目次
ブックマーク
応援する
13
コメント
シェア
通報

第96話 運命の番

「それでは本日のもう一人の主役をご紹介しましょう。我がミッドフォード家と縁の深い、私の父方の叔父、ゴートロート公です」


「ご、ゴートロート公ですって?!」


広間からより一層のざわめきが聞こえた。ゴートロートは随分前に辺境に引きこもってから、どの家門の招待にも応じず、実質姿を消したも同然だったのだから。


ゴートロートはその言葉を合図に、踊り場に姿を現した。まだ杖はついているものの、しゃんと背筋を伸ばして黙って皆を見下ろしている。


「……まあ……生きてもう一度ゴートロート様にお会いできるなんて」


他国に居を移した公爵夫人が目に涙をためて彼を見上げた。ある日を境にした突然の蟄居に、嘆き悲しんだ者も多かったのだ。


「皆さんお集まりですな。久しぶりに懐かしい顔が並んでいて面映いものだ」


「ゴートロート様!」


耐えきれず声を上げる者もいる。それを見るだけで、ゴートロートがどれほど皆に慕われていたのかが手に取るように分かった。


ゴートロートは正装したヤンの手を借り、ゆっくりと階段を降りた。そしてアルジャーノンの隣に立つと、彼の首に鎖のついたネックレスを掛ける。


(あっ?!あれはまさか!)


アルジャーノンの胸に輝くのは確かに皇后に奪われたネックレスだ。


(一体なぜ?いつの間に?どうやって?!)


「……ゴートロート様?」 


困惑の表情でゴートロートを見るアルジャーノン。そんな彼にゴートロートは微笑みを返した。


「これはお前の母の物だアルジャーノン。ルベル大神官が死ぬ前に私に託したのだ。確かに渡したぞ」


「……これが私の母上の……」


「そうだ。母親の名前が刻まれているであろう?魔法がかかっておるが、お前なら解けるな?」


「えっ?魔法ですか?」


「そうだ。アフロディーテ様は隣国の方だったが、訳あってこの国に逃げて来た。隣国には不思議な力を持つものがいるということを知っておるな?」


「……はい」


「まさに、アフロディーテ様がそうなのだ。そしてその血はお前にも引き継がれているはず」


アルジャーノンはその言葉に困惑するが、ふと、シャールが魔獣に襲われて瀕死の重傷を負った時のことを思い出した。


(あの時は、確か勝手に体が動いて魔獣から光る玉を取り出した……)


アルジャーノンは指先でネックレスの母の名前をなぞる。何故だかそうしないといけないような気がしたのだ。


「あ……」


ネックレスが光り、辺りが眩い金色に包まれた。その不思議な光景に誰一人言葉を発せず、広間は静寂に包まれる。


(アルジャーノン!)


光に飲み込まれそうな様子に、シャールが慌てて彼に駆け寄ろうとするが、声も出せず足も動かない。そしてその光が全てアルジャーノンに飲み込まれると、広間は元通りの空間へと戻った。


「アル……ジャーノン?」


「シャール様……」


きっと誰も気付かない。

だが、アルジャーノンとシャール、二人にだけは分かった。


「アルジャーノン!!」


たまらず駆け寄り愛しい人を抱きしめると、アルジャーノンも渾身の力でシャールを抱き返す。


「やっぱり!やっぱりアルジャーノンが僕の運命の番だった!」


「はい!今ならはっきりと分かります」


アルファとして目覚めたアルジャーノンは、ようやくその権利を得たとばかりにシャールを腕に強く抱きしめる。

だが、香りに当てられたシャールの意識が朦朧とし始めたので、慌ててアルバトロスが二人を引き離して部屋に戻るよう侍女たちに指示を出した。


唖然としていた招待客たちは、二人が広間から消えるなり堰を切ったように大騒ぎを始めた。興奮し過ぎて失神する者も出たが、物凄いものが見られたと大喜びで、先ほどの疑いなど木っ端微塵に消え失せている。


そんな中、ポルボ子爵だけが苦虫を噛み潰したような顔をして一人、立ち尽くしていた。


広間から退出したアルジャーノンとシャールは、アルバトロスの指示により、別々の部屋に隔離された。運命の番だった二人が出会ったことで、お互いに発情期と呼ばれるヒートやラットを起こしそうになっていたからだ。


ましてや今生のシャールにとっては初めてのヒート。このままでは婚約も結ばないうちから子を成してしまう恐れもあるため、部屋は公爵邸の一番端と端に離された。


「苦しい。アルジャーノンに会いたい」


ぐずぐずと泣くシャールをリリーナが懸命に宥め、薬を飲ませる。


「もう大丈夫よ。一眠りしたら薬が効いて落ち着きますからね」


「いやだアルジャーノンと一緒にいたい」


こんな我儘を聞くのは幼児の頃ぶりだ。リリーナは懐かしい気持ちになり、ずっとシャールの背中を撫でてあやしながら、薬が効いてシャールが寝付くまで側にいた。



一方、アルジャーノンにとっては正真正銘、初めてのラットだ。オメガのヒートに比べて何倍も強く理性など吹き飛んでしまう状態に困惑しつつも、自身の欲望を捩じ伏せ、冷たい水を浴びながら部屋にこもっていた。


部屋の鍵は内側から掛けてある。そしてそのドアの前に屈強な兵士を何人も配置しているのは、外敵に備えているわけではない。朦朧とした自分がドアを蹴破ってシャールに危害を加えることが怖かったからだ。


強い薬を既に許容量以上服用しているにもかかわらず荒い息を整えることすら出来ない、こんな状態でシャールに会えば意識のない状態でも襲いかかってしまうだろう。

そんな恐ろしい目に合わせたくはない。


その一心でアルジャーノンは自分の体に爪を立て、更には小刀で肌を削った。……離れていてもシャールの匂いを感じる。運命の番というのはこんなにも惹かれ合うものなのか。

アルジャーノンは邪念を力尽くで振り払い、再び冷たい水を張ったバスタブに身を沈めた。



「昨日はありがとうございました。そして大変失礼いたしました」


朝から深々と頭を下げる、傷だらけのアルジャーノンに、ゴートロートとアルバトロスは食べていたパンをぽとりと取り落とした。


「いや、それより大丈夫なのか?」


腕やら足やらに無数に付いた掻き傷や切り傷を見ながらアルバトロスが尋ねる。


「はい、薬のおかげもあり、なんとか持ち堪えました」


「それは僥倖だが……」


ゴートロートにとっては、可愛い孫娘を結婚前に傷物にされなくて良かったと思うばかりだが、目の前の男のあまりに気落ちした様子を見て、さすがに哀れを感じた。




この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?