「陛下がすごくアルジャーノンに会いたがってるから明日にでも登城して。ちゃんと話をしておくから」
「分かりました。信じられないです。俺が皇太子でアルファなんて」
「だから惹かれ合ったのかもね。僕たちは運命の番なのかも」
「……アルファだと言うことに特に感慨はありませんが、シャール様の運命の番になれるのなら悪くないですね」
「ふふっそうだね。……ところで皇太子ということが分かったんだから僕に敬語はいらないんだよ。むしろ僕が敬語で話さないといけないね」
「なんだかむず痒いし慣れないのでこのままじゃ駄目でしょうか」
「うーーーん皇后の尻に敷かれてるって思われるかも?」
「事実なので構いません」
アルジャーノンはじっとシャールを見つめる。その眼差しが甘くてシャールは胸がきゅうううっと痛くなった。
少しずつ近づく唇。シャールが目を閉じたその時、ドアの外からメアリーの呼ぶ声がした。
「帰らなきゃ。城をこっそり抜け出してきたんだ」
「城?どうして城に?」
「あーそれはまた説明する。とにかく誰に何を聞いても信じないで。僕のことだけを信じてて。分かった?」
「はい」
名残惜しい気持ちでアルジャーノンがシャールの艷やかな銀糸にキスをする。それが合図だったかのようにドアが開き、シャールはメアリーに引っ張られるように城に戻ったのだった。
「おはようございます」
「う……んおはよう……」
いつものようにメアリーの声で起きたシャールだが、今日は飛び抜けて眠い。
理由は分かっている。
昨日城を抜けだしたからだ。
「もうちょっと寝かせて欲しい」
「駄目です。いつもと違う行動をすると怪しまれます。体調が悪いことにされるのも無理です」
「どうして?」
「ロジャー医師が行方不明なんです」
行方不明?どういうことだ?
「どこかにでかけているのでは?」
「いえ、ロジャー医師の部屋の鍵が壊されて中で乱闘のあった形跡がありました。おそらく誰かに……」
「でもどうして先生を……」
「今、騎士たちが全力で探してますので見つかったらお知らせします」
「うん、お願い」
あの人は国王の味方だ。医師を味方に付けられるのは強い。だって何かあった時には絶対必要な人だから……ん?何かあった時?
「メアリー!陛下は!?」
「朝食を摂られている時間だと思います」
「行くよ!」
「あっ!そんな格好で!シャール様!」
シャールは食堂までの長い距離をもどかしい気持ちで走った。
「どうしたんだ?シャール」
息を切らせて食堂にたどり着いたシャールが見たものは、のんきな様子でスープを飲むレオンドレスだった。
「あ、いえ……取り越し苦労ならよかったです」
「……ん?なにを……ぐっ」
「陛下?」
シャールの目の前でレオンドレスの体が前に傾いだ。そして椅子から転がり落ち、その口から大量の血が吐き出される。
「陛下!!!」
駆け寄ったシャールはレオンドレスを抱き止め、呆然としている使用人たちに医者を呼べと叫んだ。
「誰か!ミルクを取って!」
「は!はい!」
シャールは苦しむレオンドレスの喉に少しずつ牛乳を流し込む。そして気道を確保し深呼吸を促した。
「シャール……」
「喋らないでください。すぐ医師が来ますから!」
「いや……もう無理だ。腹が焼けるように熱い」
「陛下!諦めないで下さい!アルジャーノンが見つかったんです!今日会えるんですよ!」
「そうか……私とアフロディ……ひと……会い……かった……」
「陛下!!会えます!」
必死に訴えるがレオンドレスの目からどんどん光が失われていく。
「陛下!!!!」
その時、ドアが開け放たれアルジャーノンが飛び込んできた。
「陛下!アルジャーノンです!」
一瞬だが、レオンドレスの目に光が戻る。そしてみるみるうちにそれは涙で一杯になった。
「二人で……この国を……私の息子……」
「ち……父上」
アルジャーノンがそう呼ぶと血だらけの口元が嬉しそうに弧を描く。だが次の瞬間には激しく動いていた心臓の鼓動が突然その存在を消したのだった。
「一体誰がこんなことを……」
親子の初めての対面だった。それなのにこんな悲しい出会いになるなんて誰が想像しただろう。
「絶対許さない。必ず犯人を見つけて償わせてやる」
「ああ必ず」
「……あなただったのね。あの女の残した子どもというのは」
その声に振り向くとそこにいたのは憎しみに顔を歪めた皇后だった。
国王陛下崩御の知らせはまたたく間に王都中を駆け巡った。
民思いの王であったので貴族だけではなく平民の間にも深い悲しみが広がっている。
教会から来た新しい大神官が祈りを捧げたが、皇后に抱き込まれた悪い噂の絶えない人物で、共に祈祷を捧げる気にはなれない。シャールはアルジャーノンと少し離れたところから葬儀の様子を見守っていた。
「陛下とはもっと色々な話をしたかったけど最後に会えてよかったです。ありがとうございます。シャール様」
「……ごめん、僕がもっと早く気付いていれば」
「いいえ。これも運命なんでしょう。それより知らなかったとはいえ騎士としてずっと父上を守る仕事をしていたことを誇りに思います」
「うん、そうだね」
「結局毒を盛った犯人は分かったんですか?」
「それが……いつもの通りだよ。今回は厨房の使用人が自分がやったと名乗り出て、きちんと調べもしないうちにさっさと皇后が処刑したよ」
「くそっ!」
それにもう一人犠牲者がいた。
ロジャー医師だ。
陛下に毒を盛っても治療されたら困る、ただそれだけの理由であんなに素晴らしい人が池で亡くなっているのが発見された。
しかも、そちらは事故として処理されたのだ。
「どうにか尻尾を掴まないと犠牲者は増える一方だ」
「……そうですね」
空は厚い雲に覆われ今にも涙雨が落ちてきそうだ。本格的に降られる前にとシャールたちは騒ぎに紛れて、アルバトロスたちとの待ち合わせ場所に向かった。