないだろうか」


「まあ……追手を避けて隠れる場所なんて大体決まってますから。私やヤンも探したいのはやまやまですが、王都にはあまり土地勘がないので引き続きクランさんにお任せするのが一番だと思います」


「そうだね」


ヤンの甲斐甲斐しい看病のおかげでゴートロートも少しずつ回復していると聞いた。

ただ、体の傷はほとんど癒えたのだが、記憶が朧げだったり、突然訳のわからない事を言い出したりするそうで、住まいの古城には帰らず高名な医者が沢山いる王都で治療を続けている。


「みんなに会いたい」


「そうですよね。もう何か月も会えてませんよね。日帰りでもいいので許可をいただけたらいいんですけど」




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