「髪飾りは少し派手にして。アルジャーノンの瞳の色でね」
嫌味なく華やかに、そして自然に隣のアルジャーノンとの関係を勘ぐる隙を与えるように。
「いかがですか?」
「うん、すごく良いよ。さすがアミルだね」
「とてもお美しいです。アルジャーノン様も見惚れてしまわれますね」
いつの間に来たのか、後ろからマロルーが感嘆の声を上げている。
「嬉しい。ありがとう」
「あ!失礼しました。私の方が見惚れてしまいました。アルジャーノン様がいらっしゃいましたよ。お迎えの馬車でお待ちです」
「ありがとう!マロルー!」
彼を待たせる訳にはいかない。シャールはスカートの裾を摘んで、急ぎ階下に向かった。
「お待たせしました!」
軽く息を切らせたシャールは馬車の前に立っていたアルジャーノンに駆け寄った。
「シャール様……今日も本当に美しい」
褒められることに慣れているはずのシャールが一瞬で頬を真っ赤に染めてしまうのは、彼のうっとりとした琥珀の瞳のせいだろうか。それとも久しぶりに見る皇室騎士団の制服のせい?
「アルジャーノンも素敵です。騎士団に復帰したんですね」
「ええ、身分についてはまだ明かしていませんが」
「少しずつ進めていきましょう」
「そうですね。今日は全て忘れてシャール様と楽しく過ごしたいです」
ふふっと笑ったシャールはアルジャーノンに手を差し伸べる。すかさずその手を取った彼は、侯爵家の家紋が付いた馬車の中へとシャールを誘った。
「どこに行きましょう?まずはドレスや宝石を見ますか?」
「ううん、まっすぐ市井に行きましょう。そして帰りにクランの店に寄ってから王都のブティックにも少し寄りたいです」
「分かりました。……クランの店と言えば話題の宝石店ですね」
「知ってるの?」
「騎士たちの間でも人気です。場所が場所だからでしょうか、本物の宝石でも値段が手頃な物が多くて婚約者へのプレゼントに最適だとか。人気が高くてドレスは何ヶ月も待たないといけないと聞いていますけど」
シャールはそれを聞いて、こっそりとほくそ笑んだ。
貴族が普段使うようなドレスや宝石を扱う店は王城の近くにブティックを構えている。そのエリアにいるのはほとんどと言っていいくらい貴族に限られていた。
だが、クランの店は、そのエリアと平民が暮らすエリアのちょうど中間地点にあり、貴族も平民も足を運びやすい場所にある。
そのおかげで両方に商品が販売出来るのだ。
少し離れた場所で馬車を降りたシャールとアルジャーノンは、祭りが行われている広場へとゆっくり歩いて向かった。
腕を絡めて歩く二人はどこから見ても仲の良い恋人同士だ。
「アルジャーノン、あれはなんですか?」
シャールが指差したのは、動物の形を模した飴細工だ。甘いだけのものではあるが、目を輝かせて可愛いと呟くシャールに、アルジャーノンは上がる口角を止められない。
「行ってみましょう」
「うん!」
「へい!らっしゃ……えっ?!」
いち早くシャールの正体に気付いた店主だが、慌てて口を閉じて平静を装った。そしてなんでも無い素振りで、いつもの様に飴の説明を始める。
(オメガ姫様だよな?まさかわしの店に来て下さるとは縁起がいい!)
店主の好意的な様子を感じ取ったシャールは、アルジャーノンの腕を取り、更に親密に体を寄せた。
「どれも素敵で選べないなあ。アルジャーノンは?どれがいい?」
シャールの言葉に店主は更に驚く。騎士団副団長のアルジャーノンと言えば市井では有名人だ。少し前から困窮している様々な施設に高額の寄付をしている篤志家なのだ。
(騎士団の服を着ておられる。ではこの方が……)
店主はシャールが決めかねていた二つの動物の飴を手に取る。そして頭を下げながら二人に向かって差し出した。
「気に入ってくださってありがとうございます。どうぞお持ちください。お二人の目に留まり、この上なく幸せです」
「いえいえ、代金はお支払いします。お仕事なのですから」
けれど店主はガンとして、銅貨を受け取らない。そして二人を見ながら静かに話し始めた。
「……不治の病で病院にいた娘が、寄付のおかげで良い薬を手に入れて生きながらえる事が出来ました。これはただの飴ですが、家族三人食う事が出来る腕で心を込めて作った物です。どうぞお収めください」
「……ありがとうございます。ではお言葉に甘えますね」
可愛い飴細工は無骨な火傷だらけの大きな手から、白くやわいシャールの手に居場所を変えた。その途端にシャールを見るアルジャーノンの瞳の様に琥珀の輝きを放っているように見えた。
「わあぁ!きれい!私も欲しい!」
それを見た子供たちがわらわらと飴屋に寄ってきた。もちろん、親もいるのでたちまち飴屋は大繁盛だ。
「あっ!ありがとうございます!!」
「こちらこそ!」
主人の姿はもう人で見えなくなってしまったが、シャールもお礼を返して二人は幸せな気持ちでその場を離れた。
その後も肉串の店や綿菓子屋、布屋などを見て回り、広場のダンスが始まった時には二人一緒に踊ったりもした。
市井の住人たちは余計な詮索などせずに、二人を快く仲間に入れてくれ、一緒に楽しんでくれている。シャールは皇太子妃教育の講師が見たら気を失う様な大笑いをしながら、ただひたすらこの時間を楽しんだ。
夢の様な時を過ごした後は、予定通りクランの店に寄った。想像通り店は大繁盛でなかなかカウンターまで辿り着けない。
しばらく待ってようやく顔見知りのジュエリエを見つけたので、クランに取り次いでもらう事に成功した。
「シャール様……あなた本当に皇太子をうちの店に連れてきましたね?」
シャールの顔を見るなり絶望するクランの顔がおかしくて、シャールは声を上げて笑う。
「笑いごとじゃありません。これでもう共犯だ」
「一蓮托生って言ってくれる?犯罪じゃないんだから」
「同じです……」
そう言うとクランは、心を決めたように、アルジャーノンの前に片膝をついて胸に手を当てた。
「貴き方よ、民のひとりとして申し上げます。我が店も、我が命も、御旗のもとにございます」
「クラン殿?……どういうことですか?……まさかシャール様、私に黙って何かしようと……」
「アルジャーノン、僕は貴方の番です。一人で戦わせるわけにはいきません」
「……知ってたんですね。私が何を考えていたのか」
「当たり前です。それも僕のためですよね」
アルジャーノンはこうべを垂れた。確かにシャールに危害を加える者を排除しようと考えていた。だが、相手は強敵だ。今の自分では刺し違えるくらいしか方法はないと思っていたのに……。