「そんな誓いをされるとは思わなかった……」
「お望みなら僕もやりますよ?他にも賛同者はいますし」
「いや……やめてください。いつの間に……けれど……シャール様を巻き込むわけにはいきません」
「貴方が僕を大事に思ってくれると同じ様に僕も貴方が大事です。まさか皇后とセスを亡き者にして自分は断罪される予定だったとか?そんなこと言ったら嫌いになりますよ?」
「……」
「また父上たちも交えて話をしましょう。でもアルジャーノンが命を捨てるなら僕も後を追います。それだけは覚えておいてください」
シャールのセレスティアグリーンの瞳が力強く煌めき、その言葉が真実であるとアルジャーノンに告げている。
「……なんて人なんだろう。……まさかさっきの店主が言っていた病院の寄付の話も?」
「……印象操作だけじゃないですよ。そもそも僕もずっと寄付は行ってましたから。それを少しアルジャーノンの名前にしただけで……」
「貴方って人は……おかしいと思ったんです
。店主が俺のことをじっと見るので」
「……勝手なことをして嫌いになりましたか?」
先ほどの勢いはどこに行ったのか、途端に不安そうに瞳を揺らすシャールを、アルジャーノンは力一杯抱きしめた。
「シャール様、必ず護ります。だから俺の知らないところで無茶はしないでください」
「うん。約束するから幸せにしてね」
それはアルジャーノンにも死ぬなと言う事だ。彼なしではシャールは幸せになれないのだから。
「はい。約束します」
そうして二人は、痺れを切らせたクランに嗜められるまでずっと強く抱き合っていた。
王城の別宮。
本城からかなりの距離があるこの場所に、ルーカは一人で暮らしている。
身の回りのことをする侍女は二人だけ。それでも従順できちんと言うことを聞いてくれる分、今までと比べても多少は快適な暮らしと言えるだろう。
「……体が重い」
「大きく育たれているので元気なお子様がお生まれになりますよ」
そんな侍女の言葉にも気持ちは浮き立たない。一体どのくらいセスの顔を見ていないだろう。皇后も最近は滅多に顔を見せないので周りで何が起きているのかもまったく分からない。
「みんなどうしてるんだろ。赤ちゃんが産まれたら城に戻れるのかな。……まさかシャールは妊娠なんてしてないよね」
「……そうですね。その様な話は聞いておりませんね」
「そう。ならいいかな」
侍女たちの仕事はルーカの機嫌を取ることだ。そして健やかな子供を産んでもらうこと。その為ならなんだって嘘をつく。
王位継承権一位のアルジャーノンが現れたことで、皇后とセスの立場が微妙なことや、シャールが婚約を解消して城を出たこと、そしてその二人が市井でも噂になるほど親密にしているということも。
「ルーカ様、お客様ですよ」
もう一人の侍女の言葉にルーカはベッドから跳ね起きた。
「セス?!」
「あ、いえ……お兄様です」
「……通して」
目に見えて顔を曇らせたルーカの前にデモンが現れる。片手にルーカの好きなお菓子を持ち、いつもの様に人を食った様な笑顔で。
「なんだ?うちのお姫様は元気がないな。もうすぐ母親になるって言うのに」
「……赤ちゃん産むのすごく痛いんだって。我慢して頑張って産んでも誰も喜んでくれないのにね」
「何言ってるんだ。ルーカは国母になるんだぞ」
「……でもセスは全然来てくれないし。そのうちシャールが子供を産んだらきっとその子が国王になるんだ。もう疲れちゃった」
「……聞いてないのか?」
「……なに?」
「シャールは婚約を解消して城を出た」
「え?なんで?城で何が起こってるの?」
後ろで控えていた侍女が息を飲む。ルーカの機嫌が悪くなったらどうしてくれると叫びたい気持ちを、必死で抑えながら。
「……お前らは部屋を出てろ」
「……はい」
どうかルーカ様が暴れません様に。
部屋を出た二人は祈るようにお互いを見つめ合った。
「それで?シャールはどこにいるの?」
「公爵邸に戻ってる。公爵家からも正式に婚約解消の書面が送られてきたらしい」
ルーカはデモンの持ってきた菓子を手づかみで次々と口に放り込んでいる。
「理由はなんなの?」
「陛下の生活態度だ。また新しい愛人を作ったらしくて今はその女に夢中だ」
「……まったく。でもそんなの今に始まったことじゃないでしょ。今まで平気だったのにどうして急にそんな話になったんだろ」
「……ルーカ、お前アルジャーノンをちゃんと殺したんだよな?」
「え?どうして?それが何か関係あるの?」
「……質問に答えろ」
デモンは鋭い目でルーカを見た。突然豹変したデモンに、ルーカはごくりと唾を飲む。
「……殺した……と思う。睡眠薬を飲ませて生き埋めにして貰った」
「生き埋め?なんでトドメを刺さなかった」
「……可哀想だったんだもん」
「ふざけるな!!」
テーブルをドン!と叩き、激昂するデモンに、ルーカは思わず手にしていた菓子を落とした。
「あいつは死ななければならないんだ。そうで無いと……」
「……デモン?どうしたの……?」
「……死んだ陛下と前皇后の間に子供がいたと言う話は知ってるか?」
「……知らない」
デモンが舌打ちすると、ルーカは分かりやすく身をすくませる。
「セスの腹違いの兄に当たるその男がアルジャーノンだ」
「え?ほんと?やっぱりアルジャーノンはどこか普通の人と違うと思ったんだ!……でもそれが何か問題なの?」
デモンは更に苛立ち、ルーカに「当たり前だ!」と叫んだ。
「陛下は時期国王を指名しなかった!正当な王位継承権はアルジャーノンが上だ!アルジャーノンが国王になったらセスはどうなる?あの皇后が黙ってその席を譲ると思うか?必ず暗殺を試みるはずだ。そうなったらお前はセスや皇后と一緒に処刑されるだろう」
「え?どうして?僕はセスの赤ちゃんを産むんだよ?この子がいずれ国王になるんだよね?……そうだ!アルジャーノンも王子様なんだから僕はアルジャーノンと結婚すればいいんだよ。浮気者のセスと違ってあの人なら僕を大事にしてくれる。どう?いい考えでしょ?」
「……もういい」
ルーカに何を言っても理解しない。デモンはほとほと呆れて席を立った。
「シャールがなぜセスと婚約を解消したか分かるか?」
「分からない」
「シャールはアルジャーノンと結婚するつもりだ。それによってアルジャーノンは大きな後ろ盾を得るだろう。国王への道が更に強固になったんだ」
「シャールが結婚?だめだよ!アルジャーノンは僕のお人形なんだから、僕と結婚するのが当たり前なんだよ。ねえどうしたらいい?何をしたらいいの?いつもみたいに教えてよ!僕、なんでもするよ!」
自分を落ち着かせるために大きく息を吐いたデモンは、ルーカの頬を撫でながら優しい声で諭す様に囁いた。
「アルジャーノンはシャールに脅されてるんだ。この国の王になりたいなら自分と結婚しろ、とね。可哀想だな」
「シャールはまたそんな酷いことを考えてるの?!本当に性格が悪いんだから。アルジャーノンかわいそう……」
「じゃあルーカが救ってやらないとな?」
「うん、僕が助けてあげる!」
(可愛い可愛いお人形のアルジャーノン。いつも黙って僕の話を聞いてくれた優しい人。たまに目が合ったら睨むような目で僕を見るけど、それも人形が人間になった瞬間を見るようでゾクゾクするほど嬉しかった。……僕が助けてあげなきゃ!)
「どうしたらいい?大人しくしてたから最近監視の目が緩いんだ。出かける事だって出来るよ?」
「……いい子だ。やっぱり俺のルーカは可愛い。さっきは怒鳴ってごめんな」
「ううん、いいの」
髪を撫でるとルーカはうっとりと目を閉じる。シャールと同じその銀色を、デモンは愛し気に撫で続けた。