「お久しぶりです父上、皆様もお集まりいただきありがとうございます」
クラン宝石店のニ階、情報ギルドの本拠地でアルバトロス、それにアルジャーノンの養親のロイド・ジュベル侯爵。そしてシャールの親友サラの父親であるダビデ・ホーエンシュタイン侯爵が一堂に会していた。
「それにしてもアフロディーテ様にお子がいらしゃったなんて。正式な皇太子なんですから王位継承権を主張すべきです。ジュベル侯爵も人が悪い。こんな大事なこと黙っておられるなんて……」
ダビデの言葉に養親であるロイドは申し訳なさそうに肩をすくめた。
「私も皇室ゆかりの子と聞いていただけだったんです。お亡くなりになったルベル大神官さまからアルジャーノンが大人になったら詳しく話すと言われてまして……。ですが実子だと思って育ててきました」
「どうするべきか……」
「あの、いいですか」
シャールはすっと手を上げた。
「皆さんもご存知の通り、この国は財政面も外交面でも秀でたところは一つもありません。今までは陛下のご病気が治ればという気持ちで待っておられたかと思いますが、お亡くなりになった今となってはその希望もなくなりました。今後はあのぼんくら……コホン失礼。セス殿下が新たな王になります。皇后の傀儡としてますますこの国を破滅に導くでしょう。それならばアルジャーノンが国王になるべきです」
「「「……」」」
「……なんですか。おかしなことを言いましたか?」
「いや……」
ダビデが恐恐と口を開いた。
「オメガ姫はたいていが争いを好まず、たおやかで平和を望むもんだと思っておりまして」
(それは申し訳なかったね)
シャールは黙り込んでダビデを睨む。いくらサラの父上でも許さないぞ!オメガに固定観念を持ち過ぎだ!
「いや失礼した。サラからしっかりした方とは聞いておったのに。忘れてください。頼もしいです。シャール様に賛成です」
「私もシャールと同じ意見です。間もなく貴族会の招集がかかるでしょう。そこで我が家はアルジャーノン様を推します」
「うちも同じです。なんせ可愛い息子なので。親が味方をするのは当たり前です」
(良かった。筆頭貴族たちの同意が得られたら動きやすい。)
シャールはアルジャーノンを見上げてにこっと笑った。
「あ、いやしかしシャール様はセス殿下の婚約者では……」
「ご心配なく。ホーエンシュタイン公。この婚約は最初から破棄する予定でした。こちらの準備が整うまでの仮のものです」
「ではアルジャーノン様と新たに婚約を結び直されるということですね。シャール様のようなしっかりした方が皇后となるのであれば安心です」
「それでは貴族会の場では予定通りに」
「承知しました」
会議は和やかに進み、予定通りの結果で幕を下ろした。
シャールは皆に挨拶をして先に抜けさせてもらい、予定通りクランに会いにいくことにした。
「シャールさま」
「……なに」
「うちの店を借り切って怖い相談するのやめてくださいよ」
「何言ってんの。クランももう立派な仲間だから」
「何かあったら道連れですかー?」
「当然でしょ。だってクランもアルジャーノンが国王になった方がいいと思ってるでしょ?」
「それはそうなんですが」
「じゃあ問題ないでしょ。それより宝石の売れ行きはどう?」
「それはそれは最高に儲かってます!」
その話になると途端にクランの顔が緩む。
「……本当にお金が好きなんだから。今月もちゃんと7割振り込んでよ」
「分かっております。お金が好きなのはどっちですか?」
なんと言われても平気だ。シャールはそのお金をアルジャーノンの名前で孤児院や学校、病院に寄付を続けている。
「頼りにしてるよ。あ、動いてくれた分は情報料として引いといて」
「ありがとうございます!」
ほんと現金なんだから。
シャールは笑いながらクランの店を出る。
そして店の前で待ってくれていたジュベル家の馬車に乗り込んだ。
「シャール様が我が家のご招待に応じてくださって妻も大喜びです。帰ったら食べきれないごちそうが並んでいると思います」
「こちらこそありがとうございます。……気が紛れるので助かります」
何度も思い出す。自分の目の前で息絶えた陛下のことを。
早く気付いていればとか、夜中でもいいからすぐにアルジャーノンを城につれてくれば良かったとか……。
後悔ばかりだ。
「そうだ、アルジャーノンが記憶を失っている時に世話になった女性もまだいるんですよね」
「そうなんです。最初にいらした時に階段を踏み外して怪我をされて。癒えるまでうちで養生して貰ってます。とても明るくていい子なんです」
「へえ。そうなの?アルジャーノン」
「ええ、俺が何も思い出せない時もとても良くしてくれて。すごく息のあう人で、二人でいると夫婦みたいだって言われてました」
「……へえ」
「おい……アルジャーノン!」
「どうされました?父上」
「お前……そうだよな恋愛なんてしたことなかったんだもんな」
「お義父さま、僕なら平気ですよ」
「……本当にこんな息子で済みません」
(アルジャーノンとはちょっとじっくり話さないといけないな)
シャールは心の中で爪を鋭く磨き上げた。
「お初にお目にかかります。シャール・ミッドフォードと申します」
シャールが丁寧なカーテシーを見せると、ノアは慌ててぴょこんと頭を下げ「ノアです。平民なので姓はありません」と挨拶を返した。
「アルジャーノンが大変お世話になったようで。ありがとうございます」
「あ、いえそんな。アナは……あ、すみません、アルジャーノンさんが名前を思い出せないと仰るので仮でそう呼んでました。アルジャーノンさんは家のことをとても手伝ってくださって本当に助かりました。部屋も狭かったので同じベッドで寝ることもありましたけど嫌な顔もせず……」
(アナ?同じベッド?)シャールは隣に座っているアルジャーノンの向こう脛を思い切り蹴った。
「いたっ!?」
「やだアルジャーノンったらテーブルにぶつけたの?おっちょこちょいなんだから気をつけて?ほほっ」
(これは宣戦布告だ)
シャールはノアをじっと見つめた。
「あのシャール様、同じベッドはたまたまノアのベッドの木枠が壊れたからですよ。翌日には直したので一日だけです。そういう関係ではないので勘違いしないで下さいね」
白身魚を食べながら何でもないことのようにアルジャーノンがそう言うと、分かりやすくノアの顔が強張る。
(本当に鈍感なんだから)
シャールはノアがちょっと気の毒になった。
「ノアさん何がお好きですか?僕はこの木苺のムースが大好物なんです」
「あ、私はずっと祖父と森で暮らしているのでこんな料理を食べるのは初めてなんです。だからマナーもなってなくてお恥ずかしいです。どれもとても美味しいです」
「失礼ですがご両親は?」
ジュベル侯爵夫人が尋ねると「飢饉のときに亡くなりました」と小さい声で答える。
(……飢饉。この国ではあまり聞いたことがないので隣国だろうか。)
自分より年下であろう少女の生い立ちにシャールは同情を禁じえない。
「何か仕事はしてらっしゃるの?」
「……あの隣国から亡命してきたのでこちらではまともな職にはつけなくて……」
(やっぱり……)
「ノアさん、学校行ってみませんか?」
シャールはフォークを置いて彼女に提案してみた。きちんと教育を受ければ移民でも仕事はある。
「学校……」